初通信
その後カティは、朝晩の畑の仕事以外寝る時間はもちろんの事、ほとんどの時間をラボで過ごした。『魔薬』を初めて作った頃よりも格段と知識が増しているカティにとって、『魔薬』成分調査は以外と簡単に進んだ。
「やっぱりネックは魔草の選択だったんだな。その他は単純な調合だもん。これ…」
魔草抜きの『魔薬』が入った試験管を振りながらカティは「しかし…」と唸りだす。
「あの不味さは…何とかしなくちゃ。ずっと飲むならあれは地獄だもん」
想像しただけでカティは自分の舌に何とも言えない苦みと渋みが広がるような気がし、「うぇ〜」と舌を出した。そんな時、突然カティの手に嵌った指輪が濃紺の光を放つ。カティがそちらに意識を向けると思考が何かにずんと引き込まれる感覚に陥る
「…うぅ」
『…ティさ…カ…様』
カティの頭に響く声。『カティ様』と今度ははっきり聞こえてそれがネストリの物だとわかった
「ネストリ?」
『はい。今戻りました。特にそちらはお変わりありませんか?』
「うん大丈夫」
『ディピアルダの方を今からお持ちしたいんですが…怪しい格好をしていても研究室に入れて下さいね』
「えぇ!?何その怪しい格好って…」
『まぁ…それは後で』
それきり音が頭から消えた。「怪しい格好って何だ?」と首を傾げながらも、カティはネストリとユホが来た時の為にハーブティーの用意を始めた。そして目に留まった指輪を見てネストリと会話した不思議な感覚を思い出す。
「そういえば…これってテロとも契約してるんだっけ…」
次の瞬間カティは「テロ」と呟いて指輪の石を回していた。又ずんと何かに思考が引き込まれる感覚にカティは驚いた。
『何だ…この感覚は…』
頭の中に響く声は正しくテロその人で…カティは特に意識もせずに指輪を使った事を早くも後悔していた。
*
「あ…の…」
『…カティ?カティなのか?』
「…う…うん。ごめん突然邪魔して」
『これは?…そうか。指輪の力か』
普段魔具などを使い慣れた魔族と違い、殆ど道具の力を頼らない神族のテロにとって、主従の指輪の力は初めて体験する感覚だった。
「…今大丈夫?」
『ああ。大丈夫だ』
テロは五帝と長老達を前に議会の真っ最中だったが、カティから何かをしてくるなど初めての事で議会内容など、どこかに飛んでしまった。頭の会話に慣れない初めの内は、言葉を口に出してしまっていた。その微かな「カティ」という単語に反応した五帝は怪訝な顔でテロを見つめ、何も聞こえていない長老達は何がなにやらと戸惑った。会議を続けられない事は無かったが、テロはカティとの会話に専念したいが為に「続きの議会は明日にする」と突然彼等に言い渡すと誰かが反対を唱える前にすぐに席を立ち自室へと戻った
すぐに会話の要領を掴んだテロは、「しばらく誰も立ち入るな」と口で従者に出す言葉と頭の中でのカティとの会話を上手にこなした。それでも時々押し黙るテロにカティは「本当に大丈夫なのか?」と何度も聞き直す。そんなカティを抱きしめたい感覚になりながら、テロは執務室の椅子にゆっくりと座り、カティとの会話に集中した。
*
「今どこに居るの?」
『執務室でゆっくりお茶を飲んでるよ』
カティの脳裏に天界のテロの執務室が浮かぶ。ドルフィエという地上のコーヒーに近い物を飲んでるに違いない。
『ところで突然どうしたんだ?』
「あっ…」
何となく指輪を使ったと言い出しにくいカティは慌てて口実を探す。そして視線の先にあった透明なワインボトルを見て「あれだっ!」と思った
「『神水』持ってきてくれたお礼…まだ言ってなかったし」
「あぁ、その事か」
あのテロに契約された日。目が覚めるとカティの側にワインボトルが大量に置かれていた。透明な水にカティはすぐ天界でしか手に入らない『魔薬』の材料の『神水』だとわかった。ほんとはテロの手を煩わせるのが嫌だったので、五帝の誰かに頼もうと思っていたのを彼が先を見越して届けてくれたのだった。
「ありがと…」
『どういたしまして。どう作業は?』
「順調。魔草ももうすぐ手に入るから、結構早く出来るかも…」
『良かった…と言っていいのかどうか…』
カティの身を滅ぼすかもしれない力を抑える事が出来るのは喜ばしいが、天界にも戻って欲しいテロに取っては複雑で、そんなテロの返答にカティは苦笑してしまう。
そんな時『トントン』とラボの入口が叩かれた
「あ…誰か来た」
『…何?カティ…今ラボにいるんだろ?』
「うん。どうして?」
『私の結界内に入れる者など普通の人間にはいない…。カティ…開けちゃ駄目だ。すぐ行くから』
テロの『普通の人間にはいない』というフレーズで先程ネストリが魔草を届けてくれると言っていたのを思い出した。
「大丈夫よっ!ネストリとユホが魔草届けてくれただけだと思うから」
『…弟帝と怒帝が来るのか?』
「っていうか、もう来たみたい」
もう一度扉がトントンと叩かれる。カティは「は〜い!少し待って」と返事をした
「テロ来なくていいからねっ!お仕事ちゃんとして下さい」
『おっおぃ!カティ!?』
「あっすぐに来たら絶交だから」
『なっ!!』
「じゃね!」
カティはそういうと絶句してるテロを余所に引き込まれた思考を取り戻す。すると頭からテロの気配が消えた。すぐに指輪が淡い黄金の光を放つ。カティはその光を見てネストリの時と違う事に気付き、「受信者をこうやって色で判別するのか…」とふむふむと考え、その光に答えず、ラボの扉を開けたのだった。
テロはほんとにカティの前では情けない…(苦笑)