華麗なるウィリアムハート家 後編
三年後、中学生になったロイヤーは、誰よりも生き生きとしていた。
彼はフットボール、チェス、勉学、楽器などあらゆるもので天才と呼ばれたが、彼は才能以上の実力を望んだことはなかった。
そんな天才が人より努力していたらどうなるのか。
そもそも努力とすら思っておらず、自らの成長を快感として勉学に励むならばどうなるのかを彼は結果で提示した。
魔法が解禁されても中学生が授業で行うのは、軒並み初頭魔法の制御である。
どれだけ高威力だろうと、どれだけ高い利便性を持とうと、その魔法が対象物に当たらなかったり、暴発しては意味がない。
むしろ半端に威力がある方が危険なので、制御が最優先になることは必然だった。
その点、ロイヤーはと言うと──
「上の八点の数字の下の輪を狙います」
ロイヤーはダーツで使われるようなデザインの的を前にそう宣言し、杖を向けて意識を込める。
すると杖から光線が勢いよく飛び出して、光線は彼の指定した八の字の下の輪の中に飛び込んだ。
この道三十五年の魔法学の教師、ジョージ・C・ファーガスは衝撃を受けた。
「あ、相変わらず素晴らしいよ。ウィリアムハートくん……」
そう賞賛するものの、彼はこの子の才能に震えた。
この年齢でこの精度の魔法制御。しかも、威力が全く落ちていない。中学生の魔法など的に当たればいい方で、大外れしたり、威力不足で魔法が的に届く前に消えてしまうことが多い。
彼の魔法は威力も他の子より断然高かった。
だがファーガスの目を引いたのは、彼のプロ顔負け──いや、プロでもトップレベルに近い魔法制御だった。
「ウィリアムハートくん。君、将来の夢はなんだ」
「将来の夢ですか……魔法使いです。ただの魔法使いじゃない。父のように討伐院に所属して、精鋭メンバーに選ばれるほどの魔法使いに」
ロイヤーの発言により、ファーガスの中で一つの決心がついた。
「そうか。素晴らしい夢だ。今度、職員室に顔を出しなさい。大丈夫。いい話だ」
ロイヤーが職員室に顔を出すと、ファーガスと……知らない中年の男がいた。
なんとなく分かるが、その出で立ちには威圧感があって、利口なロイヤーからしてみれば、何らかの上役であることは一目見ただけでも分かる。
「ウィリアムハートくん。この方は……」
「私が自己紹介をしますよ。ファーガス先生」
「はい」
ファーガスは頭を下げて後ろに下がる。
ロイヤーはその雰囲気に気圧されそうになって息を飲む。
「私は王立魔法使い学院大学理事長。ピーター・モーラン3世です。よろしく、ロイヤー・J・ウィリアムハートくん」
「は、はい。よろしくお願いします」
今まで謙虚ながらどこか堂々としていたロイヤーでさえも、この大一番には緊張から声や手が震える。
「今回、私が君の元を尋ねたのは他でもない。スカウトの話だ。君は魔法使い志望だと言ったね?」
「はい」
「君の魔法を、見せてもらってもいいかな?」
「わ、わかりました」
ロイヤーとファーガス、そして理事長は魔法学用のグラウンドへ出た。
「さあ、やって見せてくれ」
「……はい」
凛々しい顔をしていたが、額には緊張から汗が染み出てきていた。
だが、気持ちを集中させて──魔法を放つ。
刹那、光線は寸分の狂いなく的の中心を貫いた。
「素晴らしいね」
拍手をしながら理事長がロイヤーに近づく。
「君は才能がある。もう一度、応接室に戻ってお話をしようか」
校舎に戻り、ファーガスが扉を開けて待機する。
二人が入室すると、ファーガスは静かに扉を閉めた。
「君の才能は素晴らしいものがある。緊張しただろうに、あの場面で光線を的の中心に命中させたのは、本当に凄いことだ。推薦に値する」
ロイヤーはホッとした。
「ただ──」
少し、理事長の声色のトーンが下がる。その瞬間、空気が強ばった。
「少し残念だとも思ったんだ。君はあの魔法を、何割の力で撃った?正直に答えてくれればいい」
ファーガスはその言葉を聞いた瞬間、背筋が凍てつくような気分になった。
なので、ロイヤーへ体を向ける動きにもぎこちなさを覚えた。
「……七……いや、六十パーセントくらいです」
「偽りはないな?」
「……はい」
「私の見立てでは、君は的の中心を射抜くなどという行為をしない主義だと想像していたんだ。それこそ狙うのは……的の円周スレスレ……とかだな」
「……」
ロイヤーは悔しそうに唇を噛んだ。普段の自分ならそうしていたのはわかっていた。
「まあいいだろう。いつでも推薦は受け取るよ」
そして理事長は去っていった。
彼の手元にはサインのされていない飛び級の申請書のみが残っていた──
「それで、ロイヤーはどうしたいんだ?」
ジャスティンが尋ねる。父と母、そしてロイヤーがダイニングを円卓のようにして会議を行う。
そのテーブルの真ん中には飛び級の申請書が置かれていた。
とてもありがたい話のはずなのに、ロイヤーはどこか申し訳なさそうにしている。
「パパとママは、どうしてほしいの?」
「ロイヤーに任せる」
「私もパパと同じよ」
ロイヤーが逆に尋ねる。だが、両親の意見はブレない。そうすると、ロイヤーは悩んだまま黙り込んでしまった。
「じゃあ、質問を変えよう。ロイヤーは高校でやっていく自信があるか?」
「それは……ある……」
「じゃあ、行ってもいいんじゃない?」
「……」
ロイヤーは再び黙った。
「なにか、やり残したことがあるのか?」
ジャスティンがそう問うと、ロイヤーは口を開いた。
「……悔しいんだ」
「悔しい?」
「うん。僕は失敗したくなくて、的の真ん中を射抜いたんだ。でも……あの人は違った。失敗するかしないかのギリギリを見てたんだ。普段の僕なら……あの時絶対そうしてた。手を抜いたことを知ってた。僕は、全力を認められて高校に行きたい」
両親二人は黙らされる。
ロイヤーは熱くなりすぎたことや語りすぎたことにハッとしてモジモジし始めた。
静寂を破ったのはジャスティンだった。
「そうか。ならそうしよう」
「でも、お金……」
「親が子供にお金の心配させるわけないだろう」
「頑張ってねロイヤー」
ロイヤーは胸がいっぱいになる。
「……うん!」
元気よく返事をするロイヤー。そして彼は再び地下の研究室へ籠りに行った。
「で、あなたは賛成だったの?」
「君の答え次第かな」
「ズルいわ」
「君の方がズルいよ」
お互いに微笑みながら会話する。
そして、ローラが自分の意見を話す。
「もちろん、あの子が飛び級したいって言うなら飛び級させてあげたと思う。でも、私は行ってほしくなかったわ」
「どうして?」
「あの子の魔法は本当にすごいわ。魔法を魔術で制御するなんて……しかも、あんな難しい術式を簡単に……。でも、あの子は──」
「魔法はすごくても、魔法使いとしてはまだまだ。とかかな?」
「……やっぱりあなたもそう思ってた?」
「ああ、どんなに才能があっても、精神はまだ子供だ。失敗が少ないあの子は一度の失敗で折れてしまうかもしれない。だから慎重に扱いたい」
「そうねぇ」
二人は隠し階段を見ながらそんなことを考えていたのだった。
奥からは閃光と轟音が不規則な間隔で発生を続けていた。
他の生徒たちが魔法の制御に四苦八苦する間、ロイヤーは別メニューを行っていた。
周りからは「浮いてる」だとか「特別扱いされている」だとか心無い言葉を投げかけられたが、それでも平静を保つことが彼に課せられた試練でもあった。
そのような生活を続けて二年の月日が経ち、彼は精神的にも成長した魔法使いになり始めていた。
魔法の特に制御という面では他の追随を一切許さないような完璧な出来を披露した。
その中学生とは思えないような鮮やかな魔法さばきに、最早同世代で嫉妬心を抱えるものなどいるはずもなかった。
そして、彼はその抜群の魔法制御を引っ提げて受験に臨んだ。
受験先はもちろん魔法学の超名門校、王立魔法使い学院大学付属ケンブリッジ校。
「やあ、ロイヤーくん」
「理事長先生。お久しぶりです」
「待っていたよ。君は試験無しで合格にしてもいい実力だ」
「いえ、そうは行きませんよ。この二年の成果を見せたいので」
「……いい目つきをするようになったね」
そういうと、理事長は奥の実習グラウンドにロイヤーを案内した。
自分と理事長の二人だけ。あの日を思い出す。
ロイヤーが所定の位置につくと的が用意された。
だが、その的は規則的に動いていた。
「君の二年の成長を見せてくれ」
理事長はそう言っていたが、このくらいはやってくれと言わんばかりの顔つきで、彼からの挑戦状のようなものだった。
しかしロイヤーは怯まない。彼は予測不能な事態に対しても動揺しない屈強なメンタルを身につけていた。
規則的に動く的の軌道を読んで魔法を撃つ。
的の規則的な動きに対してかなりいい角度で光線が向かっていく。
その時、的が僅かにタイミングを遅らせた。
規則的に動いていたのに、その法則がブレた。それは理事長が仕掛けていた罠だった。
だが、光線はその的の直前で僅かに変化し、見事的の縁に命中した。
理事長は驚いた。
「どうですか、理事長。僕の成長、感じて貰えましたか?」
「…………凄すぎて言葉も出なかったよ」
「お褒めに預かり光栄です」
「君は受けるからには必ず合格すると思っていた。だが、評価を改めよう。このような制御は一流の魔法使いでも難しい」
ロイヤーはにこりと笑って見せた。
「憎たらしいやつだ」
「それは褒めてます?」
「……褒めておる。首席合格者、ロイヤー・J・ウィリアムハートくんよ」
こうしてロイヤーは高校に首席で合格した。




