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華麗なるウィリアムハート家 前編

 魔法は絶対に裏切らない。

 どんな時でも、どんな不条理でも解決してくれる。

 いつでも頼れる僕の唯一の味方だ。

 あの日、そんな幻想は崩壊した。

 あの雨が、あの風が、あの日までの僕のすべてを

 ──奪い去った。


「おぉ〜ほほぉ〜なんて愛しい!これが我が子!」

 ローブ姿の男性が赤子を抱きながら歓喜の声を上げていた。

 その男の名はジャスティン・F・ウィリアムハート。

 ダブリンとの共同作戦となったコーンウォール遠征では、日照りのドラゴンをケルト海に沈める活躍を見せ、二十九歳にして討伐院の精鋭メンバーに選出された凄腕の魔法使いだ。

 今回のカンブリア遠征は精鋭メンバーとしてのデビュー戦だったが、そこでも洪水のドラゴンの目を潰し、攻略の突破口を開くなど二戦連続で戦果を挙げた。

 そして今、彼は病院にいた。

 二歳年下の貴族の娘で、魔術研究を生業にしていたローラとの間に、待望の第一子を授かったのだ。

 疲労困憊の体に鞭を打ち、ほうきを湖水地方から最高速度で飛ばした甲斐があった。

「よく頑張ったなぁ!ローラ」

 奥のベッドでローラは微笑む。彼女もまた、苦しみを乗り越えて報われたような幸福を感じ取っていた。

 幸せの絶頂を体感している二人。

 しかし、ジャスティンはまだここで満足するつもりはない。

 この子が自分を自慢の父親として誇れるように。

 ジャスティンはそのために更なる高みを見据えていた。

 そしてこの赤子、ロイヤー・J・ウィリアムハートもまた、父のような才能を持って魔法の道を歩んでいくのだが、それはまだ先の話。


 父の才能と言ったが、それには誤りがあったかもしれない。

 ロイヤーはなにをさせても天才だった。

 彼がボールを蹴れば、ボールは唸りを上げながら網を揺らし、彼が駒を動かせば、相手はその一手に沈黙するほかなかった。

 その上容姿も端麗であり、彼が遊びに参加している時に限って、同年代の女子が彼の活躍を遠巻きに見守っていた。

 そして貴族出身の母から躾られたジェントルマンとしての精神を兼ね備える。

 欠点のない彼の人生は、まさに順風満帆に満ちていると思われていた。

 だが、人生とはそう上手くいかないものらしい。

「ねえ、ママ。最近学校が楽しくないんだ」

「え?どうしてロイヤー」

 調合作業を行っていたローラがその手を止めて、ロイヤーの元へ話を聞きに来る。

「みんな僕と遊びたがらないんだ。フットボールもチェスも、僕が強いから遊んでも楽しくないんだって」

「そうねぇ……。ロイヤーは周りのみんなと比べると、なんでもできる子だものねぇ」

「僕はそんな才能欲しくない。みんなと同じがいいんだ」

「困ったわねぇ……」

 ローラは答えを決めあぐねた。

「ごめんママ。もういいや」

 そう言い残すと、ロイヤーは立ち上がって家の奥に姿を消す。

「あっ、ちょっと、ロイヤー?どこ行くの?」

 ローラの問いかけも虚しく、ロイヤーの姿は見当たらない。


 ロイヤーが学校で仲間はずれにされ始めた頃、ロイヤーは面白い隠れ家を見つけていた。

 この家は二階建てだと思っていた。でも違った。

 どこに向かうか分からない隠し階段がある。

 その先の扉はずっと鍵がかかっていて開かないが、この階段は一人で鬱屈した感傷に浸るには、あまりにも適していた。

 今日もここで独り、気を落ち着けよう。

 誰も遊んでくれないのなら、孤独を楽しむことにしよう。

 そんなことを思いながら今日もこの隠し階段に居着いたのだが──

「開いてる。扉が開いてる」

 家の地下に繋がる隠し階段。その奥の部屋、僅かな灯りの漏れる扉。

 小学生の男子で、これほど条件が揃った時に好奇心を抑えられる者がいるだろうか。

 いや、いない。

 そして、それはこのロイヤー少年も例外ではなかった。

 扉を開けると、少し埃っぽい。

 だが、様々な実験器具や本棚、実験用の的などが並び、埃っぽい割には最近人が出入りをしている気配を感じる。

 ロイヤーは様々な本を眺めていると、一つの本が目に止まった。

「How to craft magic」

 怪しい紫色の本に手が伸び、ページを捲った。

『魔法は高威力のものを使うと必ず制御に狂いが出てしまう。だが、制御するにあたって必ずしもその魔法の威力を半分まで調整する必要は無い』

 九歳には難解な本であるが、彼にとってはその本の意図が手に取るように理解できた。

『ではこうしてみるのはどうだろう。他の完全制御可能な魔法を重ねがけすることができるとしたら、威力を担保したまま高次元の制御が可能なのではないだろうか。例えば小型のマクサンダーフライの魔法は制御が難解なことで知られるが、トレンブルクロールリザードの魔法石により、高次元の制御が可能なのではないかと考えている』

 ロイヤーはその一文を読むや否や、二つの魔法石を探し、そしてペリドットのような黄緑色の魔法石が備え付けられた杖と、似たように茶褐色の宝石が先端に付けられた杖を見つける。

 どう使うかは分からない。だが、身体は何故かこう使えと言っている。

 刹那、この家に雷が落ちた。

 そう思わせるような閃光と轟音が発生した。

 気づけばロイヤーは杖を的に向けていて、的にはシューという音を立てながら左端に焦げ跡がくっきりとつけられていた。

 命中した。これが魔法。これが、父の使っている力だと言うのか。

 続けて同じように雷を放ってみる。だが、今度は違う。魔法に魔法を重ねがける。

 再び空気の弾けるような音が鳴って、ロイヤーはその先に提示された結果に衝撃を受ける。

 的の右端に命中した。

 普通は真ん中を狙うだろうがロイヤーは違う。右端の、地面に垂直な接線を書いた場合、円形の的と交わり、接点になる部分を狙って、その場所通りに魔法が命中したのだ。

 あの本に書いてあることは本当だ。世の中にはこんなにも面白いものがあるのかと、ロイヤー少年は興奮した。

 その時、階段を勢いよく駆け下りて、ローラが部屋にやってきた。

「なにしてるの!」

「マ……ママ……」

 ローラはロイヤーがこの秘密の部屋にいることや、杖を持っている状況から全てを把握して、頭を抱えた。


 その日の晩は家族会議だった。

 十二歳以下の魔法の使用はどんな事情があろうと、禁断の違法行為だ。

「ロイヤー、君はどうであれ、魔法を使ったんだな?」

「はい……パパ……」

「私が悪いの。研究を中断して、あの部屋を開けたままにしてしまったから……」

 ローラは目元が赤くなっていた。息子に罪を背負わせてしまったという自責がそうさせていた。

「気にするなローラ。誰だってミスはある」

 ジャスティンはローラを慰めた。そして、ロイヤーに再び問う。

「ロイヤー、君は魔法が十二歳になるまで使ってはいけないことを知っているな?」

「………………はい」

「ならなぜこんな真似を?」

「……フットボールもチェスもつまらないんだ。誰も僕に勝てないし、もっと上手くなりたいとも思わない。でも、あの魔法だけは違う。楽しいんだ。僕の知らないものが沢山ある」

 責められているはずなのに、ロイヤーの魔法を語る熱意は、まるで好きなものを主張するようで、目の輝きもそれを助長させていた。

「君が魔法が好きなことはわかった。だがなぁ、なぜ十二歳まで魔法が禁止されてるか……わかるな?子供には魔法を制御できないからさ」

「できるよ」

「子供だからそう思うだけだ」

「できるよ!本に書いてあったもん。他の魔法を合わせるんだ。魔法にも力関係があるんだ」

 その発言を聞いて、ジャスティンとローラは耳を疑った。

「お前、なんて言った?」

「魔法にも、使いやすいのと使いにくいのがあって、使いやすいやつを使いにくいやつに使うと、使いにくいやつが使いやすくなるんだよ」

 二人は絶句した。二人は確認するようにページをめくる。すると、真ん中から少し進んだ程度の所に、ロイヤーが話したことと同じ旨の記載を発見した。

 こんな子どもがそれを参考にしていること、そしてそれを実践し成功していることに愕然とした。

 ジャスティンの心境は複雑だった。この子には自分のように魔法使いの才能がある。

 だが魔法使いは命を賭ける仕事だ。なので、出来ればこの職につかないでほしいという思いを密かに抱えていたりした。

「なあ、ロイヤー。お前は将来、なにになりたいんだ」

「なんで急にそんなこと聞くの?」

「いいから答えなさい」

「ん〜……パパみたいな魔法使い!」

 淀みのない顔でロイヤーはそう答えた。

 ジャスティンの中で結論は出た。

 だが、自分の一存で決めるわけにもいかない。彼はローラの方を見てみる。

 その時、ローラもまたジャスティンの方を見ていた。

 そして二人は同じタイミングで頷く。二人ともこのロイヤーという子が、如何に魔法使いとして才能があるか理解していたのだ。

「ロイヤーには、間違いなく才能がある。これはフットボールやチェスや勉強の話じゃない。魔法使いとしての才能だ。だが、今はダメなんだ。ロイヤーが特別だとしても、十二歳まで魔法を使っちゃダメなんだ」

「そっか……そう……だよね……」

 ロイヤーは、その一言で自分の興味や未来が否定されたようにしょげてしまう。

「でも、勉強は違う。魔法の勉強はどれだけしてもいいんだ」

「え?」

 その一言で、ロイヤーの俯いた顔は再び父親の顔を見るように上向いた。

「魔法は使っちゃダメだ。でも、勉強をするためなら、あの部屋に入ってもいい」

「いいの?」

「当然だ。俺は魔法使いだ。魔法使いが魔法使いになっちゃいけないなんて、言えるはずないだろう」

 ロイヤーは胸がいっぱいになった。

「ありがとう!パパ!」

 その日から、ロイヤーの研究の日々は始まった。

 家に帰るなり、彼は地下室に引きこもった。

 毎日のように専門書を読み漁り、ノートに要点をメモした。

 要領のいいロイヤーは、数々の専門書を読み漁るうちに、ジャスティンに疑問に思ったことを検証させたりした。

 そうするうちにジャスティンもまた、より高度な制御技術を会得していくのだった。

 親子でありながら、二人は学問と実技それぞれで最高のコンビだった。

 そして、魔法に従事する両親の下で研鑽を積んだロイヤーは、魔法に関する知識は専門家のそれと言っても過言ではないレベルにまで成長を遂げていた。

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