水曜5限「歪」
(提供:大学1年・男性)
投稿者が通っていた高校には、毎週水曜日の5限目に「歪」という授業がありました。
国語や数学のような教科名ではなく、ただ一文字。
「歪」
高校3年時の時間割の写真も送られてきています。
確かに、水曜5限の欄に印字されている。
――歪
フォントは他の教科と同じ。
特別扱いではない。
■ 授業内容
初回の授業で、担当教員はこう説明したといいます。
「この授業は、“歪”について理解するためのものです。
将来、皆さんの周囲に“歪”が発生した際、修繕・修復ができるようになるための基礎です。」
黒板には大きく「歪」とだけ書かれた。
その下に、
・構造の歪
・時間の歪
・記憶の歪
・血縁の歪
と箇条書き。
しかし教科書は配られない。
ノートも提出義務はない。
授業は主に“観察”だった。
窓枠の傾きを測る。
机のガタつきを確認する。
廊下のタイルのズレを数える。
時には、クラスメイト同士で向かい合い、
「左右の目の高さを比較しなさい」
「影の長さが一致しているか確認しなさい」
といった課題もあった。
誰も疑問を抱かなかった。
少なくとも、投稿者は。
「あるもの」として存在していたから。
■ 学年末テスト
送られてきた画像の二枚目は、高校3年時の「歪」学年末試験。
問題の一部を抜粋します。
【問1】
次の図形のうち、歪が進行しているものをすべて選べ。
【問2】
家庭内に発生する歪の初期兆候を三つ挙げよ。
【問3】
“歪は自覚した時点で修復不能となる”
この理由を四十字以内で述べよ。
【問4】
以下の文章を読み、歪の所在を特定せよ。
「彼は毎日同じ時間に登校する。誰よりも早く、誰よりも遅く。」
選択問題と記述問題が混在し、採点は100点満点。
投稿者の答案には、赤字で「良」と書かれていた。
■ 大学での違和感
昨年、大学に入学。
新歓の席で、高校の思い出話になり、何気なく「歪」の授業について話した。
すると、誰も知らないと言う。
「物理の“ひずみ”?」
「倫理の比喩?」
■ 卒業アルバム
気になって、卒業アルバムを確認。
担任の紹介ページに、担当教科一覧がある。
国語、世界史、現代文、体育……歪
クラス写真を見ると、水曜5限に撮影された集合写真が一枚ある。
全員が、微妙に傾いて立っている。
カメラが傾いたのではない。
背景の校舎は真っ直ぐだ。
生徒だけが、わずかに、同じ角度で。
■ 最後の授業
3年の最後の「歪」の授業で、教員はこう言ったという。
「修復は成功しました。 皆さんは、もう歪ではありません。」
教室の時計が、一瞬だけ逆回転した気がした。
誰も何も言わなかった。
■ 現在
投稿者は今も、水曜の5限になると落ち着かない。
大学の時間割には空きコマがある。
その時間、無意識に机の傾きを確かめてしまう。
そして最近、気づいたことがある。
大学の友人の一人だけ、写真に写るとき、ほんの少し傾いている。
■作者より
学校という場所は、「正す」ための空間です。
姿勢を正す。字を正す。答えを正す。
けれどこの授業は、“歪を正す”のではなく、まず歪を見つけられるようにすることから始まっている。
観察、比較、測定。
目の高さ、影の長さ、傾き。
それは本来、自分の外側に向けるはずの視線です。
しかし、“歪は自覚した時点で修復不能となる”という設問が示す通り、この授業はある種の矛盾を抱えています。
気づけば直せない。
ならば、気づかないまま直すしかない。
だからこそ、教科書もなく、記録も残らず、時間割から消えるのかもしれません。
修復が成功したなら、その授業は“存在しなかったこと”になる。
卒業アルバムに教科名が載らないのは、修復が完了した証。
もし全員が真っ直ぐ立てるようになったなら、その傾きは最初から無かったことになる。
けれど、写真の中のわずかな角度。
水曜5限の落ち着かなさ。
無意識に机を確かめる指先。
完全な修復とは、“痕跡すら残らない状態”を指すのでしょうか。
それとも、痕跡があっても気づかない状態を指すのでしょうか。
もし今、あなたが椅子に座っているなら、背もたれに体を預けてみてください。
床は、本当に水平ですか。
影の長さは、左右で同じですか。
そして――
あなた自身は、
どちらに傾いていますか。




