人形の口の中
(提供:30代女性/主婦)
投稿者は、娘がずっと欲しがっていた人形を、近所のリサイクルショップで見つけました。
食べ物を口に入れると「もぐもぐ」と音が鳴る、いわゆる“食事体験”ができるタイプの人形です。
新品は高価だったため、中古でも状態の良いものを見つけたとき、娘は大喜びだったそうです。
目立った汚れもなく、箱はないものの、店員も「動作確認済みです」と説明していた。
家に持ち帰り、娘は毎日その人形に食事をさせて遊びました。
スプーンで小さなプラスチックのご飯を口元に運ぶと、カチッと内部で何かが引っかかり、「もぐもぐ」という電子音が鳴る。
それだけの、よくある玩具。
■ 紙
ある日の夕方。
娘が突然、リビングに駆け込んできた。
「ママ、口の中からこんなのがでてきた」
差し出されたのは、細く丸められた小さな紙片。
きれいに巻かれている。
投稿者は最初、前の持ち主の子どもが入れたものだろうと思った。
しかし、その紙は奥歯の奥、通常では届かない内部パーツの隙間から出てきたという。
人形の口はそこまで奥行きがないはずだった。
広げてみると、鉛筆のような筆跡で、たった一言。
「私のむすめ」
それだけ。
句点も、名前もない。
■ 違和感
まず気になったのは、文字の書き方。
「私」はやや整っているのに、「むすめ」だけがひらがな。
しかも、「む」の一画目が妙に長い。
投稿者はその夜、人形を分解できないか試みた。
ネジを外し、背面を開く。
内部は単純な構造で、スピーカーと小さなモーター。
紙が入り込むような空間は見当たらない。
なのに、娘は確かに口の中から取り出している。
■ 娘の言葉
その晩、寝る前。
娘がぽつりと聞いた。
「ママ、わたしはだれのむすめ?」
突然の質問に驚きながらも、「ママとパパの娘だよ」と答えた。
すると娘は、少し考えて、
「でも、このこはちがうよ」
と、人形を抱きしめた。
「このこ、ほんとのママいるもん」
■ 変化
翌日、人形の動作音が変わった。
「もぐもぐ」ではなく、かすれた音で、「……むすめ」のように聞こえる。
投稿者は電池を抜いた。
それでも、口元に食べ物を近づけると、内部から小さな振動が伝わる。
電源は入っていないはずなのに。
■ 追加
紙をもう一度広げると、裏面に薄く跡があることに気づいた。
光に透かすと、「かえして」の文字。
娘はその日から、人形を手放さなくなった。
外出時も、寝るときも。
投稿者が冗談半分で「捨てようか」と言うと、娘は真顔で言った。
「だめ。このこ、わたしのむすめなんだから」
◆作者より
人形は、しばしば「誰かの代わり」になります。
子どもが親の真似をするための玩具。
世話をする練習。
けれどもし、世話をされる側が先に“親”を決めていたらどうでしょう。
紙は現在、編集部で保管しています。
折り目は変わっていません。
ただ、文字の濃さが少しだけ増している気がします。
「私のむすめ」
それは、誰から誰へ向けた言葉だったのでしょうか。




