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散歩で拾った「箱」—エンディングロールは、ふたりで  作者: 輝


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第4話 舜爾の勝負

 翌週の月曜十九時、快の会社の小さな会議室は、蛍光灯の白さだけがやけに元気だった。外のビル風に窓がかすかに鳴り、机の上の紙が一枚だけめくれる。快は椅子を三つ並べ、ペットボトルの水を二本置いて、最後にホワイトボードのマーカーを一本だけ立てた。


 協力:ホワイトボード——と口に出しかけて、喉の奥で止める。癖は便利だけど、今夜は誰かの熱量が主役だ。


 ドアが勢いよく開いた。舜爾がノートパソコンを抱え、紙の束を脇に挟んで入ってくる。スーツのネクタイだけが少し緩んでいて、額に汗が薄く光っていた。


 「来たな。……時間、取ってくれて助かる」

 「舜爾のほうが早いですね。十九時ぴったり」

 「秒単位で動く。六月最終土曜夜の屋外上映会、あそこは遅れたら終わる」


 快が頷いたところへ、もう一度ドアが開いた。


 「わ、なんか会社っぽい匂いする……」


 まおが顔を出した。カフェのエプロンを外してきたらしく、ジャケットの下に薄いTシャツ。髪はまとめたまま、指先にコーヒー豆の香りが残っている。見た目だけは大人のジャケットは今日は着ていないのに、背伸びするみたいに胸を張った。


 「舜爾さん、これ……会議? 私、場違いじゃない?」

 「場違いじゃない。君は必要。座って」


 舜爾は迷いなく椅子を引いた。まおが座ると同時に、ノートパソコンがカチッと開く。画面に白い資料が映り、見出しが大きく出た。


 ――『商店街短編映像 上映枠獲得までの段取り(六月最終土曜夜)』


 「うわ……漢字が多い」

 「大人っぽいだろ」

 「大人っぽいっていうか、テスト前のプリント」


 まおが小声で言うと、舜爾は聞こえないふりをしてマウスを動かした。次のページには「続けるための仕組み」という言葉が並ぶ。撮影日、編集日、許可取り、店への返礼——やることが、細かく線で結ばれている。


 「要は、燃え尽きない形にする。毎回その場の勢いで回すと、途中で息が切れる」

 「……持続可能な、ってやつ?」

 「そう。続くほど強い。——快、お前が言ってた理屈を、こっちの勝ち筋に寄せる」


 快は一瞬だけ言葉を探した。自分の口から出た「続くほうが強い」が、舜爾の資料の中で、勝ちの道筋に変わっている。嫌じゃない。むしろ、悔しいくらい上手い。


 「資料、作ったんだな」

 「土日全部。寝る前に十回見直した。ここで外したら、俺は一生“惜しかった人”で終わる」


 舜爾は笑ってみせたが、目の奥が笑っていない。勝つための夜更かしの跡が、画面の明るさと同じくらいはっきりしている。


 まおは資料を覗き込み、指を折って数え始めた。


 「撮影、四回。編集、二回。……え、許可取り、毎回? そんなの、無理じゃ……」

 「無理じゃない。分担する」

 「分担……!」


 まおの声が上ずる。チャンスの匂いを嗅ぎ取ったときの顔だ。快はそこで口を挟んだ。


 「舜爾。分担するなら、俺も——」

 「快、お前は社内調整と編集の相談だけ。表に出るのは、まお。顔が出て、声が出て、店の人に頭を下げられる」


 言い切る速さが、資料より速かった。快の言葉は、机の上で止まる。


 まおが「え、私?」と目を丸くする。次の瞬間、その目がきらりと光った。


 「やる。……いや、やりたい。店の人にも、ありがとうって言ってもらえるなら、やる」

 「いい返事。じゃあ、君は“顔出し担当”だ。撮影の前に挨拶して、最後にエンディングロールを読む」


 舜爾がそう言ったとき、快の鞄の中で小さな箱がわずかに鳴った気がした。空っぽのはずの箱が、何かを入れられるのを待っている音。


 「エンディングロール、読むの?」

 まおが口を尖らせた。「読める大きさで」って言ったの、私なのに、と言いたげだ。


 「読む。声が残ると、店の人の顔も残る。……勝つため、だけじゃない。続けるため」

 舜爾は一度だけ、言葉を選んだ。快はその一瞬を見逃さなかった。


 「舜爾。ちゃんと考えてるな」

 「……当たり前だろ」

 「当たり前じゃない。ここまで作って、持ってきて、言い切るの。簡単じゃない」


 快がそう言うと、舜爾はペットボトルの水を一口飲んで、喉を鳴らした。照れを隠すみたいに、すぐ次のページへ進める。


 「で、次。撮影場所は商店街の端から順に。川沿いの散歩道は、ラストに使う。夜景が映える」

 「散歩道……あそこ、好き」

 まおが思わず言って、すぐに口を押さえた。大人ぶる癖が出る前の、素の声。


 「好きなら使える。好きって言える顔は、映る」

 舜爾はさらっと言い、快のほうを見た。

 「快は、映らなくていい。裏で回せ。お前の得意分野だ」


 胸の奥に、行末の余白がまた顔を出す。快は笑って、頷きかけた。いつもの癖なら、ここで自分を小さくして終わりだ。


 でも、鞄の中の箱の文字が、今夜はやけにうるさい。


 「……裏で回すのは、やる。だけど、必要なときは前にも出る」

 「は?」

 「まおが困ったら、俺も頭を下げる。許可取りも、返礼も。続けるための話なら、そこは避けない」


 舜爾が一瞬だけ目を見開いた。まおが「え、いいの?」と快を見る。快は、二人の視線の間に手のひらを置いた。


 「協力——じゃない。……同じ日に同じ場所で、同じ人に会うなら、無駄に分けないほうが早い」

 「……合理的だな」

 「編集者の癖です。尺を見ます」


 まおが吹き出した。会議室の蛍光灯の下で、その笑いだけが柔らかい色になる。


 打ち合わせが終わったのは二十一時半。三人は会社を出て、駅へ向かう道を歩いた。ビルの間から風が抜け、商店街の灯りが遠くに見える。


 舜爾がふと足を止め、背中越しに言った。


 「まお。今週の金曜夜、撮影一回目。二十時、商店街入口。遅れないで」

 「了解。……見た目だけじゃなくて、ちゃんと来る」

 「快も。来い」

 「提供:集合」

 「それ、今夜初めて面白いな」


 舜爾が小さく笑った。快はその横顔を見て、胸の奥の空欄に、細い字で一行だけ足した。


 ――協力:勝負の人。


 そして、鞄の中の小さな箱に、まだ入っていない“ありがとう”の重さを思った。



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