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散歩で拾った「箱」—エンディングロールは、ふたりで  作者: 輝


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第10話 協力か、勝負か

 翌日の昼十二時。川沿いのベンチは、昨日よりずっと明るかった。水面は風でざわつき、遠くで子どもの笑い声が跳ねる。まおは約束どおり来ていた。見た目だけは大人のジャケットのまま、手の中の紙コップだけが子どもみたいに熱くて、何度も持ち替えている。


 舜爾はタブレットを膝に乗せ、親指で画面を滑らせた。

 「最初に確認。屋外上映会まで、あと三週間ちょい。やることを増やすと、全部が浅くなる」

 「増やす……って、何が?」

 まおが首をかしげると、舜爾は画面を見せた。撮影予定、投稿本数、コラボ依頼。数字が並び、矢印が太い。

 「勝つ導線。必要なのは、撮れ高と頻度。感謝メモ朗読は、もう十分。次は、派手に動く」

 まおの目がいったん光って、すぐに曇った。派手に動く、の先に、昨日の夜がある。


 少し遅れて、快が来た。息は乱れていないのに、肩に掛けたバッグの位置を何度も直している。いつもなら、ここで軽い一言を添えるのに、今日は口を開くまでが長かった。

 「協力:日曜の昼」

 絞り出したようなクレジットに、まおは笑えなかった。


 快はベンチの端に腰を下ろし、鞄から封筒を一つ出した。中には、紙が数枚と、手書きの簡単な表。

 「舜爾。俺、会社で一回、正式に出したい。分担案。撮影と編集と許可取りを、続けられる形にする」

 舜爾の眉が動く。タブレットより、紙のほうを先に見た。

 「続けられる、ね。言い方がもう、勝つ気が薄い」

 「勝つ気がないわけじゃない。だけど、勝って終わったら意味がない。商店街の人、毎週協力してくれてる。負担が増えたら、次がなくなる」

 快の指先が表の端を押さえる。紙が風でめくれそうになるのを、無意識に止めている。


 舜爾は紙を机みたいに膝で叩いた。

 「余計な手を広げない。勝つために、全部を細くしない。俺は、今、一番強い手だけを握る」

 「その“強い手”に、まおを入れるのはわかる。でも——」

 快が言いかけたとき、舜爾は顔を上げた。

 「快。お前の案だと、まおが迷う。迷う時間は、再生数の敵だ」


 まおの胸の奥が、きゅっと縮む。迷う時間。昨日の夜、足が動かなかった時間。あれが、敵。

 まおは紙を見つめ、言った。

 「私、迷ってるのかな」

 「迷ってる」

 舜爾の返事は早い。速さが、まおの背中を押す。押されると、少し楽になる気がしてしまう。


 快はまおを見た。昨日、心の中で叫んだ言葉が、喉の奥で引っかかる。置いていかないで。——声にしたら、きっと彼女を縛る。それが怖い。

 「……まお。君がやりたいほうを、やればいい。俺は……応援する」

 言い終えた瞬間、快は自分の言葉の薄さに気づいた。クレジットの行末みたいに、余白が残る。


 まおの口元が笑う形を作り、すぐにほどけた。

 「応援、ね。便利だね、それ」

 敬語が落ちた。落ちた言葉のほうが、本当っぽくて痛い。

 「だって、快くんはいつもそう。エンディングロールに、自分の名前を小さくしてさ。消えやすい場所に置いてさ。……私のことも、そうするの?」

 まおは言い終えてから、慌てて息を吸った。言いすぎた、と大人の顔が言う。でも、寂しさを抱えた心の影が、まだ袖口に残っている。


 快は、すぐに謝れなかった。謝ったら、また“丸く”なる気がした。真潤の「ほらね」が聞こえる。

 「消えないよ。君のことは——」

 「じゃあ、言って」

 まおが、まっすぐ見る。観覧車の静けさみたいな目。触れそうで触れない距離。

 快の唇が動くのに、音が出ない。言いたいのに、言えない。支える癖が、舌を押さえる。


 舜爾が、間に入るように言った。

 「決めよう。まお。次の週末、遊園地の続き。昼から夜まで撮る。派手に。店の人には、俺が根回しする」

 まおは一度、快のほうを見た。快は頷いた。頷くしかなかった。

 「……わかった」

 まおが言う。言った瞬間、胸の穴が少しだけ埋まる。代わりに、別の場所が冷える。


 解散して、まおは商店街へ戻った。カフェの前で鍵を回し、シャッターを上げる。店内に入ると、甘い焼き菓子の匂いが残っていた。カウンターの端に、小さな白い箱が置いてある。手のひらサイズの試作。ふたの「ありがとう」を指でなぞると、昨日の夜の白さがよみがえる。


 店の外、通りの角には大きい“ありがとう箱”がある。店主たちの字で埋まったメモが、風に揺れないよう重しが置かれている。まおは吸い寄せられるように近づき、ふたを開けた。


 いくつもの紙の間に、封筒が一つ混ざっていた。白い封筒。宛名だけが、丁寧に書かれている。

 「……まおさんへ?」


 まおの指が止まる。見た目だけは大人の手が、ふるえる。怖いのは、置いていかれることだけじゃない。置いていかれた理由を、誰かに言葉で渡されることも、怖い。


 封筒の角に、古い紙の匂いがした。まおは、息を整えるために、店の前の歩道を一歩だけ歩いた。たった一歩の散歩。それでも、足元の影がついてくる。


 遠くで誰かが笑っている。近くで自販機が光っている。まおは小さく、心の中でつぶやいた。

 (提供:勇気。協力:私。)


 封筒を胸に抱え、まおはカフェの扉を開けた。



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