告げられた審理
東京・大審院 記録課控室 明治二十四年五月二十五日・午後二時
「……やはり、津田の件、動きがあるらしいぞ」
人けのない控室で、若い書記がもう一人の職員に耳打ちする。
声は低く、手元の帳簿の陰に隠すように。
「火曜、二十七日。第一回公判、非公開で行われると。裁判長は○○……」
「非公開……だろうな」
「報道も立ち入り不可らしい。ただ、これはまだ“正式発表”じゃない。庁内通達の前段階、いわば下読みだ」
「外に漏らせば?」
「懲戒処分どころじゃ済まん。……だが」
彼らの会話を終えぬうちに、扉の影でそれを聞いていた人影が、そっと廊下を離れていった。
*
東京・警視庁 庶務課 午後三時過ぎ
「川辺記者がまた来てる? ……通すなとは言ってないが、あいつ“また”裁判日程を探ってるのか」
庶務課長が頭を抱える。
応接室では、読売新聞の川辺が煙草の火をつけながら、警察庁職員の名刺を机上で弄んでいた。
「公開の裁判なら、日程は開示される。それが非公開となるなら、余計に理由を訊きたくなる。……違いますか?」
職員は答えない。
「“静かにしておくのが国のため”だと? それは“静かである限り騒がぬ”と、国民を信じていないことになる」
「川辺さん……あなたの書いた記事が、ひとりの婦人を死に追いやったという話、ご存知でしょう」
「――知ってますよ。忘れるわけがない」
川辺の目が、ほんの一瞬だけ曇った。
だがその奥で、別の決意が静かに燃えていた。
*
東京・内務省 村岡の執務室 午後四時
「……裁判開始は二十七日。大審院、非公開。確認済みです」
机上に報告書が置かれると、村岡は目を閉じてうなずいた。
「それまでに、すべてを整える。世論、報道、そして国外」
「大臣、司法省との連携は?」
「まだ甘い。だが、“審理を政治の延長にしない”と彼らは言う。……それが正しいと、私も思いたい」
そして、手元に置かれた報道監視の覚書に目を落とす。
「だが、今は正しさではなく、“均衡”が必要なのだ」
その瞬間、窓の外を小さな影がよぎった。
夕暮れの空、烏が一羽、鳴き声もなく滑るように飛んでゆく。
――審理まで、あと二日。
(第四章了)




