波紋の先は
明治二十四年五月十九日、東京・数寄屋橋交差点。
夕刊が売られる時間を迎え、街の角には新聞売りが立ち並んでいた。
読売、東京日日、朝日、報知――号外の見出しが、通行人の目を奪う。
「津田三蔵、ついに大審院へ移送」
「司法の威信、いま問われる時」
「読売、痛烈な社説で内務省に問う」
「皇太子殿下、静養先で書を揮毫」
それぞれの紙面に、それぞれの「真実」が書かれていた。
だが、真実はいつも一つの顔をしてはいなかった。
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その頃――。
読売新聞社内、編集部。
川辺は、同僚たちのざわめきの中、机の上に置かれた一枚の紙をじっと見つめていた。
主幹の手によって回された掲載許可の押印済み原稿――
自分が前夜に書き上げた、「沈黙の風景と、語られぬ声について」の特集記事だった。
「……載せてくれたんだな」
川辺の声に、背後から誰かが応える。
「載せたよ。だけどな、あれは“正解”かどうかなんて分からん」
それは、社会部のベテラン記者だった。
無精髭を撫でながら、苦笑を浮かべている。
「お前の記事には、“怒り”がある。でも、新聞ってのは、怒りをぶつけるだけの場所じゃない。読者に考えさせる余白も、置いといてやれ」
「……俺は、あの沈黙が、どうしても許せなかったんです」
川辺の目には、疲れと、何かを貫いたあとの焦燥があった。
それでも、自分が書くべきだと思った――その一点で、筆をとった。
「じゃあ、もう一度行けよ」
「え?」
「大津にさ。今度は、怒りじゃなく、もっと静かに見てこい。“津田”じゃなく、“町”を見てこい。そうすりゃ、何か分かるかもしれない」
川辺はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
**
同時刻――。
内務省政務室。
村岡は机に広げた新聞各紙に目を通していた。
読売の社説は、今朝の会議でも話題に上ったばかりだ。
(……“声なき声”か)
彼は、報道が国を導く危うさと、だからこそ必要な“軌道”について思いを巡らせていた。
だが――川辺という若き記者の“感情”が、実は世論の中の真実に最も近かったのかもしれない、とも感じていた。
そのとき、部下が一通の電報を手に入室した。
「外務省より。ロシア、予備交渉の準備段階へ入るとの報。正式な抗議ではありませんが、“善処を望む”旨の言葉あり」
「……やはり、急かされるか」
村岡は立ち上がった。
国家という巨大な器を支える者として、どの言葉を口にするべきか、まだ定まっていなかった。
だが、言葉を発せねばならない時が、刻一刻と迫っていることだけは、はっきりと分かっていた。
**
その夜。
街の片隅、小さな印刷工場。
活字を拾う指の音が、カチ、カチ、と夜に響いていた。
刷り上がる紙面に、活きた言葉が走っていく。
それは、新聞という名の「呼吸」。
誰がそれを読み、誰がまた、そこに怒りや安堵や希望を見つけるのか。
答えは、明日の朝、街の空気の中にある。
――風は、確かに動き始めていた。
(第三章了)




