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刑吏の刃  作者: 長谷川慶三
第二章 火のついた地図
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紙面の設計図

 1891年(明治24年)5月12日 午後八時過ぎ 京都・読売新聞関西支局


 活版の熱がまだ残る印刷室を横目に、川辺は小さな机の上で原稿用紙を並べていた。

 明日の朝刊――その一段目をどう始めるか。

 文字の配置を決める前に、記者たちは一種の設計図を描く。

 それは、情報の地図であり、世論の導線でもある。


「大津事件続報――、いや、これは引きすぎか。『皇太子襲撃の続報』にしておこうか」


 鉛筆を咥えながら川辺は独りごちた。

 警察署の冷たい応対、住民たちの沈黙交じりの証言、宿へ戻ってまとめた手帳の断片。

 すべてを一つの記事に落とし込むには、材料がまだ足りない。だが、締切はすぐそこだ。


「おい川辺、明日の紙面、内政面と重なるぞ」


 編集主任の声が背後から飛んでくる。


「宮内省と内務省が、どうも何か握ってるらしい。お前のルート、何か聞けてないか?」


「……今夜のうちには難しいです。けど、政務課で作成中の報告書があるらしい。たぶん、明朝には回ってきます」


 主任は短く舌打ちした。


「遅い。読売は一歩先に出ないと意味がない」


 川辺は、原稿用紙を一枚めくった。

 そこには、現場近くで聞き取った証言が箇条書きで綴られている。


 ・巡査が騒いでいた、という声(場所:町屋通り)

 ・ロシア側護衛の動きが鈍かった?(噂)

 ・同心筋の不満「警備配置に問題があったかも」


「仮説を書いていいですか。断定はしません。――だが、背景として“緩慢な警備”や“精神錯乱説”を出すことは、世論の流れをつかむ上で不可欠です」


 主任はしばらく黙っていたが、やがてうなずいた。


「なら、三段目までを“川辺案”でやってみろ。ただし、主語は『関係者筋』か『一部報道』にしておけよ。実名はまだ出すな」


「承知しました」


 再び鉛筆が走る。

 今夜は、宿には戻れない。

 けれどこの紙面設計図こそが、今、自分にできる最大の「現場報告」だった。


 川辺は原稿の見出しを一文字ずつ記した。


「津田巡査、錯乱の可能性——警備体制に疑問も」


 活字に置き換えられるまで、あと四時間。


(第二章了)


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