聖女候補だった妹が聖騎士に選ばれました〜えっ、僕が聖女なんですか?〜
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ついにこの日がやって来た。この日をどれほど待ち望んだことか。
僕は白い石造りの硬い長椅子上でそわそわと大聖堂のステンドグラスを見上げた。
聖女が興したと言い伝えられているこの国では、貴族は皆10になる年に王都にある大聖堂で職業の適性検査が行われる。特に「聖女」と「聖騎士」の適性を持った者は重要視され、将来の王妃とその側近となるために爵位などに関係なく王城で教育を施される程だ。たしか「聖女」は次期国王とだいたい同年代に1人、「聖騎士」は5人くらい選ばれるんだっけ。
集められた貴族令嬢令息たちの顔は期待に満ちているか、緊張しているかの2択だ。僕は少し心配になって、ちらっと隣へ視線を向けた。
緊張した表情で下を向いている妹_____メアリーアンは楚楚可憐を体現したような容姿をしている。色素の薄い白金色の髪と空色の瞳は初代聖女様と全く同じで、ある種の神秘性を帯びている。
そのためメアリーアンは本人の意思や性格とは関係なく、生まれた頃から「次期聖女候補」と周囲から期待されてきた。
……まあ、双子の僕も同じ色してるんだけど。とはいえ聖『女』と言うように過去に選ばれたのは女性だけだから、男の僕じゃ何の意味もない。
だけど、メアリーアンが王妃みたいな重責に一人で耐えられるとはとても思えない。だからメアリーアンが聖女なら、僕は聖騎士になりたい。そうでなくとも、せめて、支えられるだけの地位になれる職業適性が欲しい。
それに……生まれた時からずうっと一緒にいたんだから、これからだって一緒がいい。いきなり引き離されるなんて寂しいから。
荘厳な鐘の音が鳴り響き、職業適性検査という名の儀式の幕が上がる。陛下に付き従う司祭様が掲げている水晶玉は通称「鑑定水晶」と呼ばれるもので、初代聖女様が作り出した遺物らしい。何でも、水晶を通して神様からお告げを賜ることができるんだとか。手で触れるだけ職業適性が文字として浮かび上がるのだそう。
なんともまぁ、便利な。
そう考えながら足をぶらぶらと揺らしていると、メアリーアンが僕の手を握ってきた。強ばった手は可哀想に、冬の日のように冷えきっている。
「……あめり。不安?」
舌足らずで呼び違えていた頃の名前でそうっと呼びかけると、メアリーアンは小さく頷いた。
「ルイス。わたし、わたしね本当は_____」
「では、ただ今より検査を始めさせていただきます!まず初めに_____王太子、レオナルド殿下!お願いいたします。」
そういえば、王太子殿下も同い年だったっけ。
僕もメアリーアンも手を握り合ったまま固唾を飲んで見守る。王太子殿下の結果によっては、政争が激化する可能性があるのだ。王様も王妃様も職業としての表示はないけれど、それでもやはり政治を行う以上適性によっては廃嫡されてしまうことすら有り得るのだ。
そうなったら野心を持った貴族たちが各々別の王子を擁立して宮中が荒れることは想像に難くない。
そうなれば僕らみたいな伯爵家じゃ聖女になったメアリーアンを守り切れない。もし聖女じゃなくたって、この色彩は教会の関心を引くことこの上ないのだ。どんな結果になろうとも政争がひとたび激化すれば巻き込まれることは確定してしまっている。
だから、だからどうか……!
王太子殿下が触れた瞬間、白い光が水晶玉から溢れ出した。その光が収まった途端、周囲を取り囲んでいた大人たちは控えめに歓声を上げた。
「殿下の適性は……『聖騎士』!おめでとうございます殿下!」
「いやぁ、『聖騎士』とは素晴らしい適性ですな。これでこの国も安泰でしょう。」
よ、良かった……これで王太子殿下は次期国王のままだ。でも、そうなるとメアリーアンは「聖女」だったら殿下に……
周囲で見守っていた司祭たちが口々に王太子殿下に祝いの言葉を投げ掛けているけれど、王太子殿下はつまらなそうに水晶を見つめていた。
どうしたんだろう。何か心配事でも_____
そう思って様子をじっと見つめていると、ふと顔を上げた王太子殿下の金の瞳と目が合った。不躾だったかもと思って俯いていると、メアリーアンが焦った様子で僕の肩を叩いた。
「ルイス、ルイス。大変。殿下が_____」
「俺が、何だって?」
不機嫌そうな声に恐る恐る顔を上げると、声色どおりの表情をした王太子殿下がすぐ側で僕を見ていた。僕らよりも白っぽい白銀色の髪と白い肌に色ガラスの光が落ちて赤く染まっている。まるで怒って紅潮しているみたいだ。
「……王太子殿下、に、ご挨拶申し上げ……」
「堅苦しい挨拶はいい。それよりもお前ら、ミレア伯爵家の双子だな?こっちへ来い。」
「わっ」
「ルイス!」
王太子殿下に急に腕を引っ張られて、転びそうになった。僕は運動神経もいい方じゃないし、そんな急に立ち上がれない。
メアリーアンと手を繋いだままだったお陰で何とか転ばずに済んだけれど、それにしたって乱暴すぎる。こんな人が聖騎士だなんて世も末だよ。
王太子殿下の手は温かくメアリーアンの手は冷たい。けど、心に関しては絶対逆。
こんな奴に僕の大事なメアリーアンをやるもんか。メアリーアンが「聖女」じゃありませんように!
3人手繋ぎという滑稽な状態のまま王太子殿下はずんずんと歩いていき、水晶の前でぴたりと足を止めた。
……なんだろう。なんか、嫌な予感がする。
「……メアリーアン・ミレア。これに触れろ。」
「っ殿下!?突然何を言い出すんですか!」
咄嗟にメアリーアンを自分の後ろに隠すと、王太子殿下は相変わらず不機嫌そうなままため息を吐いた。
この儀式は高位貴族から順番に、と慣習づけられている。だから僕らみたいな伯爵家はもっと後にやらなければいけなくて。それを無視したら、僕らは……いや、ミレア伯爵家は……確実に睨まれる!
それを、それをこいつは……
「王太子殿下ともあろうお方が、慣習を蔑ろになさるのですか?」
「慣習?ああ……
法律で決まっている訳ではないのだ、問題あるまい。」
「殿下!」
あんまりな王太子殿下の態度に僕が思わず声を荒らげると、控えていた騎士たちが剣の柄に手を伸ばした。けれど王太子殿下は軽く手を挙げてそれを収めて、僕を押し退けてメアリーアンの腕をぐいっと引っ張った。
「メアリー!」
「聞くところによると、お前は『聖女』の有力候補だそうだな?聖女について知っていることは?」
「ええと……祈ることで神聖力を賜り、その神聖力で怪我の治癒や豊穣をもたらすことができる、と……」
「そうだな。そして聖女は次期国王の妻になる訳だが。」
王太子殿下はトン、と司祭様が手にしている水晶玉を指で突っついて、その手でメアリーアンの額もつついた。身内でもないのに勝手に女の子に触っちゃダメなのに!王太子殿下がこんな人だと思わなかった。
僕がまたメアリーアンと王太子殿下の間に割って入ると、王太子殿下はまた不機嫌そうに顔を顰めた。
「……そういう訳だから、さっさとはっきりさせておきたい。お前が俺の妻になる相手なのか、そうでないのか。」
別にあとだって結果は同じなのに?待っていれば分かるのに?
自分のためだけに僕とメアリーアンを連れてきたの?
……王太子殿下って……
「意外とワガママなんだぁ……」
「ルイス!」
「良い。それよりもメアリーアン・ミレア。さっさと触れろ。」
王太子殿下は水晶玉を指し示すと、メアリーアンを睨みつけた。
……ああ……こいつ……こいつは……!
「権力ってこんなことのためにあるんじゃないでしょーが!!!」
「うわっ!?」
「あっ!」
思わず僕がそう叫ぶと、驚いた王太子殿下がよろめいて司祭様にぶつかった。そして水晶玉がぽーんと宙を飛んで_____
「……っ!取れた!」
メアリーアンの掲げた両手の中にすっぽりと収まった。
その瞬間水晶玉が眩く光って、メアリーアンの適性が浮かび上がった。
その文字は_____
「……聖、騎士……!?」
「やったー!やった、やったわルイス!わたし、剣を捨てなくて良いんだって!」
愕然とする大人たちを置いてけぼりにしてメアリーアンは満面の笑顔ではしゃいだ。
良かった、メアリーアンが聖女じゃなくて。だって、メアリーアンは聖女様みたいなお淑やかとは正反対の性格だから……!
メアリーアンは生まれた時からお転婆で、僕や使用人たちをいつも振り回してきた。僕が5歳から始めた剣術なんて、こっそり稽古を見てあとは独学なのにもう既に僕より上達してるし、「聖騎士」の適性も納得だ。
それにプラスしてこの王太子殿下と結婚って問題もあったから本当に聖女じゃなくて良かった。
けど……聖騎士ってことは結局王城でこの王太子殿下と一緒に教育を受けることになるんだよね……心配だな……
「はい、ルイス。」
「へっ!?って、メアリーこれ、水晶_____眩し!?」
メアリーアンが僕に手渡してきた水晶玉がまた光って……なんかさっきより眩しくない!?目が潰れそう、っていうか目が開けない……!!!
閃光の残滓が視界から抜けずにクラクラしていると、何やら周囲の大人たちがざわめいているのが聞こえた。
どうしたんだろう。見えないけど、もしかして僕もメアリーアンと同じ結果だったとか?だったら良いな、そしたら一緒にいれるから。
それか光が強かったし、ひょっとしたら別の高位職業なのかも。
なんの適性なんだろう。メアリーアンと一緒にいられたら嬉しいな。
だけど、戻ってきた僕の視界に飛び込んできたのは、思いもよらない結果だった。
「……せ、『聖女』……!?」
■■■
「僕、男なんですけど。」
「どこからどう見てもそうだな。」
「何ですか聖女って!聖『女』!女って入ってるのに!」
「男が聖女に選ばれる」という前例のない大事件のせいで僕ら兄妹は連日注目の的だ。それだけならまだ我慢できたけど、一応義務だからと家族への報告もそこそこに王城へと上げられてしまった。
異例の事態で教育係の準備もできていない状態だったのに、とっとと王城に上げられたせいで王太子殿下とほとんど一緒だし。そのせいでお部屋から全然出られないし。メアリーアンは女の子だからってお部屋遠いし。そのせいであんまり会えないし。
「……やっぱりなにかの間違いなんじゃ……」
「馬鹿を言うな。あの後何度やっても結果は同じだっただろう。」
「それはそうですけどー……なんか釈然としないっていうかー……」
「前例がない」と大人たちは慌てていたけれど、ショックを受けたのは僕だって同じだ。当たり前って、意外と当たり前じゃないんだな……。
「ところでルイス・ミレア。」
「何ですか、王太子殿下。」
「時期王妃のことなんだがな。」
「なれませんよ?」
「それはもう聞いた。はぁ……お前が王妃を務められるのなら良かったんだがな。……お前の妹_____」
「メアリーを無理やり王妃に縛り付けるおつもりですか!?そんな酷な役目をメアリーに負わせるくらいなら僕が_____」
「兄妹揃って同じことを言い出すんじゃない。話は最後まで聞け。」
兄妹揃って?メアリーアンも同じこと言ってたってこと?
同じこと考えてたんだ……なんかちょっと嬉しいな。
「お前の妹と俺が結婚したとしてもお前が独身だと政争の火種になる。そのうえ、王妃に対しての人質としても使える。
さらに伝統的に聖女の伴侶は王のみだった。……つまり、それを逆手にとって聖女(お前)の結婚相手が王位を狙ってくる可能性があるということだ。」
「……生涯独身じゃダメなんですか?そうすれば少なくとも王位争いは起きないですよね?」
「本気で言っているのか?メアリーアン・ミレアを人質に脅されたら?既成事実を作られたら?そしてお前の子を孕んだと言われたら?
どうにかできるだけの力がお前の実家、ミレア伯爵家にあるのか?」
「う……」
「ないだろう。」
図星だ。ミレア伯爵家は初代から現在に至るまで平々凡々な中流貴族でしかない。
それが長所でもあるとはいえ、こういう立場になってしまうとどうしても後ろ盾としての能力が足りないのだ。
「じゃ、じゃあどうすれば良いんですか。」
「それを今考えている。……いっそ、お前らが結婚してくれれば丸く収まるんだがな……」
「何言ってんですか!?双子ですよ!?」
「だからこそだろう。ミレア伯爵家内で完結するから勢力図に影響がない。」
たしかに、と一瞬納得しそうになったけれど、やっぱりダメだと思う。
僕とメアリーアンが結婚すればずっーと一緒のままで、王太子殿下も助かる。だけどそれじゃきっと僕らは成長できないし、何よりメアリーアンを縛り付けたくない。
結婚したくないのは双子だってのも勿論あるけど、メアリーアンにはちゃんと好きな人と結婚して家族になって欲しいし。……寂しいけども。
「今年の聖騎士は俺とお前の妹の2人だけ。おまけに聖女は男ときた。……厄年なのか……?」
「何ですか『やくどし』って。」
「良くない事ばかり起こる年のことだ。はぁ……お前が女ならな……今からでもなれないのか?聖女だし。」
「無茶言わないで下さい!」
そんなことできる訳ないしやりたくない!
僕が頬っぺたを膨れさせると、王太子殿下は呆れてように指先で突いて空気を抜いた。
この時の僕らは知らなかった。
疲れ果てた大人たちが「王妃が男でも良くない?」と思い始めていることに。そしてメアリーアンがその流れをぶっ壊すために手当り次第貴族たちの弱みを握りだしたことに。