海賊 アン・ヴァイキング
拝啓、女社長。俺ことユーシャ・イガは、どこかへ消えた勇者を探す任務を続行中です。しかし、仕事というのは思ったように進まないことが経験上結構あるのは理解していると思います。災厄がこうしている間にもますます進行しているのだろうことは理解できているのですが、本当に無理なものは無理なこともあります。
・・・・・誰か私を拾ってください。この際鮫や鯨にに飲み込まれても良いからとにかく影を移らせてほしい。
既に海の上で数日が経っている。海は広いということは知っていた。生まれて初めて見たときに圧倒されたのは覚えている。しかし、これだけ広いということはそれだけ生物も自由に動けるスペースの広さがあるということで、都合よく生き物と巡り会うことも運次第ということだ。
黒曜石の方角は時と共に変わっている。これは向こうだけでなくユーシャ自らも海に流されているわけで、近づいているのか逆に離れているのか分からない。
「社長の方はきちんと探せているだろうか」
誰一人として同じ方角にはいないため、必然的に別行動と取ることになった。寧ろこうなって良かったかもしれない、この状況に巻き込まれたら命の保証なんてできない。
こういう時、空を飛べる術でもあればとないものねだりをしてしまうのは、かなり焦っている証拠だろうか。
*
かーいぞくせーんを、率いーて揺られて先進め。
己のみーちに後悔するな、生きるも死ーぬも手前の自由。
大波超ーえて嵐を突っ切り今日も自由に生ーきろ。
ぜーんもあーくも関係ねえよ。
どんな時でも笑って過ごせ、それわははっのは!
奪い、奪われすーるは勝負の結果、誰にもわかりゃしないさ神でもさ。
うーみに生きるはつーねに、生ーき死ーにの闘いだ。
ここでは誰もが平等さ、力も知恵もうーみの前では藻屑と消えん。
最後に勝ーつは笑ったやつさ。
どんな時でも笑ってたたーかえ、それがははっのは!
船の至る所で歌声が響いていた。
海は基本波の音以外で静かだから少し騒がしいぐらいの方がまだ活気が出る。
海の上は娯楽があまりないゆえに、喧嘩、賭博、酒がないと何も楽しくない。
最も、十隻の船団が海の上を進んでいれば、人数も相まって軽くお祭り騒ぎにすることなどわけないのだが。
「アン船長!今、全船員で釣り上げた物の大きさを競ってるんですけど参加しませんか?小遣いの一割を賭けて」
確かにこれだけの人数がいれば所持金一割の総取りでもかなりでかい額かもしれない。一人いくら持っているかなど、たかが知れていそうな気もするが。
「・・・・私から金を奪おうとするか、良い度胸だ」
アンの口角が上がり、倉庫から釣竿を持ってきた。
「先日はカードで負けたが、今回は私が一番でかい獲物を釣ってやる!今トップを張っているやつは誰だ」
「見習いがでかい魚釣り上げました。ちなみに日没までが時間制限です」
「まだ半日もあるのか、長いな一日は!」
アンの片手には釣り竿と酒瓶が、器用に指二本で瓶をぶら下げ、残りの三本で釣り竿を掴んでいた。どちらも相応に重いはずなのに痛くないのだろうかと疑問に思った部下だった。
*
「いやー、危なかった。船長の釣った獲物がもう少し大きかったら掛け金持ってかれてたよ」
何やら近くで口が聞こえる。
「この前の一件からようやく立ち治って良かった。漂流物釣り上げた時は無効だろうって文句出たけどよ、誰かが大きな物を釣り上げた者が勝ちって言っちまったせいで船長に押し切られそうになったぜ」
運よく船に乗れたらしい。
乗れたはいいが、良い加減術を維持することに限界がきてしまった。
「ん?なんだ、この黒い塊。こんなのさっきまであったか」
「塊というか、これ人じゃないか」
ああ、実態が浮き出てしまったか。とはいえ数日間術を維持し続けたせいかもう体力と気力もない。
まだ眠いな・・・・・・。
顔に冷たい感触が当たった。訓練で多少のことには驚かないが、眠りを妨げられるというのはいつだって不快だ。
「起きな、侵入者」
「・・・・・・ぐう」
「寝るな」
再び冷たい水をかけられた。さっきよりも眠気は晴れた、けれどこの匂いは海水か。
「眠気をとってくれて感謝する」
「この状況でしかも私達を前にして平静でいられるとは、肝が据わってるな」
ユーシャはようやく視界がはっきりしてきた。思ったよりも疲れが出ていたのだろう。
座らせられたこの姿勢からでも分かる。随分背の高い女性だ。
黒髪短髪に海賊帽を被り、目は鋭い。地面まで届かんとする黒い外套を肩に羽織っている。
ユーシャを見下ろしている目が鋭いの警戒しているからだろうか、というより機嫌が悪くないか。
「答えろ、お前は何者だ」
「俺はユーシャ・・・
気がついた時、ユーシャは船の柵に激突していた。アンの恐ろしく早い蹴りだった。
戦闘など得意ではないが、経験がないわけではない。
とはいえ、ユーシャは全身ロープで拘束された状態だ。しかも疲弊し空腹状態、力が出るわけもない。
「船長、その男まだ話している途中だったんじゃ」
「悪いね。一番聞きたくない名前が一瞬聞こえたからな」
船長の顔に血管が浮き出ていた。怒りで頭に血が昇っている証拠だろう。
「・・・質問に応えている最中に蹴りが飛んでくるのは初めての経験なわけだが、いきなり酷いな。これは海賊なりのやり方なのか、それともあんたという女がそうなのか」
ひっくり返った状態で気だるげに話す忍び装束の男だったが、まるで動じていない。寧ろ冷静に辺りを分析している。
「ほう、お前随分冷静だな。普通海賊に捕まったらパニックになって命乞いするか、敵意剥き出しで何も語らないかのどちらかだぞ」
「冷静になれるわけないだろう。何日も影に潜まねばならず腹は減って喉は乾いて頭は回らない。さらにさっきあんたに蹴られて頭の中揺さぶられてるんだぞ。目だけは無事だったこともあってなんとか動かしているが、こんな限られた視界で得られる情報もたかが知れている」
「それだけ自分の状態を語れている時点で大分冷静じゃないか」
「生まれが生まれなだけにこうした状況にも耐えられる鍛錬をしてあるんだ」
「格好で推測はできてるよ。お前、忍びだな。噂に聞いた限りじゃ、忍術という魔法とも異能とも違った能力を使うとか」
(忍びは秘境に住む少数民族だが、割と世に知られているのか。格好はかなり目立つからな・・・考えてもみれば忍び装束は夜に紛れて動くために作られた格好だ。
任務と素性を隠したり機能性に申し分はないが、白昼堂々と着る格好ではないか)
「だったら?」
「何しに私の船に乗り込んだ。私の首にかけられた賞金に目が眩んだか」
「・・・・そんなものに興味はない。任務の途中で漂流しどうしようもなくなっていたところをたまたま引き上げて貰った。それだけだ」
「お前さっき勇者とか言ったな。だが、私の知る勇者とは似ても似つかん。勇者というのは二人もいるのか?それともただの勇者の真似事をしている変質者か」
「質問に質問を重ねるな。こんな状態でろくに頭が回っていないんだ。今度はこっちに質問させてくれ、逆にあんたは一体どこの海賊だ」
「アン・ヴァイキング」
あまり頭の回らないユーシャでもすぐ思い出した。悪党の中でも名声、力、勢力、懸賞金においても上位に入る最大最強と言われる東の海賊団船長。
別名「女帝」アン・ヴァイキング。




