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勇者捜索依頼

 狐仮面は社長の人脈が広いことを前々から知っていた。

 ビジネスは人脈の広さでいくらでも枝葉を伸ばすことが可能だ。後は実力と実績、信頼を勝ち取ること。

 狐仮面が知る限り、社長は人同士の会話から情報を得ることの達人だ。

 例えば酒場なんて情報の宝庫だ。噂、嘘、武勇伝、愚痴、内緒話、陰口、冗談、笑い話、儲け話。他にも街に出てみれば子供を持つ母親達のママトーク、子供達が不意に聞いた大人の会話。

 社長はすぐ人と仲良くなれるうえにこういった言葉を全て記憶し真実か嘘かも見抜き、さらに分析して細かい所まで推測さえする。対して仮面は少数の人を至近距離から監視、尾行、盗聴、盗み、脅し、罠仕掛け、細工に長けている。

 お互いの仕事における得意分野はともかく、いくら人脈が広いとはいえ、仮面は目の前にいる人物には流石に驚きを隠せなかった。

 

「よく来てくれました。貴方達が情報屋で相違ありませんね?」


 女社長は頭を深く下げた。仮面もそれに倣う。

 

「いかにも。こんな我々をお知り頂けたばかりでなく、お声まで掛かろうとは夢にも思いませんでした。

 私が情報屋社長。そしてこの男が従業員の狐仮面です。」


 名前を名乗らなくていいのだろうか。


「勘違いしないでください、私が知っていたわけではありません。伝手の伝手の伝手を頼り、ことがことゆえに事態を解決できそうな人材に頼んでいるに過ぎません。私はこの国の女王、ビューラ・エクシオンです」


 威厳のある声に目、服装もあるだろうが何より存在感の大きさというものを感じる。何しろ聡明かつ厳格で知られるが、暴君ではない。これは都市伝説だが、城の塔から城下町を見下ろしている姿がごくたまに見られるらしく、目が合った時悪いことを一切しなくなるという。

 そう、目の前にいるのは国の女王。豪華絢爛ではあるが荘厳ささえ感じるドレス、赤と青が混じった頭髪と鋭い眼光の赤と青のオッドアイ。赤い目を見てしまうと射抜かれたように体が強張るし、青い目は全てを見透かしたかのように体が冷える。

 夫である王は普段どう接しているのか気になる。


「これは極秘として欲しいのですが、時が経てばいずれ世に知れ渡ってしまうことでもあります」


 こちらの沈黙を肯定として受け取り、女王は続けた。


「近年の災厄については知っていますね。数百年ごとに起きる謎の現象、伝説では普通の人間の目には見えない謎の敵によって起こされているという話です。そしてこれを解決できるのは選ばれし勇者のみと言われています」


 これに関しては知らぬ者などいないだろう。数年前から勇者が現れたことに民は盛り上がっていた。

 新聞にも載っていたことである。それも大々的に。


「何年か前、街の方では何故か勇者が現れたとかで騒ぎになっていました。その当時から私はこの勇者は偽物だと確信していました。なのに私の夫である王や民がやたらと騙されていました」

 

 これも有名な話だ。勇者を名乗った一人の男が街で英雄視され社会現象となった。しかしある日突然姿をくらませその後短い時間の間に本物の勇者が現れたことが世に知れ渡る。伝説が正しければ、勇者は二人もいない。そしてこの本物の勇者は女王が以前より保護していたこともあって、公認の存在となった。こうなると最初に勇者を名乗った男は偽物扱い。色々と犯罪も犯していた点でバカ高い懸賞金が掛けられていた。元々冒険者ギルドに所属していたから顔も割れてしまっているので国中では捜索が行われた。数年間捕まらなかった上に災厄の予兆が始まり勇者の活躍もあって徐々にこの話は忘れ去られそうになっていたのだ。

 

「では、本題に移らせていただきます」


 空気が変わる。前々から威圧感があるのに別ものの空気が漂う。


「勇者を探して連れてきて欲しいのです」


 しばらく沈黙があった。

 情報屋女社長も、狐仮面も、顔には出ていない(というかこの女王の前では出したくても堪えなばなるまい)が内心腑に落ちない何かが渦巻いていた。

 

「聞いてもよろしいでしょうか」


「何か」


「勇者様はもう見つかってますよね」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 またも沈黙。


「私の・・・いや、私たちが保護していた勇者が、つい先日失踪したのです」

 

 本日三度目の沈黙・・・いや女社長と狐仮面に関しては唖然としていると言った方が正しい。


「失踪というと戦地でですか?」


「いえ、数日前まで城にいました。真の勇者を見つけたときに保護し援助するのは我ら王族の使命だと思っていました。王都は国のほぼ中心に位置しています。災厄は国の周囲で起こるゆえにここを拠点として我らもできる限りの援助をしていました。戦地へ行けば当然心身ともに無傷とはいきません。それに人類の命運を託しているのだから、客観的に見ても勇者からしたら待遇はとても良いと考えていたのです」


 ここに通された時も思ったが、城の中は広いし何もかもが高価な物ばかり。王族なのだから食事にしても高価な食材が使われているのは予想できる。城を拠点とできるならそれらも味わえるだろうし、戦いにおける勝利の対価としては堅苦しい気もするが庶民には絶対味わえない贅沢だ。


「健康管理や心のケア、勿論日々の鍛錬も面倒を見ました。勇者の要望にもそれなりに応えてきました。ことが終われば可能な願いはどんなことでも叶えるつもりだったのです。なのに・・・」


 ことが起きたのと同時に失踪したと。期待を掛けていただけに裏切りと人類の救う唯一の切り札を失いかねない事態、どんな手段を使っても連れ戻すことは必須だろう。


「理由の方に心当たりは?」


 ここで今まで沈黙を保ってきた狐仮面が口を開いた。

 しかし、女王が返事をするまで謎の間があった。それどころか狐仮面の顔をじっと見て観察しているようだ。

 

「分かりません、監視からの報告でも特に健康に問題なさそうだったし自らの役目に使命感を持っていたようです」


「どこに行ったかも分からないというのは厄介だな。そもそもこちらは勇者の顔すら知らない、人海戦術を使っても・・・」


「確かにどこかは分かりません。ですが、希望がないわけではありません」


 女王は手のひらサイズの板を渡してきた。黒曜石でできた石板だった。黒く磨かれているが、端の方に赤い点が見える。


「我が国に職人が作った逸品です。その板には特殊な加工がしてあり、勇者の居場所までは特定できませんが、勇者のいる方角がわかるようになっているのです」


 板の位置を動かすと、赤い点の場所が動いた。


「これがあれば勇者もすぐ見つかるのでは?」


「あくまでも方角のみです。具体的な場所、距離までは分からない、すでにそれを使って捜索隊も派遣しましたが、道中で災厄が起こり捜査を断念。ただでさえ救助に人員を割かなければならない状況で人手がいくらあっても足りないのが現状なのです」


 女王は今度は三枚の同じような黒い板を女社長に渡した。


「それは勇者の仲間の分です」


「勇者の仲間?」


「勇者一人に全てを任せるには荷が重い事態です。災厄を倒せるのが勇者のみだとしても助けは要る。こちらが紹介した優秀な人材を仲間として同行させる予定でした」


 勇者の仲間と聞いて仮面は思い出した。新聞で近々勇者一行の凱旋を行うとも書いてあった事を。


「確か、勇者の凱旋の日が・・・」


 女王は頷いた。


「こんなことが予想できたらこの催しをすると考えませんでした」


 国民に勇者の存在を大々的に告知する。全員の生きる希望、士気を上げることに大切なことだ。

 しかもこの凱旋パレードのせい(まだ行っていない)で期待が高まってしまった。延期をすることなら何とかなるが、中止となれば勇者に身に何かあったと勘ぐりが生まれる。噂は不安となる、今が今だけになおさらだ。

 行方不明などと混乱を招くような事を言えるわけがない。


「話を戻しましょう。勇者及び勇者の仲間の方向を示せるその石板、これが何を意味するかわかりますか」


「まさか、全員失踪したんですか」


「はい、生きていることは確実です。その方角にどこかにいる、最低でも勇者だけでも見つけ出し、連れ帰ってきてください」


 狐仮面も女社長もまさか人類の命運を背負った依頼をされるとは思いもしなかった。他人事にはできないが、こんなこと情報屋に頼むことだろうか。


「前々から疑問に思っていたことがある。そもそも俺達情報屋は裏稼業だ。国の威信に損なうような事を頼んでいいのか」


「貴様!女王様の前に対してなんたる口を・・・」


 女王の背後にいた護衛が怒りの声を上げるが、女王が止める。


「人類が滅びる間が長ければ考えものですが、ことは一刻を争うのです。生き残れば未来はありますが滅びれば残せるものが何もない。そもそも、何でも利用して解決できるのが人類の賢い所以でしょう。後始末も長いことかかるでしょうが、いずれ解決できます。それに貴方だからこそ勇者を探せると踏んだんです。それぐらいの調査はこちらでもしています」


 褒美なら何でも叶えてくれるということで、社長は受け入れた。役割分担として、社長は人海戦術を使って勇者の仲間達の捜索。

 仮面は勇者の捜索を引き受けることになった。

 

「仮面さん、あなた個人に話があります」


 社長が先に出ていくと、女王に呼び止められた。


「何か?」


「貴方、ユーシャ・イガですよね」


「・・・なぜそう思う」


「私は新聞に載った有名人だったり、話題になった人は自分の目で確かめてみたい性分なのです。数年前貴方が話題に上がっていた時、お忍びで近くで見させて頂きました。その時に仕草や声なんかも記憶しています。仮面を被っているから確証こそありませんでしたが、声で思い出しましたしまだ若い。そして裏稼業で顔割れしないようにしている。しかも忍び装束といえば秘境に忍びの一族がいることを知っています。ユーシャ・イガという名前でイガは忍びの一族に属する姓です。可能性の高さは格段に上がりました」


「もしそうだとして、俺を捕まえるか」


 女王は笑っていた。厳格な人でもこういう時笑うのか、それとも仮面の男の反応で確信したのだろうか。


「言ったでしょう、何でも利用して解決すると。貴方を裁いて勇者が戻ってくるなら話は別ですが、貴方のしたことは望んだにせよ望まぬ結果になったにせよ民を惑わしたのは事実。この国の業に従って罪に問われねばなりませんが、見逃します。事をうまく解決してくれれば恩赦も与えます。どのみち勇者を見つけねば人類が滅びるのですから」


 今は犯罪者など構っていられない。事態を解決してくれればどんなことでもするということだろう。


「貴方の偶像を今でも崇拝している人は少なからずいます。それ以前にまだ確定したことではありませんが、仮にこの事態を放ってどこかへ行った真の勇者と、勘違いとはいえ色々と国の問題を解決した偽りの勇者。

もしかすると・・・・」


「依頼は受けた。善処はする」


 女王がまだ何か言いかけていたが、仮面は溶けるようにその場から消えた。


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