ユーシャの今
七年前、一人の少年が故郷を出ることを決意した。家は特殊な家系の生まれであったが、世間のことを知ってみれば大半は商人や騎士、冒険者、農民とかの割合が多かった。
好奇心もあって、特殊から外れて大多数の一般的なことを味わってみたいと思ってしまった。
親に言った時には半分賛成半分反対といった感じで
『世間の勉強だと思って行ってこい』と言われて送り出された。
故郷を出てから人の多い町に住んだ。家系の能力を目立たず活かせることをしようと思った。その結果冒険者となり短期間で有名人になった。それもこれも彼の才能と実績、強敵や高難易度の依頼をこなしてきたからだ・・・。
と言いたかったが、半分以上違う。
まず強敵を倒す実力はない。別に戦えないわけでもないが真っ向勝負が不得意だった。
そもそも目立ちたくなかった。目指しても中堅クラスでよかった。
ただ単に世間を知りたいってだけだからそこまでいけば転職しようとも考えていた。
なのに短期間で有名になってしまったのには原因があった。
まず、ことの発端は冒険者ギルドで登録を行った時に登録用紙を確認した際の受付嬢の驚いた反応からして変であった。むしろこの時に気づければよかったのだ。そして大なり小なり依頼を達成する度にの周りの大げさな反応、異様に仲間になりたがる他の冒険者達。
『ユーシャ様がまた実績を上げたぞ』
『さすがユーシャ様だ』
『やっぱり選ばれしものは違うなー』
この三つの意見の内上二つはまだ大げさな反応だとギリギリ思っていた。しかし最後の一つにはさすがに違和感を覚えた。
後で調べてみたらとんでもないことが発覚した。
彼の名前はユーシャ・イガ。
周りがやたらと盛り上げているのは、数百年ごとに訪れる人類を滅ぼす災厄、魔王、伝説の怪物達を退治できて、人類の救うために生まれると言われる最後の希望、選ばれし勇者のことであると。
ユーシャは悟った。自分の名前と人類の英雄の呼称が同じであることを。
そもそも彼の名前は夕暮れに生きる者としての意味を持って名付けられたのである。
名付けた親も、故郷でもおかしくは思われなかった。
つまり、言葉と発音が同じというだけで、意味が全く別物だったのだ。
確かにユーシャの故郷は遠い所にある。
言語もほとんど一緒だから単語の意味に気にすることはないと思っていたのが油断だった。
名前にしても偽名を使うという選択肢もあったが、冒険者業を長くやる気もなかったが故に本名を名乗ってしまったのも失敗だった。
ユーシャ・イガが本物の勇者という可能性、これにしても万に一つの可能性として調べてみた。それこそ念入りに。
その結果可能性はゼロだった。
まず勇者には特別な力があると言われている。これに関する詳細は分からないが、平和を脅かす悪を打ち砕く力、人々に絶望から光をもたらす希望となる力、おおまかにこんな印象を与えるらしい。
これを踏まえて自分一生を振り返ってみた。まず昔から親はおろか周りからも自分が特別だと言われたことはない。そんな力に目覚めた自覚もない。一応故郷の秘伝の技術は習得しているし、自分でも便利な力だと自負している。そう便利ではあるが、特別な力ほど印象を与えるほどではない。
知ってスッキリすると同時に自分を取り巻く事態をどうやって収めればいいのが分からなくなってしまった。
ユーシャは考えた。
一つ目、正直に話す。シンプルイズベスト、はっきり言って彼は自分の名前を正直に名乗っただけだし周りが勝手に盛り上がってるだけで騙した訳でも悪いこともしていない。仕事だってきちんとこのしてきたのだから、ことによっては笑い話で済ませられるかもしれない。
実行に移してみた。結果無理だった。
正直に話すのは簡単だったが周りの反応ときたら
『勇者様は謙虚だな』
『自分も一人の人間なんだって意味ですよね、決して驕らず他人を見下さない。貴方は綺麗な心の持ち主です』
冒険者共は酒に酔っていてもシラフでもこんな反応で致し方ないとしても、誰に対しても公平かつ平等、冷静に仕事する受付嬢も
『勇者様にも悩みはあるんですね。それをこうして打ち明けてくれるだけでも私のことを少しは頼ってくれてるんですね。今後とも応援してます!頑張ってください』
次の方法へ行こう。
二つ目、もう冒険者として活動しない。ギルドにも顔を出さない。こういうのは一時的なものでいずれ騒ぎも治るだろうと考えていた。
実行に移してみた。結果逆効果だった。
『勇者が遠征に行って大物を退治しているらしい』
『遠くの地暴れていたドラゴンを討伐したらしい』
噂が噂を呼び、さらに伝言ゲームよろしくどんどん話があらぬ方向に飛躍していく。
そしてまたユーシャは視野が狭かったことを後悔する。何もことの評判は冒険者業界の内だけに留まる話ではない。民の英雄の伝説は、外にまで話が広がるのである。ギルドから街、さらにその遠くの町、国中にまで行き渡るのだった。
次の方法・・・。
三つ目、悪党として名を馳せる。名前はともかく顔も新聞に載せられて知られているのだからどこに行っても同じ。ならば悪党となってプラマイゼロにならないだろうか。話というのは矛盾が生じると議論が議論を呼ぶが人間というのはこの矛盾が徐々に膨れ上がった印象を脇へ逸らしてくれる。そして人も暇ではないからいずれ忘れてくれる。・・・悪党になるからには賞金首にもなってしまうが、寧ろ自分の出自上そっちの方が向いている気がしていた。
実行に移してみた。結果さらに拍車が掛かった。
悪党らしく国の貴族や要人から怪盗や暗殺、恐喝といったことを何回か行った。普通ならお尋ね者として出回る筈だ。
出たのは出た。だが、新聞の内容を見ると
『勇者様が某貴族から宝を盗み出した。普通なら悪いことである。しかし、この宝が実は王家に代々伝わる盗み出された家宝であったことが判明、某貴族は死刑こそ免れたが地位の剥奪及び領地の没収と刑罰が与えられた』
『勇者様が国の要人を暗殺。これは国に対する反乱をもたらすものとして裁判によって裁きの対象である。しかし調査の結果この要人、国の機密情報を盗んでいた敵国のスパイであったことが判明。場合によっては国の存亡に関わった可能性があり、これを受けて王は寧ろ感謝の言葉を与えたいと勇者の召喚を呼びかけており・・・』
『大臣が勇者から恐喝を受けた件に関して、この恐喝内容を調べてみたところ大臣が国の金を横領していたことが判明し大臣の地位を剥奪し裁判に・・・』
悪党どころか国の汚点を正す英雄が現れてしまった。
良くも悪くも目立ちまくってしまった。もう噂をゼロにすることは無理だ。ならば答えは一つしかない。
「顔と名前を隠そう」
ユーシャは仮面を被り、街に潜むように暮らした。
時が経ち、真の勇者が現れたと新聞が出た。
世間は勇者はずっと前に現れてるからこれは偽物だとか勇者が実は二人いるんだとか色々言っているが、ユーシャにとっては好都合だった。このまま自分が何もせず世間から忘れ去られ、周りが本物に注目してくれればいい。
ー数年後ー
『災厄の予兆があちこちで現れ始めた。勇者とその仲間達を派遣し事態の鎮静化には成功したがこれは一部にすぎないとして市民には警戒を・・・』
「やっぱり勇者の力はすごいらしいな」
新聞を読んでいた黒髪の女性、情報屋社長がなんでもないただの世間話として話題を振ってきた。
「・・・災厄の予兆、災厄の根幹の位置を事前に察知することで災厄がまだ弱いままの状態から叩くか、上手いやり方ではあるな」
狐の仮面を被った男は仕事の依頼が書かれた書類に目を通しながら話していた。
「それと同時に厄災の幾つかが資源の産地だから市場の物価が滅茶苦茶上がって民の財布も危うい」
「だったらウチも危ういだろうよ。人がお金を出し惜しみし始めたら無駄なことにはお金を払いたくないと思い始める」
「怖いこと言うな、君も。情報屋は裏稼業だけど無駄じゃないし、どんな情報でも人は欲しいんだよ。正確性が問われるがな」
依頼の束が中央の机に置かれていた。確かに、仕事の依頼は増えてる気がする。新聞は大まかな情報を教えてくれるが細かいところまでは書かないことも多い。真実を全て教えろとよく言われる話だが、そんなことしたら紙がどれだけ分厚くなるか分からない。そもそも人に情報を伝えるなら分かりやすく大まかが基本。
細かい所を知りたがるのは専門家とかピンポイントで知りたいことがある人だけだ。
「私は君という従業員がいてくれて助かっているからまだ続けていけるんだと思っているがね。仮面」
女社長は狐仮面の男の胸元にある紙を渡した。
共に仕事をして早数年。お互い素性を明かさない、過去も語ったことはない。
お互い名乗った名前も偽名なのか本名なのか、否仮面の男の方は明らかに偽名だ。
「これからこの依頼主の所に行ってくる。君も来い」
交渉関連は彼女に任せていたが、仮面も連れて行くことは珍しい。
「何故俺も何です」
「知らんが、恐らく向こうも君のことを知っているんだろう。直接会って任せるかどうかじゃないか」