13-x: あなたと一緒なら――。
レヴェウスは西方から駆け付けたエクセン将軍と共に、ラガンドーラ帝国を立て直すことを宣言した。ニーレド王国とは再び敵対する日が来ないとも限らないが、それは今ではない。
「ま、万事うまくいったというべきかな」
ナーヤはすっかりいつもの調子で言った。ニーレド王城の広間である。銀杯に蜂蜜入り葡萄酒を注ぎ、ガレンとザラに掲げてみせる。
「ガレンたちは、本当に今日出発するの?」
「大陸南部にね」
ガレンはこともなげにそう言ったが、大陸南部といえば、魔神や魔竜がひしめく暗黒領域である。人の踏み入ることができるような場所ではない。
「本気でザラも連れていくの? ニーレドにいたら十分豊かに暮らせるのに」
「レヴェウス将軍の下でレイザは幸せにやっているみたいですし、だったら変なわだかまりが発生する前に、私はこの国を離れるべきだと思うのです」
「ふうん。悪くない判断だと思うよ」
ナーヤは頷いて、銀杯を揺らす。
ウルが唸る。
「ありったけの情報は集めたつもりだけど、わからないところが多すぎるぞ」
「ウルには感謝しています。あれだけ情報と物資をいただければ十分です」
ザラはそう言って頭を下げ、晩秋の風に髪を遊ばせる。ザラの視線の先には、大きな革袋が置かれていた。その中には旅の道具が満載されている。
「春まで待つわけにはいかんのか?」
ネフェスが葡萄をつまみながら尋ねる。
「いえ、南部のジャウェタ公国で冬を越して、春になったら暗黒領域へ行く予定でいます」
「そうか。そこまで決めているなら、私はいまさら何も言わん。ただ、そうだな。お前たちほどの手練れをみすみす手放すのは惜しいというくらいか」
「恐縮です、女王陛下。しかし、ラガンドーラとの戦端は十年は開くことはないでしょう。レヴェウスがうまくやってくれれば」
ザラが確信めいた口調で言う。ガレンも頷く。ネフェスは頬杖をついてガレンを見る。
「魔神殺しが魔神の友人、か。面白いものよな」
「さて、名残り惜しいけど」
ナーヤが立ち上がる。
「そろそろ儀式の時間だ。人々も大勢集まっていることだろうし。今回、敵も味方もあまりにもたくさん死んだからね。さ、ウル、行くよ」
「あ、ああ。ガレン、ザラ、元気でな。時々は便りをよこせよ」
「わかってる」
ガレンはそう言って、銀杯を置いて立ち上がった。隣のザラもそれに倣う。
「ではな、異界の騎士」
ネフェスも立ち上がり、ナーヤに促されてウルと共に広間を出て行った。
「俺たちも行こう」
「はい」
ザラは小さくため息を吐く。
「どうした?」
「これがあっても――」
ザラはウルが集めてくれた荷物から、一枚の羊皮紙を取り出した。ウルたちが何週間もかけて情報を集め、集約してくれた大切な地図だ。
「これがあっても、私は正しい道を歩けません」
「方向音痴だからな」
「地図も読めません」
「……知ってる」
ガレンが言うと、ザラは「もう」とガレンの脇を軽く肘打ちする。
「私が迷った時、すがれるのはあなただけなんです」
「お、おう?」
「私が迷った時、助けに来られるのもあなただけなんです」
ザラはそう言って、右手をガレンに差し出した。ガレンは少し間をおいてから、その手を握る。
「私を絶対に置いていかないでください」
「あたりまえだ」
ガレンは頷いてザラを抱きしめた。
「暗黒領域では」
ザラは呟く。
「いったい何が待っているんでしょうね」
大陸南部、未開の土地。力ある人外たちの棲む場所だ。
この無限世界の、遠からずなくなってしまうという未来を変えられるかもしれない。世界の秘密を知ることができるかもしれない。
「ガレン、不安?」
「いや」
不安はない。魔神たちが再び「魔剣」を託してくれたこともある。そこにはきっと意味がある。
「でも、長い旅になる」
「平気」
ザラは頬を赤らめる。
「あなたと一緒なら、平気」
循環歴はまもなく三百七十一年を迎えようとしている。
長いようで短かった旅は――教皇を打倒する旅は、終わった。
ベレク大聖教は文字通り、一夜にして瓦解したが、信者たちが各地で新たな宗派を次々と作り、大陸は荒れ始めている。
しかしそういった問題については、ネフェス女王や、あるいはレヴェウスたちがうまくやるだろう。ガレンたちの出る幕はもうない。
「ザラ」
「はい」
「俺から、離れるな」
何があっても――。
「はい!」
ザラは満面の笑みを浮かべた。
このエピソードで本編は完結です。
いわば「教皇編」です。
続きがあるかどうかは……どうなんでしょうね。
とにもかくにもここでガレンたちの旅は一段落。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!!




