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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
11. 教皇、ジクラータ

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11-3. 信仰の塔、流血の広場

 ベレク神聖王国は一つの城塞都市だった。ナーヤによれば、人口は三万そこそこで、大規模ではあったが巨大というほどでもない。


 ガレンとザラを先頭に、ネフェスとナーヤが中央、最後尾にウルーーそういう隊列で彼らは馬を引いて歩いていた。


 到着したころにはすっかり日も暮れ、町は暗かった。宗教上の理由なのか酒場が見当たらない。宿泊場所は最初から求めてはいなかったとはいえ、この時間で町がここまで静まり返っているのはいっそ不気味だった。まるで死んだ町だ。


「巡礼者の一人もいないとは」


 ウルが意外そうに呟いた。ナーヤが歩きながら首をかしげる。


「人はたくさんいるようなんだけど、誰も出てきてない。店も一軒も開いてない。いつもそうなのか、今日は特別なのか……」

「俺たちの目指すところはあの塔でいいんだな、ナーヤ」


 ガレンが振り返る。ナーヤは「まちがいないね」と頷く。


 都市の中央には巨大な塔が建っていた。その基部だけでも小さな城くらいはある。高さはというと信じられないほど高く、雲にまで届くのではないかというほどだ。


「なんかの魔法で建っているのか、ナーヤ」

「それどころか、ずっと上、見て。広場みたいになっている」

「暗くて見えないぞ」


 ガレンは足を止めずにそう言った。塔の上の方は闇に溶けてしまっている。


「とりあえず塔に突入しよう」


 ガレンはそう言ってどんどん進んでいく。町は整然としていて、おかげで迷うこともない。


「……門番もいない?」


 塔の入り口は開け放たれていた。しかし、ここにも人の気配はない。あまりにもあからさまに過ぎて、ネフェスが鼻で笑い飛ばした。


「我々も舐められたものだよ」

「女王陛下、油断なさらず」

「誰に言っているのだ、ウル。私にはお前がいるのだ」


 ネフェスの堂々とした言葉に、ザラはガレンと顔を見合わせた。そして、小さく息を吐いて笑った。


「緊張が緩みました」

「だな」


 ガレンは右腕を回して、それから首をぐるりと巡らせた。


「よし、行くか」


 ガレンは馬を放した。四人もそれに(なら)う。もはや帰り道など考えないという覚悟の意思表示だった。


 塔の基部に入ると、周囲が仄かに明るくなった。オイルランプがついているわけでもない。壁や天井が淡く発光しているのだ。


 ガレンやザラは「そういうものか」と受け入れたが、ほかの三人は物珍しそうに、屋内のあちこちを見回している。とはいえ、そこはだだっぴろい広間になっていて、壁際にいくつもの扉があるほかは何もない。


 しかし、広間の中央の床が、これみよがしに淡く輝いているのが見える。


「あそこに行けってことかな」


 ウルがその長身を生かして後ろから前を(うかが)っている。


 周囲を警戒しながら五人がその輝きに乗ると同時に、周囲にあったいくつもの扉が消えた。そしてその奥から出てきたのは数十人の僧兵だ。


「こいつらは(おとり)か前座だ」


 ガレンは瞬時に見抜く。今のガレンたちを一般の僧兵が止められるはずもないからだ。


 僧兵たちの一部は短弓を手にしていた。その矢がガレンたちを襲う。


「呪・矢返し」


 ナーヤの防御魔法がその矢を(ことごと)く反射する。たちまちのうちに僧兵たちが数を減らした。しかし、倒された分かそれ以上、新たな僧兵が現れる。


「みなさん、無駄死にはやめてください!」


 ザラが魔剣シルヴィータを構えて叫ぶ。しかし、僧兵たちは手に手に武器を持って襲い掛かってくる。


 ガレンとザラはもちろんのこと、ネフェスもまた剣の達人である。聖剣ザーヴェンガンドを振るい、冷静に僧兵の息の根を止めていく。ひとかけらほどの情けも容赦も感じられない戦いぶりだった。


 そのネフェスを常に守り続けるのがウルだ。ありとあらゆる攻撃をウルが受け止めていた。そのうえ、彼の展開した防御魔法が五人を守る。ウルがいるだけでガレンたちは圧倒的な防御力を……それこそ鋼の鎧をもう一セット重ね着しているのと同じほどの防御力を得られるのだ。これこそウルの真骨頂である。


 しかし、敵は躊躇(ちゅうちょ)なく迫ってくる。


「ザラ、もう容赦は要らない。皆殺しにするほかない」


 ガレンの言葉に、ザラは悔しそうに頷いた。


「我々は円環に還るのだ! 教皇様はそのための道を作ってくださった!」

「我らに救いを!」


 彼らは口々にそう叫びながら、ガレンたちの刃の前に倒れていく。


「呪・烈空の断牙」


 ナーヤの魔法が炸裂すると、数十人の僧兵が原型も留めぬほどに()()された。まさに一方的な殺戮にほかならなかったが、僧兵たちは今なお扉の奥から湧き出続けている。


「もう、やめなさい!」


 ザラが叫ぶ。その刃が僧兵の首を()ね飛ばす。


「!?」


 その首は穏やかに笑っていた。その死の瞬間を迎えてもなお。


 その事実に気が付いたザラは慄然(りつぜん)とする。


 一刻にも渡る殺戮の末に、ようやく僧兵の最後の一人が事切れた。彼らは最後まで「救いを!」と叫んでいた。笑っていた。


 周囲は文字通り死体の山だ。原型を留めない人肉のスープの中にいるようなありさまだ。


 その中でも誰も顔色を変えない。ザラもまた、唇こそ噛みしめていたが、その凄惨な光景に心が折れている風でもない。


『我々に救いを!』


 突如、それらの死体が()()()()()()。一つの肉の塊と化したそれは、例えるならば巨大すぎる蚯蚓(ミミズ)だ。広間を埋め尽くすほどの巨大な胴体はその太さはガレンが十人いなければ囲めないほどだ。


 そしてその先端に巨大な(あぎと)がある。


「魔法が来る!」


 ナーヤが障壁を立てる。その直後、その障壁に亀裂が入るほどの衝撃波が放たれてきた。蚯蚓(ミミズ)は全身を(たわ)めくねらせて幾度も衝撃波を放つ。立て続けに広間が激震する。


「強烈ッ!」


 ナーヤをして唸るほどの一撃だった。


 そしてガレンは気付く。


「この部屋そのものがでかくなってないか」

「そうかもしれません」


 ザラも同意する。


 何がどういう原理なのかはさておくとしても、事実は事実だ。この広間は明らかに巨大化していた。巨大すぎる蚯蚓(ミミズ)が悠々と動き回れるほどに。


 蚯蚓(ミミズ)は部屋中をのたうちながら動き回り、思い出したように空気を振るわせて衝撃波を放ってくる。


 ナーヤはまたも障壁を立てる。時間は稼げる。


「ガレン、()()を」

「承知した」


 乱発は避けたいところだが、今はそんなことを言っていられる時でもない。


「我々が(おとり)になる」


 ネフェスが毅然と言った。


「それは危険です、ネフェス女王」

「ザラ将軍。長引けばそれだけ危険は増す。それに私は皆を信じている」

「しかし」

「くどいぞ、ザラ将軍」


 衝撃波が空間を揺らす。蚯蚓(ミミズ)はその頭部を白熱させ、ナーヤの魔法障壁を焼き切ろうとしてくる。


「今だ、仕掛けて!」


 歯を食いしばりながらナーヤが号令を発する。それと同時にガレンたちは動いていた。


 ザラとネフェスがガレンの左右に散開し、蚯蚓(ミミズ)の胴体に何度も切りつける。蚯蚓(ミミズ)の外皮は(はがね)よりもはるかに堅固だったが、魔剣と聖剣の攻撃を無効化するほどの防御力はないようだった。


「普通の武器だったら歯が立たないところです」


 ザラが蚯蚓(ミミズ)の返り血――もとい体液をよけながらつぶやく。魔剣シルヴィータをもってしても、腕が痺れるほど固い。


「こいつの体液、浴びたらまずそうだ」


 ウルが警告を発する。手にした盾の表面が焼け焦げたようになっている。


「ガレン!」


 機会を窺っていたナーヤが鋭くその名を呼んだ。ガレンは頷く。


聖剣一閃(エクスカリバー)!」


 走り込んだガレンが、蚯蚓(ミミズ)の頭部めがけてその剣技を解き放つ。横一閃に振り抜かれた魔剣ヒューレバルドが蚯蚓(ミミズ)の頭部を破壊する。


「おっと……!」


 派手に飛び散った肉片と体液を剣圧で吹き飛ばし、ガレンは距離を取った。蚯蚓(ミミズ)はまだ死んでいない。


「うわ……」


 蚯蚓(ミミズ)の最も近くにいたウルがうんざりとした声を上げた。


 蚯蚓(ミミズ)の全身に無数の顔が浮かんでいた。それらはすべてが薄く笑っていた。まるで快楽の絶頂にいるかの(ごと)くだ。


 ネフェスがウルを(ともな)って距離を取る。ザラもナーヤのところまで後退した。


「一騎打ちってか」


 ガレンは魔剣ヒューレバルドを構えなおした。


 が――。


 蚯蚓(ミミズ)は少しずつ光と化して消え始めた。けたたましい笑い声たちと共に。


『ありがとう、ガレン・エリアル。彼らは皆、生命の書に名を刻まれた。彼らの円環世界(ツァラトゥストラ)への回帰は、君たちのおかげで約束された』

「ジクラータ……!」


 ネフェスが忌々(いまいま)し気に呻く。教皇――ジクラータの嘲弄(ちょうろう)めいた声が響く。


『僕を信じた哀れな魂たちには大いに利用価値がある。なぜなら彼らはどんな世界であっても搾取される側だからね』

「貴様を信じて散った者を愚弄(ぐろう)するのか、お前は!」


 ネフェスが怒鳴るが、ジクラータの声には動揺はない。


『どんな世界であっても必要なんだよ、踏まれる者は、ね。世界はそうして回ってきたんだよ、ガレン。知っているだろう? どこかで誰かが笑って踏まれている――ある意味そんな世界こそが健常だというわけだ』


 そうだ、お前はそういうやつだった――ガレンは剣を収めて首を振る。ザラたちも刃を収めた。


 しかしガレンたち一行は、誰も、何も言えなかった。


『さぁ、頃合いだ。僕の空中庭園に招待するよ』


 ちょうど日付が変わるその時、ガレンたちは胸が悪くなるほどの浮遊感を味わった。


 まるで天にも昇るかのような、甘く気持ちの悪い感触だった。


 しかし、その先で待ち受けるのは――救いなどではない。

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