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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
11. 教皇、ジクラータ

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11-1. 再び歩む者たち

 炎がガレンとザラを舐めるように取り囲む。灼熱と呼ぶのがふさわしいその威力を前に、ガレンたちも途方に暮れた。


「山全体が燃えているとしか思えんな」

「剣圧で吹き飛ばすにしても限界があります」


 絶望的な声で、ザラが言う。逆巻(さかま)く激しい熱量によって、呼吸も苦しい。金属の鎧が次第に熱を持ってくる。二人の力をもってしても、打開策は一つも見つけられなかった。


「ザラ。諦めるなよ」

「……でも、どうしたら」


 ザラは剣を振るい、炎を吹き飛ばしながら(うめ)く。


「どっちが上でどっちが下なのかすらわからんな」

「私には最初からわかっていません」

「それは心強い」


 二人は軽口を叩き合って熱波をやり過ごそうとする。その時だ。


『やっほ、二人とも』


 ザラとガレンの頭の中に声が響いた。ナーヤのものだ。


「ナーヤ!」


 ガレンは思わずその名を呼んだ。絶体絶命のこの状況を救えるとしたら、ナーヤ以外には思いつかなかったからだ。


 ナーヤは『ザラの目を借りるよ』と宣言してから、確認する。


『あなたのその魔剣、シルヴィータだよね、それ』

「え、ええ。レヴェウス将軍から借り受けました」

『うん、了解。それなら大丈夫』


 ナーヤは納得したように頷いた。


『その剣とヒューレバルドがあれば、この状況をどうにかできると思うよ』

「本当か!」


 ガレンが滝のように汗を流しながら尋ねる。もう蒸し焼きになりそうだった。


『今、あたしたち、山の麓にいるんだ』

「なんだって? どうやってそんなことが」

『それは後。今はその剣たちに(たく)す。魔剣たちにあたしの全魔力をぶち込むから、吹っ飛ばされないようにして』

「了解した」

「わかりました」


 二人が頷くと同時に、二人の魔剣は青白く輝き始めた。魔剣らしからぬ美しい姿だった。


 その直後、ガレンたちを中心にして激しい爆発が起こった。その衝撃波は一瞬で山を薙ぎ払い、白く燃え盛っていた炎を(ことごと)く消し去った。そこには焦げた山肌だけが残っている。


「何が」


 耳がよく聞こえない状態で、ガレンは倒れているザラを助け起こす。ザラはすぐに目を開けて「だいじょうぶです」と言ったようだった。


 やけに美しい夜空に、動植物の焦げた臭いが漂っている。


「帝都は……」


 ザラは山頂付近を見上げ、目を見開いた。何もなかった。あるはずの城壁も、人々の営みも。ただ稜線の作るシルエットだけが夜闇を切り取るようにして浮かんでいる。


『よし、成功。さすがに疲れたよ』

「なんて威力だ」

『魔剣が二本。圧倒的許容量の魔剣にありったけの魔力を注ぎ込んだんだ。そして二本を反応させて、威力を激増させたんだよね』

「原理はともかく、助かった」


 ガレンはそう言うと剣を鞘に収めた。ザラもそれに従う。


 二人はそれからナーヤの導きに従って山を下り、ナーヤ、ウル、そしてネフェス女王と再会した。三人とも重甲冑を身に(まと)っていた。ナーヤは魔法でそれを軽量化し、ウルはいつも以上の重装甲となり、ネフェスは魔力を帯びた甲冑だった。ネフェスの重甲冑も、おそらく十分に軽量化されているのだろう。威風堂々とした(たたず)まいだった。


「ジェリングスはもうだめだな」


 ネフェスは目を細める。ネフェスは帝都が魔竜アングラーフに襲われ、そして焼き尽くされるのを見ていた。最後の球体化からの爆発が、山をまるごと焼き払ったのも、つぶさに見た。


「もっとも、それを一撃で鎮火するナーヤもナーヤだな」

「もったいないお言葉にございまっすー」


 ナーヤはおどけてそう言った。ウルが右手の甲で軽く突っ込んでいる。


「で、どんな手品を使ってこんなところに出てこられたんだ」

「お、ガレンさん、それ()いちゃう?」

「魔導路でも使ったとか?」


 ザラが言った。途端にナーヤは不機嫌そうな顔になる。


「クイズでいきなり正解当てるのはちょーっと空気読まなさすぎじゃないかな」

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくていい、ザラ将軍」


 ウルがすかさずフォローする。ザラは額の汗を拭いて、手で顔を(あお)ぐ。


「実は先日、この魔導路を使って強引にこっち側に将軍を引っ張り出したりしたわけ。カレンファレンをね」

「強引に?」

「うん、ザラ将軍。魔導路は二人の魔導師がいて初めて成立する。基本的には魔力を送り合うことに使うけど、物体の移動にも使えることが分かってきたんだ。で、先日カレンファレンに使ってみたら見事にできた」


 ちょっと待ってください、と、ザラは(かす)れた声を上げる。


「カレンファレン将軍は稀代の大魔導師。そんな一方的に――」


 その言葉にナーヤは一瞬目を伏せた。


「あいつはあたしの同期だったんだよ。そしてあたしはあいつを上回る魔導師だったってわけ」


 空恐ろしいな、と、ガレンは思わず呟いた。ナーヤは目を細める。感情の見えない表情だったが、怒ったわけではなさそうだった。


「で、だ。それができるってことは、こっち側に誰か魔法使いがいれば、あたしたちを引っ張り出したりもできるだろうっていう論理」

「誰かって……あっ、レヴェウス将軍ですか」

「勘がいいね。そう、レヴェウス将軍。負傷していたけど、ダメ元で()いてみたら快く了承してくれたんだ」


 なるほど、と、ガレンは頷く。


「あいつ、なかなかの魔法使いでもあったんだな」

「なかなかどころじゃないよ」


 ナーヤは苦笑する。ウルも深く頷いている。


「あの男、自分は皇帝になるんだって言っていたが、あながち法螺(ホラ)でもなさそうだ」

「いつの間にそんなに仲良くなったんだ」


 ガレンは呆れたように尋ねた。ウルは肩を竦め、「一刻もあれば分かり合うのに十分さ」と答えた。


 ガレンとザラは、焚火を前に隣同士に座り、正面のネフェス、右前のウル、左前のナーヤに向けて、山の中での出来事を話して聞かせた。


 魔神たちが()ではなくなったことも。


 あるいは教皇の目的が、この世界の終わりに繋がるということも。そのための道具として自分たちが存在していることを。


「俺たちはどうやらこの世界の()らしい。この世界が終わってしまう可能性がある」

「ガレン」


 ネフェスは静かに尋ねた。


「お前たちは元の世界に帰りたいと思っているのか?」

「いや」


 ガレンは即答する。断片的な記憶はほとんどが戦いの記憶だったし、ほかの記憶にしても楽しいものは何もなかった。


「ザラは?」

「私は……円環世界(ツァラトゥストラ)では無限の回数殺されてきたようです。今更帰りたいとは思いません」


 それに、と、ザラは呟く。焚火が小さく爆ぜた。


「私はガレンと共にいたいのです」

「ザラ……」

「そう、私の心の奥底が、魂が叫んでいるのです」


 ザラはそう言ってガレンの左手に右手を重ねた。ナーヤは茶化すでもなく目を細め、ウルは鼻を(すす)って焚火を見つめていた。


 ナーヤはニッと笑って相棒に言った。


「また泣いてるの、ウル」

「俺、こういうのに弱いんだよ」


 ウルは涙をぬぐって鼻をかんだ。ナーヤが悪い表情を見せて、追い打ちをかける。


「ま、そういうの嫌いじゃないけどさ」

「それってさ、ナーヤ、好きってことか?」


 ガレンがすかさず訊いたが、ナーヤは「あはははは!」と豪快に笑って否定した。


「人としてはね、その通りだけど。あくまであたしとはいい感じの距離感の相棒。お互い心地いいしね」

「そうなんですか」


 なぜかやや残念そうなザラである。ナーヤはここぞとばかりに自らの(あるじ)に話題を振る。


「むしろ、ネフェス女王はどうなんです。ウルは幼馴染でしょう?」

「夫としても良いとは思っている」


 ネフェスは何の躊躇もなくそう言い放った。それにはさすがのナーヤも硬直する。ウルに至っては完全に石化していた。


「なんてな」


 ネフェスはそう言って笑った。ナーヤは派手にずっこけるしぐさを見せる。ネフェスは水を一口飲んでから、ウルを見た。


「この戦いのカタが付いたら、考えんでもないぞ」

「そういうことを軽々におっしゃられては困ります」

「軽々ではないというのだ、ウル。この私が、冗談でこんなことを言うと思うのか」


 そう言ってから、ネフェスはゆっくりと立ち上がる。


「それで……ナーヤ」


 ネフェスが西の方を指差した。ナーヤは頷く。


「行きましょう、ベレク神聖王国へ」

「ああ。明朝、出立する」


 そう言って、空を見上げる。


 真夜中の空は眩しいほどだった。その下にある五人の心もまた、静謐(せいひつ)であった。


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