10-2. 帝都消滅
僕を食らうつもりですか、アングラーフ。
そう言ったのは崩れた城壁の上にいるジクラータだった。
『貴様を滅すればすべてが終わる。この世界は真に無限となろう』
「さすがは守護の魔竜ですね。この世界を一番に考えている」
まったく臆する様子のないジクラータと、今にも食らいつこうとしている魔竜アングラーフ。その金色の身体は城よりも大きく、人間が槍を突き刺したとしても、その皮膚の表面を傷つけて終わりだろう。
人間のすべての常識を破壊するほどの巨大さと、圧倒的な破壊を振りまくその力は、まさに最強の魔竜だった。
帝都ジェリングスは一瞬にして瓦礫と化し、数十万の人々が劫火に焼かれた。魔竜アングラーフは猛り狂っていた。ジェリングスのすべての人々を殺し尽くさんばかりの破壊を繰り広げていた。
その中にあってザールフェテス皇帝以下騎士隊の多くは、帝都を脱していた。ニーゼルトとグランヴァイスの両将軍は、手勢を率いて人々の避難に尽力していた。
だが、二人は魔竜アングラーフの魔の手から逃れることはできなかった。
ニーゼルトは逃げる人々を誘導していた。そこにアングラーフが蹴り飛ばした城壁が降ってきたのだ。彼は数名の人々の命と引き換えに、原型も留めることすら許されぬ死体と化した。
グランヴァイスは避難の時間を稼ぐべく、志願の弩級隊を率いてアングラーフに迫っていた。ジクラータ教皇と睨み合うアングラーフに一斉射撃を加えたものの、何のダメージも与えられなかった。その反撃に放たれた闇の魔法により、グランヴァイスたちは骨も残さずに消滅してしまった。
「アングラーフに弩級なんて、まったく無茶なことをする」
地面ごと消滅したグランヴァイス隊を嘲笑するジクラータ。アングラーフが吼える。
『殺すなら貴様の方だろうがな、ラザロ。神によって復活した男、という割にはあまりにも邪悪ではないか』
「僕がそう名乗ったわけではないよ、アングラーフ。ただ、円環世界ではそう呼ばれていただけで」
『二度と蘇れぬようにしてくれる』
「それは楽しみだ。君ほどの存在が本気を出すとどうなるのか。常々知りたいと思っていたんだ」
ジクラータはふわりと浮かび上がった。
『!』
思わぬ行動に、アングラーフが一瞬固まる。
「来い、ジークフリート! ――世界と魂を導く器よ!」
ジクラータの背後に暗黒色の何かが集まり始める。それはやがて黒と紫の巨大な人型の甲冑となる。ただし、その大きさは人の十倍はある。
ジクラータはその中に溶けるようにして消える。
しかし、それでもアングラーフの方が三倍は高さがある。
『このような玩具、いくら持ち出そうとも!』
アングラーフの炎が巨大甲冑――ジークフリートに直撃する。が、ジークフリートは左手を突き出してそれをすべて中和してしまう。
そしてジークフリートの右手に巨大な突撃槍が出現した。それは身の丈の倍ほどもある。
眼下の帝都はもはや原型を留めていなかった。ほとんどの住人は火事と瓦礫の雨に打たれて逃げられなかった。だが、ジクラータもアングラーフもそんなことは気にもしない。
『滅びよ、ラザロ!』
アングラーフの全身に闇色の光が集まる。
それは撓りながらジークフリートを狙い撃つ。だが、ジークフリートは圧倒的な機動力でそれらを躱し切る。
「君が狙うべきは、ガレンとザラ、二人の異界の騎士だと僕は思いますが?」
『元凶を断ち、二度とこの世界を終わらせぬようにすることこそ、我が責務と心得た!』
「ほう?」
ジクラータは挑発的に相槌を打つ。
『お前はあの小鍵たちが何を選ぼうと、この世界を終わらせる! 守護者として、斯様なことは断じて罷りならぬ!』
「おや、そこまで気付いていたんだ?」
『これほど巡りを繰り返せば、記憶の共振も起こるというもの』
「なるほどねぇ。ならば、この機兵でその邪魔な守護者を倒さねばね」
『できるものか』
魔竜は炎を吐き、魔法を放ち、いくつもの瓦礫を蹴り上げた。
「馬鹿にしてもらっては困るんだけどね」
『!?』
瞬く間に魔竜の背後に回ったジークフリートは、黄昏の空にその背中を輝かせる。
そして――。
突撃槍が竜の首の根元に突き刺さった。それは背中側から胸にまで貫通する。
『ッ!?』
アングラーフが首を巡らそうにも、激痛でままならない。アングラーフは今まで一度とて経験したことのない痛みに大いに戸惑っていた。
『舐めるなよ、偽りの導き手め』
アングラーフはその翼を身体から切り離した。翼はそれぞれ三つの三角形状の物体に代わる。
そしてそれぞれの三角形の飛行物体が、音速を軽々と越えた速さで移動しつつ、眩い光を断続的に放つ。だが、ジークフリートはそれらを悠々と回避し続ける。
いつの間にか、ジークフリートの手には巨大な太刀があった。翼が変じた物体の攻撃をかいくぐり、逆にそれらを次々と撃墜していく。本体の吐く炎すら回避しつつ――。
「そろそろ、あなたのお仕事の時間は終了です」
『舐めるな!』
竜の顎がジークフリートを捕らえた。
このまま死ね!
アングラーフは力いっぱい噛み締めた。だが、どれほど力を込めようとも、ジークフリートは砕けない。
馬鹿な!
驚愕したその瞬間に、アングラーフの口の中が爆発した。ジークフリートの全身各所から放たれたエネルギーによる、すさまじい衝撃波と熱量によって、アングラーフの顔面が半ば吹き飛んだ。
『!?』
まんまと逃げおおせたジークフリートを睨みつけるが、アングラーフの視界はもうぼやけてしまっていた。それほどダメージは大きかった。
『かくなる上は!』
まぎれもなく一瞬で、アングラーフが帝都を包み込むような球体に姿を変えた。その球体の内側にはジークフリートも捉えられている。
『これでようやく、この歪んだ世界を……正すことが……』
アングラーフの遺言と共に、帝都ジェリングスは白い炎の中に無言で沈み、人の営みの残滓の一つも残さずに、消えた。




