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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
10. 守護の魔竜アングラーフ

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10-1. 魔神たちの選択

 帝都ジェリングスは周囲では一番高い山、時として雲がかかるほどの山の頂上にある。そのため、カトキエ城塞都市からも、その巨大な都市を見上げることができた。


 道程はよく整備された街道の一本道だ。山の麓までなら馬を飛ばせば半日もかからない。そして山登りも蛇行したルートを使えば、馬に乗ったままで数刻といったところだった。


「なんだ?」


 ちょうど山道に入ったところで、山頂付近からすさまじい音が響いた。地面も揺れている。


「地震か?」


 ガレンとザラは馬から降り、慎重に様子を見定める。地鳴りは断続的に続いた。ガレンたちの位置からでは樹木が邪魔をして山頂を見ることは叶わない。


「どうしましょう……」

「状況がわからんな。自然現象、と考えるのはあまりにも都合がよすぎ――」


 その時だ。ガレンたちを何かの植物の(ツタ)が襲ってきた。矢継ぎ早に繰り出されるそれは、容易く樹木を打ち砕く。強弓(ごうきゅう)の矢にも等しい威力を持っているのは明らかだった


「馬が!」


 ザラの悲鳴が聞こえる。ガレンたちの馬は哀れにも串刺しにされ、引き裂かれてしまった。


「ザラ、身は守れるな?」

「はい!」


 魔剣シルヴィータがきっと私を守ってくれます――ザラは剣を振るう。蔦がまとめて数本斬られた。だが、きりがない。攻撃はやまない。


 四方八方から飛んでくる攻撃に、二人はそれでも果敢に応じていた。魔剣のおかげで体力切れの心配はない。ただまもなく薄暮(はくぼ)の時分になる――視界が潰されてしまう。ただでさえ暗い森の中だ。日暮れが近づくほど不利になるのだ。


 相手はそうと理解しているのだ。だから積極的には出てこない。ひたすら時間を味方につけている。姿を見せる理由がないのだ。


「参ったな」

「参りましたね」


 背中合わせに構えながら、二人は囁き合う。打つ手がないとはこのことだった。


 そして、空が(アカネ)色に染まる。森の中はほぼ真っ暗だ。二人の身体にも幾度も傷がついた。だが、そのたびに魔剣がそれを癒していた。かすり傷ならそれでいい。だが、まともに食らえば、回復速度を追撃ダメージの蓄積が上回ってしまう。


 その時、耐え難い威力の突風が吹いた。大木すら折れるのではないかというほどの風には、さすがのガレンたちも抵抗できなかった。林道をゴロゴロと転がり、土手に激突して止まった。


「首が折れるかと思った」


 ガレンは口の中に入った砂を吐き出して首を振る。ザラも口の中を切ったのか、何度か地面に血を吐き捨てた。


「血は飲んだら吐き気がしますからね」

「弁明はしなくていい」


 ガレンは苦笑して、その突風の正体を探った。


 闇の中にそれはいた。溶け込むほどに闇色で、しかしその目は溶岩のように黄金色に輝いている。大きさはちょうどガレンと同じくらいの人型で、しかし、拳一つ分ほど浮いていた。


「魔神、ヴィーリェン……!」


 ザラの声が震えている。彼女はかつて、ヴィーリェンに深手を負わされている。それがあったからこそ、ガレンと出会っているのだが。


 ――それでもザラは恐怖心を抑えられない。


『ヴィーリェン、なにゆえ私の邪魔をするか』

『……』


 魔神が二柱……!?


 ガレンはザラを見る。ザラも驚いたようにガレンを見つめ返した。


『この者たちはこの世界の天敵。滅ぼさねば世界が危うい。邪魔をするな、ヴィーリェン』


 男とも女ともつかない声で、ガレンたちを襲っていた何かが言った。


『ベルよ。俺は思うのだ』


 落ち着いた男の声が聞こえてくる。ヴィーリェンの声だ。


『俺たちの行為(おこない)は真に正しいのか、とな』

『何を言っている、ヴィーリェン。乱心したか』


 なぜこの魔神たちは争っているんだ?


 ガレンは理解に苦しむ。立ち位置的にはベルがガレンたちを殺そうとしていて、ヴィーリェンが守ってくれている。ヴィーリェンの行動原理が謎だった。


『ベルよ、今回は見物に回ってはくれぬか』

『なぜだ。ヒューレバルドは? シルヴィータは?』

『奴らは了承済みだ。それゆえに彼らが魔剣を有している』

『なぜだ、理解できん。そんなことをするなら、今度こそこの世界が終わるのだぞ!』

『ジクラータを止められる者などいない』


 ヴィーリェンが静かに言う。


「ベルも……晦冥の七柱です」

「そうだったな」


 ナーヤから聞いたことがある名前だった。


 まさか二体同時に目にすることになるとは思っていなかった。とはいえ、ベルの姿は見えていないが。


『守護の魔竜アングラーフ。奴は痺れを切らしてジクラータを襲っているが、奴の力をもってしても、ジクラータを倒すことは叶うまい』

『ならば我らが結集すれば。そして第七の柱を使えば……。いや、それ以前に小鍵たるこいつらを殺してしまえば!』

『俺はな……もう、飽きたのだ。もう十分だ、とな』


 ヴィーリェンの言葉が真っ暗な森に響く。その両目だけが爛々と輝いて浮かんでいる。


『ゆえに、この巡りでは、俺は赤子のザラを拾い、人間に託した』

「!?」


 ザラは目を丸くする。


「どういうことですか、ヴィーリェン。私を拾った、とは」

『言葉の通りだ。俺はこの世界に現れたお前を拾った。なぜか俺の前に赤子のお前は現れたのだ。その場で殺してしまえばこの巡りは安泰だった。だが……俺にはできなかった』

「そんな。私には父も母もいます」

『彼らは良い人間だった。そして彼らは自らの運命を俺から聞いてもなお、お前を引き取ってよいと言った』


 ヴィーリェンの言葉に、ザラの右手が震え、魔剣の切っ先が大きく揺れた。


『これも運命だと、彼らは言っていた。俺には理解できなかったが、彼らは乳飲み子のお前を心から愛していた。ラガンドーラがお前の国を滅ぼす理由となる赤子をな』

「そ、そんな……!?」


 ザラは目を見開いていた。呼吸が異常に早くなっていた。ガレンはそんなザラの右肩に触れる。


『すべてはジクラータ教皇の差し金だ。お前を帝国に抱え込み、ガレンを引き寄せる道具とするための、な』

「そんな! 私は、私が、ティラールを滅ぼしたというのですか」

『そうではない』


 ヴィーリェンは静かに否定する。


『お前がどうあろうと、事は進んでいた。お前の責任ではない。強いて言うならば、お前を殺せなかった俺の甘さだ』


 許せ、と、ヴィーリェンは言った。


「しかし、ヴィーリェン。このままジクラータの思い通りに進めば、俺たちはこの世界を壊す元凶になる、ということだろう?」

『いかにも、その通りだ』


 ヴィーリェンは明確に肯定した。


「なぜ、お前は俺たちを助ける」

『言っただろう。飽きたから、だ』

『やれやれ、素直じゃないのは千年経っても、幾つもの巡りを経ても変わらんな、ヴィーリェン』


 ベルの声がやや軽い。呆れているかのようだった。


『素直に、赤子の頃から見てきた女を殺すことができぬと言え』

『ベル、そうではない』

『いや、そうだろう。人間風に言えば、それをして情が移ったというのだ』


 ガレンは肩を(すく)めて剣を収めた。ザラもそれを無意識に真似した。


「ヴィーリェン、あの時私に深手を負わせたのは……ガレンに殺されないようにするため?」

『……どうだろうな』

『素直じゃない』

『黙れ、ベル』


 ヴィーリェンは不機嫌そうにそう言った。ベルの笑い声が聞こえる。


『わかったわかった。お前の行動の結果、この巡りで世界は終わるやもしれん。だが、それならば、そういう運命ということだろう。どうせなら、しっかり娯楽として楽しませてもらうぞ、()()()()()()()よ』


 それまで漂っていた殺気が完全になくなっていた。風も止んでいる。時々地鳴りは聞こえてきたが、少なくともガレンの周りは揺れてはいなかった。


「感謝します、ベル」

『礼には及ばぬ。私はお前たちを助けたりはしない。見ているだけだ』

「それで十分です」

『私は少々、人間たちにとって過保護にすぎたやもしれんなぁ。滅ぼうが続こうが、それこそ人間たちが自ら選択すべき問題だ。ではな、もう会うことはあるまいよ』


 そうしてベルの気配が完全に消えた。


「ヴィーリェンも、ありがとうございます」

『人の成長は早い。お前に出会った時が昨日のことのようだ』

「人にとっての二十年は短くはありません」

『だろうな。お前がどれだけ苦労してきたかは、俺はよく知っている。すまなかった』

「いいえ」


 ザラは強く首を振った。


「あなたが見守ってくれていたのだと、私は今は……思えます」

『……円環世界(ツァラトゥストラ)でも、お前は強かったのだろう、ザラよ』

「誰かに助けられて、私はようやく強くいられるのです。ありがとう、ヴィーリェン」

『それこそ、お前の強さだ』


 ヴィーリェンの輝く目が薄くなっていく。


『お前たちが何を選択しようとも、我々は尊重しよう』


 ――そしてヴィーリェンも姿を消した。


 その一瞬後、ガレンとザラが見つめ合って、ため息を吐き終えた頃。


 ――鬱蒼(うっそう)たる森が激しい炎に包まれた。


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