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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
9. 世界の端に腰掛ける者

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9-1. 選別の世界

 ジクラータ教皇はそれら一部始終を見ていた。帝都ジェリングスにある皇城の一室から。椅子に座り目を閉じ、(ほの)暗く微笑んでいる。


 室内には他に人の姿はない。だがそこは、百人以上は余裕を持ってくつろげるだけの広さのある部屋だった。


「どうあれ、君たちは僕の所に集まるようになっているんですよ、ガレン、ザラ。今回はちゃんと僕のところに辿り着いてくださいね」


 無限に巡る世界で、僕は少しずつ少しずつ軌道修正を繰り返してきた。そしてようやく、()()()ガレンたちは、僕の手の届くところまでやってきた。


「なんと喜ばしいことでしょうね」


 もっとも、まだ計画は完遂(かんすい)していない。油断はできなかった。


 扉が開き、やや慌てた様子でザールフェテス皇帝が入ってくる。


「どうしました、そのように慌てて」

「カトキエが陥落したのです、猊下」

「ヴァレゴネアと融合したイジュヌによって、ですね」

「ご、御存知でしたか」

「無論です」


 ジクラータは落ち着き払った様子で、テーブルを挟んだ向かい側の椅子を勧める。


「ザラも()()()()()についたようですし、我々の戦力も大きく……」

「カレンファレンも討たれましたね」

「まさか向こう側に引き()り出されるとは。不覚でした……」

「いいのですよ、それで」


 ジクラータは微笑む。


「……と、おっしゃいますと?」

「彼女は女王や聖騎士たちの動きを止めました。それで十分。女王たちがここまで来るのにはまだしばらく時間がかかるでしょう」

「わが軍ではネフェスたちを止められないと……!?」


 ザールフェテスはほんの少し顔を歪めた。ジクラータは微笑を解かずに言い募る。


「もはや迎撃に出られる将軍はいないでしょう? ニーゼルトとグランヴァイスの両将軍だけでは、帝都の防衛だけで手一杯。エクセン将軍とて西部戦線からようやく戻ってくるところだと聞いておりますよ」

「ご、ご慧眼(けいがん)、感服いたしました」

「世辞は良いのです」


 ジクラータは立ち上がる。


「陛下のおかげで、世界の救済は急速に現実味を帯びてきましたよ」

「ほ、本当ですか、猊下。し、しかし、ニーレドの撃破はままならず、大陸統一の目的もわずかも……」

「それでいいんですよ、皇帝陛下。そもそも、大陸統一などというのは、手段の一つに過ぎないのです。より良い選択肢が生まれたのなら、それを取るのが正道というもの」


 温度のない声でそう言い放ち、立ち上がるジクラータ。ザールフェテスも慌てて立ち上がる。


「ニーレドは捨て置いていいよ。()()()()()はもう目と鼻の先だ。ザラも、ね」

「それが救済と、いかように……?」

「それは陛下は知らなくてもいいことですよ」


 ザールフェテスを振り返り、青い瞳で射抜くジクラータ。


「ただ、僕の手による救済ならば、あらゆる魂が救われるのです。この無限世界(メビウス)は、()()()()()()んですよ」

「も、持たない……?」

「そう。この世界は少しずつ少しずつ細くなっているのです。この巡り、あるいは次の巡り……それでこの世界は消滅してしまうかもしれないのです」

「それは……」

「そうなれば、すべての魂はこの宇宙に散逸してしまう。二度と蘇ることはなくなってしまう」


 ジクラータは無機的な表情でザールフェテスに()く。


「この世界はね、皇帝陛下。そもそもが完全なる円環の世界、ツァラトゥストラから(こぼ)れ落ちた魂によって作られた世界なんです」

「げ、猊下は……なぜそれを」

「愚問ですよ、皇帝陛下。僕はこの世界のあらゆることを知っているんです」

「それは、ぞ、存じておりますが」

「ただ、()()()()()にまつわることだけが、僕には未知。だから、この僕をして何度も何度も失敗してきたのです」


 ジクラータの目が刃のように細められる。


「でも、今回は皇帝陛下。あなたのおかげで、僕は今度こそ真の救済を実現できそうですよ」

「しかし、猊下。私には理解できずにおりますが、それであれば、なぜ彼らに多くの試練を。呼び寄せるだけでも――」

「弱い魂では最後のピースは埋められない。それだけですよ、陛下。彼らに使命と試練を与えるのにちょうどよい舞台装置が揃っていたのが、この帝国と、ネフェス女王の国だったということ」

「私の大陸統一の悲願は――」

「もはやこだわる必要はないでしょう?」


 ザールフェテスとて、欲のない男ではない。大陸統一、すなわち世界征服は、代々皇帝の夢だった。ザールフェテスもまた、その教育を受けて育ったのだ。


 そして彼ら歴代皇帝の野望と合致したのがベレク大聖教の教えであり、ジクラータ教皇の導きだった。


 だが、ここにきて事態は変わってしまった。


「しかし、私は」

「くどいよ、皇帝」


 ジクラータは冷たい声音で言い放つ。


「世界の救済の前に、君の夢はあまりにも陳腐だ。そんなものは世界を救わない。君はいつでもそうだ。どの巡りでも、君は結局それに固執して、滅びていった」


 豹変(ひょうへん)したジクラータの雰囲気に、ザールフェテスははっきりと気圧(けお)された。百年間容姿の変わらない教皇。圧倒的なカリスマと指導力により、ベレク教を瞬く間にベレク大聖教と呼ぶにふさわしい組織に再編成し、各国の政治に介入し、世界を意のままに操ってきた人物だ。


 その拠点となったのがラガンドーラ帝国であったが、一方でニーレド王国のようにベレク大聖教を認めていない国家も残った。


「それさえも、僕の計画のうちなのさ」

「げ、猊下……」

「君たち人間は、世界を構成するための要素に過ぎない。僕たちは完全なる円環の世界(ツァラトゥストラ)から落ちてきた魂。あの円環の世界のすべての記憶を持つ僕は、あの世界を復活させなくてはならない。この無限世界(メビウス)の魂を引き連れて、あの世界を再構成しなくてはならない」


 ――世界が終わり、また始まるたびに、メビウスは細くなり、そしてやがて、終わった世界の重さに耐えかねて切れてしまう。その前に我々は、このメビウスの源、世界の雫をこぼした円環……いえ、完全世界ツァラトゥストラに還らなければならない。教皇の望みは、そこで救われる者の()()です。


 ナーヤが語った言葉がザールフェテスの脳裏に蘇る。


「あなたは、魂の選別を……!」

「ふふ、ナーヤか。彼女もまた、無自覚にツァラトゥストラの断片を持つ者さ。そう、さすがと言ったところか」


 ジクラータはフッと微笑んだ。この上なく邪悪な微笑だ――ザールフェテスの鳩尾がゾクッと冷たくなる。


「もうすぐ君の役割は終わるんだ」

「私が、なぜ……! 私はこれほどまでにベレク大聖教に尽くしてきたではありませんか」

「それならば、ガレン・エリアルを殺すことだね。彼の存在こそが鍵なのだから。彼が失われれば、僕はこの巡りを諦めるしかなくなり、君たちはこれまで通りの生き方をすることができるだろう」


 ジクラータの言葉の矛盾に、ザールフェテスは気付けなかった。動転していたのか、あるいは、その言霊に支配されていたのか。


「僕はどちらでも構わないのさ。今回失敗したとしても、きっと次の巡りではうまくいくだろう。だから、僕にとってのこの世界はいつ終わったって構わないんだ」


 ジクラータはそう言うと、ザールフェテスを捨て置いて、窓の方を見た。


 南の空から何かが飛来してくる――。


「陛下!」


 息を切らせて部屋に入ってくる騎士がいた。十将の一人、ニーゼルト・アーロネスだ。細身の、鷹を思わせるような鋭い印象の男だ。茶色の髪と、やはり鷹の目を思い起こさせる金褐色の瞳が印象的だった。年のころは四十前といったところだ。


「南方より巨大な魔竜の飛来を確認しています。ここは危険です、避難を」


 ニーゼルトに(かば)われるようにして、ザールフェテスは部屋を後にする。


「守護の魔竜アングラーフ……か。やはり来たね」


 一人残されたジクラータ教皇は、なぜか満足げに微笑んだ。


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