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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
8. 帝都ジェリングスを前に

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8-3. 魔神の最期、継がれる剣

 レヴェウスの加勢により、パワーバランスが動いた。イジュヌ=ヴァレゴネアは間違いなく強力ではあったが、レヴェウスのスピードには追い付けなかったからである。


 とはいえ、イジュヌ自身も強力な魔導師である。そこにヴァレゴネアの魔力増幅が加わり、文字通り手の付けられない魔神と化していた。


 カトキエの被害も一瞬ごとに拡大していく。


 一進一退の攻防は一刻近くも続いた。カトキエの町は半ば以上焼け落ちていた。都市を囲む壁の外で、人々は落ち着かない様子で何が起きているのか探ろうとしていた。


 その中にザラとレイザの姿もあった。


「ザラ姉さま、行って。私は大丈夫だから」

「ここは危険なのよ」

「どこも危険だよ」


 レイザは脱出時に足を負傷していた。走るのはおろか、歩くこともままならない。都市の医師たちが治療してくれたとはいえ、苦痛に呻くレイザを置いてはいけない。


「今、ザラ姉さまを必要としているのは、私じゃない。ガレンなんだよ」


 ひときわ大きな落雷がある。都市を(えぐ)る威力のそれに、大気が、地面が、震える。


「こっちにはファイラルさんもいてくれる。騎士の人も敵じゃない。だから行って、ザラ姉さま!」


 あの女騎士と獅子が融合したような、禍々しい気配を放つ魔神。あれは倒さなくてはならない敵だと、レイザははっきり認識していた。自身の中に植え付けられた恐怖心が、イジュヌ=ヴァレゴネアを確かに拒絶していた。


「わかりました」


 ザラは頷いた。


「あなたを守るために、私は戦いましょう」

「動機なんて何だっていい」


 レイザはザラの本音を見抜いていた。本当はガレンが心配で仕方なかったのだ。レイザはザラと手を握り合う。


「騎士隊の皆さん、妹をよろしく頼みます」

「お任せください」


 小隊長格の騎士が頷く。後ろには医療班の兵士もいた。


 ザラは馬を借り受けると、そのままカトキエの城壁内に駆け込んだ。


 城壁内はまるで瓦礫の山だった。随所の火事もひどく、大気が(すす)けていた。視界の確保もままならない中、ザラは必死で城に向けて馬を進める。幸い迂回も必要なく、ザラの方向感覚でもすぐに城に辿(たど)り着くことができた。


「確か中庭は、こっち……」


 小さな堀を越え、崩れた城壁を乗り越える。馬がそこから先へ行くことを拒否したため、やむなく下馬し、ザラは単身で戦いの気配の元へと突き進んだ。


 激しい炸裂音のおかげで、ザラはここも迷わずに済んだ。崩れ落ちた石壁の向こうには――。


「レヴェウス!?」


 思わぬ増援がいた。どういう経緯(いきさつ)かは不明だが、さしあたり味方と考えていいだろう。


「ザラ将軍か。妹はいいのか」

「大丈夫です。託してきました」


 ザラは剣を抜き放つ。


「あなたこそ、どうして」

「いったん帝都に退()いていたんだが、どうにも嫌な予感がしてな」


 そうこうしている間にも、イジュヌ=ヴァレゴネアは攻撃を続けている。間断のない攻撃。やむ気配はない。


 レヴェウスが状況を攪乱(かくらん)し、ガレンが攻撃を仕掛ける。それをフェイントとしてザラが一撃を浴びせる。


「ちっ」


 イジュヌ=ヴァレゴネアの右腕を傷つけたザラの長剣が半ばから折れる。やっと浴びせた効果的な一撃だったが、その代償は重たかった。


 ザラはしかし、その剣をイジュヌ=ヴァレゴネアに投げつけると、そのまま大きく後ろに跳んだ。ザラのいた場所を火球が(えぐ)り抜いていく。


 ザラはそのまま崩れ落ちた石壁まで下がり、素早く周囲を見回した。


「あった!」


 レイザが持っていた弓が落ちていた。無事な矢は三本。無駄打ちはできない。


 レヴェウスが飛行機動でイジュヌ=ヴァレゴネアを翻弄している。化け物の、イジュヌの()がレヴェウスを追っている。ということは()()()()ということだ。


 ザラは矢をつがえる。イジュヌ=ヴァレゴネアはまだ気付いていない。矢を命中させるには距離が遠すぎる。だが、やらねばならない。


「私は――」


 ザラの視界にノイズが走った。何かの箱の中に座っている自分。目の前にいる黒と紫の()()()が合ったことを知らせるマークが表示され、アラートが鳴り響く。親指のボタンを強く押す――。


 ザラの放った矢が(うな)りを上げて飛んでいく。が、それは完全に外れた。


『どこを狙っている……!』


 嘲弄するイジュヌ=ヴァレゴネア。しかし、それはザラの計算のうちだった。今の一撃でザラの矢は、イジュヌ=ヴァレゴネアにとって()()ではなくなったはずだ。


 しかし、今のノイズはなに?


 ――肌の内側がぞくりと冷えたが、それでもあの景色の中に違和感はなかった。さも当然のように、私はあの景色を受け容れた。


 ザラは第二射を放つべく、胸を張り弓を引いた。


 イジュヌ=ヴァレゴネアは、ガレンの超高速の斬撃を槍で弾き返し、レヴェウスの変幻自在の機動攻撃には光線の魔法で応じていた。


「前を向け……」


 イジュヌ=ヴァレゴネア、ガレンの背中。そして私。一直線に並んでいる。


 次のガレンの一撃の時、魔神は前を見る。


 ガレンの攻撃が炸裂した。すさまじい剣圧がイジュヌ=ヴァレゴネアを後退させる。ザラは二の矢をつがえつつ、最後の矢を(くわ)えて走り出す。この矢こそが切り札だ。迷いなどない。イジュヌはもう人間ではないのだ。


 そしてその勢いも乗せて第二の矢を放った。


『ッ!』


 狙い(たが)わず、その矢はイジュヌの右目に突き立った。


『小癪な真似を!』


 イジュヌ=ヴァレゴネアが()えた。強烈な音圧が三人を食い止めようとしてくる。が、ザラはガレンの背後につけてそれをやり過ごす。意図を理解したガレンは、魔剣を立てて防御姿勢を取った。


「魔竜の咆哮ほどじゃなくて助かった」


 間髪入れず、レヴェウスが真上から斬撃を浴びせる。イジュヌの顔が上を向いた。


 ザラはガレンの助けを借りて、身長の三倍ほども飛び上がった。イジュヌ=ヴァレゴネアの上に跳びあがったザラは最後の矢をその顔面に打ち込んだ。


『よくも私の目を! しかし、終わらないのですよ!』


 両目に矢が突き刺さったまま、血の涙を流しながらイジュヌ=ヴァレゴネアは笑う。


『私は視覚を封印して生きてきたのです。今更暗黒におちたとて、何ら不自由はありません』

「そうか……!」


 ガレンはその巨体に斬り込んだ。迎撃の槍が衝撃波を伴って振るわれる。それを追うように炎の刃が降ってくる。物理攻撃と魔法攻撃のコンビネーションだった。


 ガレンは負傷もものともせずにそれらを真正面から打ち払う。高空からレヴェウスが落ちてくる。白銀の尾を引きながら、レヴェウスはイジュヌ=ヴァレゴネアの首を狙った。


『見え透いていますよ』


 迎撃態勢に入ったイジュヌ=ヴァレゴネアの獅子の前足にガレンは攻撃を集中した。


 魔力で防御されたその身体は、しかし、着実に防御力を落としていた。イジュヌ=ヴァレゴネアとはいえ、無限の魔力を有しているわけではないということだ。


 それならば――!


 ガレンは槍を受け止め、力で強引に弾き返す。一瞬、(すき)が生まれた。そこにレヴェウスが背後から剣を突き立てる。


『いい加減に死になさい!』


 剣が刺さってしまったためにレヴェウスの離脱が遅れた。左手で捉えられたレヴェウスは、地面に強烈に叩きつけられる。


 だが、ガレンが待っていた一瞬がそこにあった。腕を振り下ろした瞬間、全身の均衡が乱れた。イジュヌ=ヴァレゴネアは()()()()()()()のだ。


聖剣一閃(エクスカリバー)!」


 青白い光が空を裂き、世界が一瞬、沈黙に落ちた。


 魔剣の力に聖剣の力が合わさった一撃が、イジュヌ=ヴァレゴネアを切り裂き、()()()とを切り離した。


『世界殺し、め……。いずれ世界はお前たちを恨むだろう……』


 イジュヌはそう呟くと事切れた。あまりにあっけない幕切れだった。


 ザラは憐憫の情すら抱く。そして二人は地面に横たわって身動きしない騎士に向かう。


「レヴェウス、大丈夫か」

「俺は、皇帝になるんだぞ」


 震える声でレヴェウスは答えた。


「こんなところで、死ぬはずがないだろう」

「それを聞いて安心した」


 ガレンはレヴェウスの状態を確認し、ザラに「大丈夫そうだ」と頷きかける。


「俺は頑丈だからな。だが、いましばらくはまともに動けそうもない。残念だが」

「助かった。お前がいなければ奴は倒せなかった」


 ガレンの言葉に、レヴェウスは薄く笑う。


「世界殺し、か。愉快じゃないか、ガレン」

「何が、だ?」

「世界殺しを救ったんだぞ、俺が。この後、世界が滅びたら――すべての責任は、俺に降りかかってくるだろ」


 レヴェウスは冗談めかしてそう言った。ザラとガレンに両方から支えられながら城を出ると、そこにはファイラルと、レヴェウスの部下たちが待っていた。


「レヴェウス将軍!」


 部下の一人がガレンたちからレヴェウスを引き取る。心配そうに様子を尋ねる部下に、レヴェウスは自分で「大丈夫だ、消耗は激しいが」と告げた。


「それでだ、ザラ」

「は、はい?」

「今一度考えてほしい。妹を俺に預けないか。俺は万が一があろうと、お前の妹を絶対に人質にはしない」


 レヴェウスの言葉を聞いて、ザラはすぐに頷いた。あまりに速い反応に、レヴェウスの方が面食らった。


「実はレイザは足をケガしていて……それで、その」

「そういうことか。なら、なおその方がいいだろう」


 ザラもガレンも、レヴェウスが卑劣な真似をしないことはよく理解できていた。戦いの中で、信頼感も育っていた。


「俺にできることはここまでだ。この身体ではしばらく戦えまい」

「十分だ」

「ありがとうございます、レヴェウス将軍」


 ザラは深々と頭を下げた。レヴェウスは歪みに歪んだ鎧を苦労して脱ぎながら言った。


「ザラ将軍、餞別だ」

「しょ、将軍、それは」


 意図を察した部下が止めようとするが、レヴェウスは右手に持った剣を掲げてそれを止めた。


「魔剣シルヴィータ。俺が倒した魔神の剣だ。貸しておいてやる」

「い、いいのですか。そのような貴重な」

「剣は戦える者が持ってこそ意味がある。今はそれが俺ではなく、君だということだ」


 ザラは躊躇(ちゅうちょ)しながらも、その白銀の剣を受け取った。羽根のように軽いその剣を持つだけで、全身に力が満ちてくる。


「わかりました。必要とあらば、使わせていただきます」

「それでいい」


 レヴェウスはゆっくりとザラの決意を肯定した。

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