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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
8. 帝都ジェリングスを前に

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8-1. 紅蓮の眼差し、魔剣の囁き

 ガレンたちは日がまだ上り始める前に出発した。燃え尽きた焚火の所には、レヴェウスの姿は見えなかった。


「帝都ジェリングスに行くかどうかはともかく、接近する方向で動いた方がいいな」


 ガレンはそう言って馬に乗る。乗ってきた馬は戦闘の混乱のさなかで行方不明になってしまったので、レヴェウスたちから奪ったという建前だ。


「ここからジェリングスまで急いでも十日はかかる。現実的にはその倍は見ないとならない」


 ガレンは以前見た地図を思い出しながら言った。ラガンドーラの帝都ジェリングスは、ラガンドーラ帝国の中央、若干東寄り――ニーレド王国の方向――にある。


 ナーヤがいてくれれば一発で進路が決まるが、連絡がこないのだから仕方ない。


 土地勘がないから、途中の村の場所もわからない。補給をどうしたらいいものかで、ガレンは頭を悩ませた。レヴェウスもそこまで気を利かせてはくれなかった。


 だが街道を走らせていると何組かの隊商と遭遇できた。そのうちの一つがガレンに事細かに道を教えてくれた。


「女二人連れの旅かい、騎士さん。やるものだねぇ」


 遠くで待機させていたザラとレイザを見て、商人の一人がにやにやと笑う。


「俺たちの記憶はここで消しておくことだ。厄介ごとに巻き込まれるぞ」


 ガレンはそう言って、馬首を帝都の方へと向ける。商人たちは何やら笑いながら去っていった。


「さて」


 ガレンはザラとレイザに道中の計画を伝える。すぐそばに帝都防衛の際の要衝となる、カトキエ要塞都市がある。彼ら商人もここから来たのだと言っていた。


「カトキエは人口十万を超える巨大都市です。帝都の次に大きい」

「十万だって?」


 ザラの言葉に驚くガレン。ザラは頷く。


「都市の起源はともかく、今は産業の町として発展しています。帝都への物資供給が主な役割なのですが、他国との貿易の大規模な中継地点――いわゆる宿場町としての仕事もしているんです」

「それにしても規模がすごいな」


 ガレンはラガンドーラ帝国の強大さを改めて知る。


「帝都の人口は今はたしか三十万少々と言われています。皇帝の直轄地なので、常駐している将軍はいませんが……」

「今は誰かがいる可能性があると」

「十分考えられるかと」


 緊張した面持ちのザラ。


「ラヴェウスみたいなやつがいたら、かなり荷が重いぞ」

「ええ。中でも、カレンファレンが健在だったらかなり危ないです」

「……魔導師だったか。でも、それを言っても仕方ない。俺たちは陽動をするのが仕事だ。派手に動くしかない。将軍が出てきてくれればむしろ好都合だ」


 ガレンはそう言うと目の前の坂道を登りきる。背中側から照らしてくる太陽による影は、だいぶ短くなってきたが、まだ正午ではない。目に見えて街道を行く人々の数が増えてきていた。


「なぁ、あれってザラ将軍じゃないか?」


 こそこそと囁く声も聞こえてくる。ザラは兜をかぶり、人とすれ違う時には面頬を下ろしていたが、それでも気付く者は気付いていた。


 真昼になる頃になってようやく、ガレンたちはカトキエの門に到達した。門番たちが忙しく訪問者の身分確認を行っている。


 三人は馬を下りて確認待ちの人々の列に紛れ込む。


「ザラ、レイザ、俺を捕らえた体でいこう」

「それしかなさそうですね。ランサーラの話も彼らに届いていましょう」

「カトキエを迂回するっていう手は?」


 レイザのもっともな提案には、ガレンは否定的だった。


「食べ物が足りない。ここを逃がせば、次は帝都までまともな町がないと商人から聞いた」

「そっか」


 レイザはこっそりとガレンから魔剣を受け取った。


「ランサーラお姉さまの剣、か」


 レイザは誰にも聞こえないように呟いた。


 入り口は思わず脱力してしまうほどにあっさりと通過できた。それだけザラの知名度があったということだ。末端の兵士たちには何が起きたかの仔細(しさい)は知らされていないものだ。


 ザラが()()()()()討伐戦に一度は敗北した。()()()()()はランサーラの魔剣を奪い、ランサーラは討たれたが、そこに退却中のザラが到着。()()()()()を倒し、妹も奪還した。そういうストーリーをザラは即席で打ち立てた。


 帝国内でのザラの人気は高かった。美貌の女騎士であるだけでも相当に有利だったが、奴隷身分出身から成り上がったという物語性も人気の元だった。


「見物人たちは気楽ね」


 レイザが(あき)れている。


 わらわらと人々がザラの周りに集まってくる。


「ザラ将軍! ご立派になられて!」

「カトキエへようこそいらっしゃいました!」

「お花、あげる!」


 ザラにかけられる言葉は好意的なものばかりだった。


 その一方で、縄で囚われた風を装っているガレンには意味のよくわからない罵声が浴びせられてくる。


 しかし、十万都市とは。ニーレドの王都ですら人口十万人にはわずかに届いていないはずだ。ガレンは人々の罵声を気にすることもなく、そのようなことを考えていた。


 カトキエは活気に満ちていた。普通の人々が普通の暮らしを営んでいる。その積み重ねが、この都市の姿だった。彼らは敵ではない――ガレンは前を見ながら思う。


「暑いな」


 真上からの直射日光に晒されて、さすがに辟易し始めるガレン。


「ザラ将軍」


 都市の責任者を名乗る騎士がザラたちの前に現れた。伴うのは騎士が十、歩兵がその倍。十分に警戒してきたことが(うかが)える。慎重な男だというのは間違いがなさそうだった。


 彼らは一斉に下馬すると、ザラに向かって敬礼した。


「この男は、我々が収監します」


 責任者の男は四十を超えたかどうかという容姿だった。甲冑をつけたその姿は威風堂々としたものだった。黒い髪と色の濃い瞳は、きわめて理知的に見える。


 しかし、男の提案をザラはやんわりと拒絶する。


「いえ、私がこのまま帝都へ」

「その必要はありますまい。この男を帝都に近付けるわけには参りません」

「この()()()()()は人知を超えた存在。将軍級でなければ止めることは(かな)いません。あなたたちにその危険を背負わせるわけには参りません」


 ザラの言葉には圧力があった。責任者は「しかし」となおも言い募る。


「ならばせめて我が騎士隊をお連れください」

「それも危険です。それに私は私と妹の身を守ることはできますが、騎士隊の皆さんを守ることはできません。これ以上、無駄な犠牲は出したくありません」

「ザラ将軍……そのご配慮、ありがたきことにございます」


 責任者の騎士は感激したように声を震わせる。


「承知致しました。ザラ将軍がそこまでおっしゃるのであれば。必要な物資があれば何なりとお申し付けください」

「ええ、お言葉に甘えさせていただきますね。ええと、あなたのお名前をお聞きしても?」

「ファイラル・エルトマンです」


 責任者は生真面目に名乗った。


「ファイラルさん、覚えました。ではまず、司令部に案内していただけますか。少しゆっくり休みたいのです」

「承知致しました!」


 ファイラルはそう言うと、ガレンを取り囲むように騎士を配置し、通りの人々を掻き分けながら司令部――中央城に向かって進む。


 人々はファイラルにも気安く声をかけていて、彼らの関係性がよく見えた。平和なのだ、この都市は――ガレンはため息を()いた。


「ランサーラ将軍の件、まことに遺憾に思います」


 ファイラルは隣のザラに語り掛ける。ザラは頷く。


「バルグレット将軍も、彼に討たれました」

「なんと……。居合の達人であるというあの……」

「ええ」


 ザラは頷く。ザラを長年苦しめ続けてきた男は、ガレンによって拍子抜けするほどあっさりと倒されたのだ。


「私が生きているのは奇跡のようなものなのです、ファイラルさん」

()()()()()はそこまで?」

「つい数日前、ラヴェウス将軍との交戦がありました」

「確か魔竜退治だとおっしゃっていましたが」

「いろいろあったようですが、混乱していたので。ともかく、彼はラヴェウス将軍と互角以上に戦ったのです」


 その言葉に、ファイラルは顎に手をやって考え込むようなしぐさを見せた。


「……かの将軍は着任したばかりなれど、かなりの実力者とお見受け致しました」

「私の見たところでは、彼は現将軍たちの中で、最も強い」

「さ、さようでございますか」


 一行は城に入り、応接室に通される。ザラの指示によってガレンの縄は(ほど)かれていた。


「本当に大丈夫ですか、彼の束縛を解いても」

「やる気ならとっくにやられています」


 ザラは声を低くしてそう応じる。ファイラルは「かもしれませんな」とガレンの縄を切った。ファイラルはガレンの力をほとんど正確に見抜いていた。ガレンもその気配を隠さなかったからだ。


「ただいま、お食事をお持ち致します。ごゆるりと」


 ファイラルはそう言うと、ガレンの顔を正視した。


「我々はザラ将軍の味方だ。()()()()()、万が一にも何かあれば、我々は命を賭してお前を討つ。ザラ将軍を裏切ることはまかりならん」

「それは俺の本意でもない」


 ガレンは遠回しにそう言うと、一目で上質とわかる椅子の一つに腰を下ろした。


「我々は敵意で戦うことはしない。我々が従うのは忠義だ。――覚えておけ()()()()()


 ファイラルはそう言うと、ザラに敬礼をして去っていった。


 それとほとんど同時に、ガレンは立ち上がった。そしてレイザが持っていた魔剣ヒューレバルドを受け取り、目を閉じて意識を集中する。


「ガレン?」


 ザラの呼びかけに応じるように、魔剣ヒューレバルドがカタカタと震えた。


「何かやばすぎる予感がする」


 ガレンの全身を悪寒めいた何かが包み込む。額に冷や汗が滲む――。


 バチっと音を立てて、脳内がスパークする。


 赤い瞳――。


 その紅蓮の眼差(まなざ)しは、燃えるようでありながら、底知れぬ冷気を(はら)んでいた。


 ガレンの意識の中で、その目がわずかに、しかし明確に細められた。


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