7-3. 死者を弔い、野心を語る
数百名の兵士が死んだ。戻ってきた兵士たちに手伝わせて、その見るも無残な亡骸を集めていく。
「こんなことなら一人で来ればよかった」
積み上げられた遺体を見て、レヴェウスは眉根を寄せた。
「あなたの部下の弓があったから、レイザが活路を開けたのです」
「ではあるが」
レヴェウスの表情は曇っていた。篝火が生者も死者も等しく、黒々と揺らした。
「彼らにも家族はあったのだ」
「それは……」
「それでザラ。君の部下たちはどこに行ったんだ」
「皆、死にました」
ザラは沈鬱に言った。
「皆……?」
レヴェウスがガレンを見た。ガレンは首を振る。
「俺ではない、今回ばかりはな」
「なら?」
「イジュヌです」
ザラは苦々しく言った。レヴェウスは目を見開く。
「そのイジュヌというのは、イジュヌ・タランティアか? いや、彼女は十将の一人だろう。なぜ君の……」
「私のだけではありません。ヘルミナル、ジャマルカ両名の軍勢の大半をも殺したのです」
「なぜだ」
なおも納得していない様子のレヴェウスである。ザラは死体の山に怯えるレイザの肩を抱きながら、レヴェウスのすぐ前に進み出た。
「魔神ヴァレゴネアについては?」
「晦冥の七柱……」
「それと融合したのです、あの女は」
「ばかな。人間と魔神が融合しただって?」
「事実です」
そしてその時の余波ひとつで、数万人が死んだ――ザラはそう伝えた。
「待て。状況がわからない。なぜ君がその騎士と共にいる。ヘルミナルやジャマルカも、君の増援に派遣されたのではなかったか」
「それは……」
「彼女は立派に戦ったさ」
ガレンはそう言うと、「ガレンだ」と右手を差し出した。レヴェウスはそれを握り返して、鋭く目を細めた。
「敵になるかもしれんがな」
「それは酒の後の話だろう?」
「そうだったな」
レヴェウスはまたザラに向き直った。
「ヴェルギアは?」
その問いには誰も答えなかった。それで状況を悟ったレヴェウスは、何も言わずに用意された焚火の前に腰を下ろした。
「ヴェルギア、か」
ザラは空を見上げる。濃紺の空の端に青白い月が見えた。
「つまり、ザラはガレンに敗れた。そして寝返ったと、そういうことだな。そして懸案だった人質を取り返したと」
「……はい」
「ランサーラ将軍も?」
「死にました」
ザラの言葉にレヴェウスは頷いた。
「ガレンの持っている剣で、なんとなく推測はできていた。それは魔剣ヒューレバルド、だな」
「ああ」
ガレンは頷いて、左手で魔剣の柄頭を握った。
「本来ならば二人とも討たねばならない立場だが、魔竜を討った後にその余力はない。それで誰もが納得するだろう」
「レヴェウス……」
確かに殺気は微塵も感じない。ガレンは注意深くこの騎士を観測する。騎士としての強さは間違いない。魔法使いとしても一流だろう。
「まずは死者を弔おう」
レヴェウスは部下に持ってこさせた葡萄酒の瓶を掲げた。
ガレンたち三人も焚火を取り囲むように座り、その手に杯を持った。レイザはハーブ入りの水だった。
「勇者たちに乾杯」
レヴェウスはそう言って杯の葡萄酒を飲み干した。ガレンとザラ、そしてレイザもそれに倣う。
「ふぅ、だが正直、今日は助かった。俺一人では決め手に欠いていた」
「なぜあんな無茶をしたのです?」
「命令だよ。俺も繰り上がりで将軍入りしたんだが、その初陣がこれさ」
レヴェウスは反り返るようにして空を見る。
「俺も所詮は奴隷上がりだしな。ベルティア陥落の恨みもなくはないが、まぁ、役割だからな」
「あなたはそれでいいのですか?」
「今更ベルティア王国が蘇るわけでもなし」
レヴェウスは部下が注いだ葡萄酒をまた飲み干した。
「ま、これが俺の生き方だから」
「あなたのことを尊敬していました。同じ奴隷の身分として。前向きで、強くて。なぜ私が十将に先に任ぜられたのか、いまだにわかりません」
「扱いやすかったからさ」
レヴェウスの歯に衣着せぬ物言いに、ザラの手が止まる。杯の水面にふわりと波紋が生じる。
「相次ぐ将軍の欠員に、ついに俺にもお鉢が回ってきたと、そういうことだ。で、ラガンドーラとしては、俺と魔竜双方が倒れれば一番都合がよかった」
「……なるほど」
ガレンは頷いた。
「万が一生き延びても、次は俺たちを討てと命じられるわけか」
「そういうことだ」
レヴェウスの達観した物言いに、ガレンは少し驚いて杯を乾かした。すかさず兵士が注ごうとするのを手を上げて止める。
「レヴェウス、お前はどうするつもりだ」
「命令とあらば、そうするだろう。俺は仮にも将軍だ。俺にはザラのような勇気はないさ」
「勇気だなんて」
ザラが首を振る。
「私は、負けただけです」
「ザラ姉さま……」
レイザが沈鬱にその名を呼んだ。ザラは泣きそうな表情で微笑む。
「ザラ姉さまは……負けたんじゃない」
「え……?」
「ザラ姉さまは、決めたんです」
二人の間にあった冷たい空気が霧消する。ガレンはひそかに目を細めた。
「その結果のすべてを受け入れて、姉さまは戦っているの。そうでしょう? ね、ガレン」
「そうだな」
ガレンは即答し、星を見た。そして黙って方角を確かめる。
「レヴェウス。帝都に帰るのか」
「そのつもりだ」
「俺たちもつれていけ」
「それはできんなぁ」
レヴェウスは苦笑する。
「悪いことは言わん。このまま引き返せ。俺は異界の騎士と戦って勝てる気はしないし、ザラやレイザを傷付けることもしたくない」
「将軍としては甘いな」
「言うものだな、ガレン。だが、俺はこの自分の甘さが好きだ」
そう言って、レヴェウスは手近な枯れ枝を炎の中に投げ込んだ。
「そうだ、ザラ」
「……はい?」
「今、帝都には教皇もいるそうだ」
「!」
ザラは鋭い視線をガレンに送った。ガレンは頷く。
「お前、ベレク教徒じゃないな?」
「まさか。俺は敬虔なベレク教徒だ。元は違う宗教だったがね」
これはもしや。
ナーヤが勘付いていれば、おそらく次の指示は決まっている。
「君たちとの交戦について、俺は報告をしなくてはならない。死者百十五、負傷者七十六。魔竜討伐後の遭遇戦にて多大な損害を被った」
レヴェウスは羊皮紙に戦闘報告を書き込み、伝令に手渡した。伝令兵はすぐにそれを持って馬を駆っていった。
「どういうつもりだ」
「君たちがここで派手に暴れていることが重要なんだろう? 大方、君の国の聖騎士ナーヤあたりの指示で」
「いや、それはそうだが、なぜ?」
「俺もこの国が好きじゃないのさ」
ベレク大聖教もね、と、レヴェウスは呟いた。
「レヴェウス兄さまは」
レイザが問いかける。
「なぜ将軍の地位に就いたの?」
「政治の話だ」
レヴェウスは答える。
「どんな意見があろうと、主張をしようと、力がなければ一笑に付されて終わる。被支配国出身の奴隷が何を叫んでも誰も聞こうともしない。そういうことだ」
「でも、その一方で、こうして私たちと戦わなくてはならないよね。皮肉、だと思う。立場と信念が逆、だなんて」
「……そういうものだよ、レイザ」
レヴェウスは頷いた。
「だが、俺の理想の前には小さなこと。理想のためならば、なんだって受け入れる。ただし、いろいろ足掻いてからな」
ニッと人好きのする笑みを見せて、レヴェウスはレイザを見た。
「兄さまの理想って?」
「お前たちが敵だから話すが――」
そして周囲の兵士たちに聞こえないように声を潜める。
「俺はこの帝国を手に入れる」
「て、帝国、を……?」
「痛快じゃないか。攻め滅ぼされた小国の奴隷が成り上がって皇帝になる。そうすれば今を生きる人間たちの心は、行動は確実に変化する。どうだ?」
「それは、すごいことだと思うけど、でも」
「でも?」
「帝国にはまだ将軍が幾人か健在――あっ!」
レイザは口を押えて目を見開いた。レヴェウスは鋭眉間に皺を寄せた。
「君たちにはもっとしっかり暴れてほしい。ただしレイザ、君は俺のところに残れ」
「人質にする気ですか!?」
ザラが鋭く反応する。レヴェウスは首を振る。
「が、君の懸念はもっともだ。安全を考えた提案だったが、早計だった」
「レイザは私と共にいるのです。もう誰にも――」
「姉さま」
レイザがその言葉を遮る。
「もう私もちゃんと判断できるよ。レヴェウス兄さまが悪い人じゃないのはわかってる。でも、今は姉さまと一緒にいる方がいいと思う。私、足手まといだけど……」
「あなたは私が必ず守ります」
「……ということだな」
ガレンは頷いた。
「明日の早朝、俺たちの陣が動く前に発て。俺は君たちの目的地を知らない。損害を鑑みて追跡をあきらめざるを得ないのだからな」
レヴェウスはそう言って、テントの一つを指差した。
「またすぐに会うかもしれないが、味方である保証はない。その時はガレン、君と思う存分戦いたいものだ」
「俺は遠慮したいね」
ガレンは立ち上がりながら、そう応じた。




