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1-3. 教皇と皇帝、そして再び戦争へと――

 ラガンドーラ帝国は、敬虔なベレク大聖教の教徒でもあるザールフェテス皇帝によって統治されている大陸屈指の大規模国家である。


 皇帝の下には十人の将軍、通称「ラガンドーラの十将」が従っていた。先の第三次統合戦争でガレンによって討ち果たされたエディオ・ガーラはその一人である。


 ザールフェテス皇帝は、白髪混じりの黒髪に、暗黒とも言われるほどに黒い瞳を持つ、外見的には理知的な男だった。その実態はラガンドーラの十将を用いた積極的な版図拡大を目論み、武力による国内外の安定を推し進める野心家である。


 ザールフェテス皇帝は豪華な金刺繍の施された暗黒色の礼服(トガ)を纏って、応接用の椅子に腰を下ろしていた。テーブルを挟んだ向かい側には、純白の法衣を纏った青年が座っていた。


 青年の外見は二十代前半――ザールフェテス皇帝の半分ほど――に見えたが、この青年、ジクラータ教皇が歴史に現れたのはもう百年ほども昔である。だが、その頃からジクラータ教皇の外見は一切変わっておらず、また、白金(プラチナ)の髪と透き通る水色の瞳を併せ持つその恐ろしいほどの美貌を畏怖し、人々はジクラータ教皇のことを「神の奇跡」と呼んでいた。


 じっとしていても汗をかくほどの熱気が部屋に充満しているにも関わらず、ジクラータ教皇は涼しい顔をしていた。


「さて」


 ジクラータ教皇は銀杯に注がれた上質の葡萄酒を喉に流し込んでから言った。


「突如戦場に出現した騎士、ですか」

「その者一人によって、エディオ以下数多(あまた)の兵士が犠牲になりました」

「でしょうね」


 ジクラータ教皇は薄い微笑を見せた。ザールフェテス皇帝は確かに気圧(けお)された。思わず唾を飲み下すザールフェテス皇帝を見て、ジクラータ教皇は銀杯をテーブルに置く。


「すべては約束されていたことですよ、皇帝陛下」

「げ、猊下(げいか)はこのことをご存じだったと」

「無論です。天から降りくる騎士。彼こそ、救いのための鍵。何としても手に入れなくてはなりません」

「し、しかし、いかようにして。これ以上の十将の被害は甘受しえません、猊下。未だいくつか内乱の鎮圧に――」

「国内情勢は僕の知ったことではありませんよ、陛下」


 ぴしゃりと言い放つジクラータ教皇に、ザールフェテス皇帝は口を閉ざす。


「それとも疫病でも起こし、鎮めてみせましょうか。それとも旱魃を引き起こし、そのあと降雨の奇跡でも起こしてみせましょうか? 助力が必要ならば、()()()()()、寄付の内容によっては手を貸すこともやぶさかではありませんが?」

「それは、しかし」


 ザールフェテス皇帝は首を振る。


「先の戦争の敗退と、内乱の対応のために、現在国庫が傾いています」

「なるほど。あれから二年経ってもなお、ですか」


 ジクラータ教皇は目を細める。鋭利な輝きを放つ瞳に、ザールフェテス皇帝は射(すく)められる。


 第三次統合戦争はもう二年も前の話だった。あの大惨敗により、ラガンドーラ帝国の政情は不安定になり、ニーレド王国に手を出すのが難しくなっていた。国境付近の緊張は確実に高まっていたが、ニーレド王国にあの騎士――ガレン・エリアルがいる以上、迂闊に国境を侵すわけにもいかなかった。


「二年間の猶予を与えます。あの異界の騎士を戦場に引き摺り出してください」

「あの騎士を、ですか、猊下」

「ええ。倒せるとは思っていません。ただ、戦場に拘束しておければそれでいいのです」

「しかし、それでもかなりの犠牲が」

「ラガンドーラの十将。一番若い娘がいましたね」

「エディオ・ガーラの代わりに昇格させた者、ですが」

「知っていますよ、皇帝陛下」


 ジクラータ教皇は頷く。そしてまた、銀杯を持ち上げた。先ほど飲み干したはずなのに、銀杯は葡萄酒で満ちていた。


「よほどの人材不足と見えます。あの娘は、聖ティラール王国の騎士の子でしょう?」

「猊下はそこまでご存じでしたか……」

「無論です。あの娘のあなたへの忠誠心にはいささか疑問がありますね」

「であるがゆえに、あの者の妹をランサーラ将軍の監視下に置いてあります」

「人質、ですか。優雅なやり方ではないですね」


 もっとも、そんなことは把握しているけれどね――ジクラータ教皇はそう付け加える。


「ですが、それでいいでしょう。むしろ、教会にとっては都合がよいのです」

「つ、都合と言いますと」

「なに、ベレク大聖教による()()が近い、そういうことですよ」


 ジクラータ教皇はまた葡萄酒を飲み干した。だが、テーブルに置いた時にはすでに、銀杯は赤い液体で満たされていた。


「あなたが誰よりも協力的な信徒です、陛下。であるからこそ、誰よりもその救いを近くで見ていてほしいのです。その立役者になって欲しいと、僕は考えています」


 きらりとジクラータ教皇の瞳が輝いた。ザールフェテス皇帝は息を飲む。


「わ、わかりました。二年以内に再度ニーレド王国との戦端を開きます。司令官として、ザラ・ベルトリージェ将軍を」

「ええ、そうしてくださると助かります」


 そしてジクラータ教皇は「ああ、そうだ」と手を打った、


「ザラ将軍といえば、先の統合戦争では魔神ヴィーリェンと交戦したと聞いております。それゆえに、異界の騎士と()わずに済んだ、とも」

「しかし、ヴィーリェンは取り逃がし、指揮下の部隊は壊滅。本人も重傷を負いました」

「そうでしょうね。魔神ヴィーリェンは娘一人でどうにかできるものではない存在です。でも、なぜヴィーリェンは彼女だけは殺さなかったのでしょうね」

「それは……わかりません」


 そう応えるザールフェテス皇帝を、ジクラータ教皇は一瞥(いちべつ)する。凍り付いた視線だった。


「ところで皇帝陛下」

「はい」

「陛下の大陸統一の夢は、まだ諦めていないという理解をしていてよいのですね?」

「む、無論です。大陸を統一し、全人類にベレク大聖教の証を刻む。それによって現世(うつつよ)の人々が救われるのです、猊下」

「わかりました。ならば、ニーレド王国は放ってはおけませんね」

「……は」


 ザールフェテス皇帝は(こうべ)を垂れる。


「人類の平和のため、ニーレド王国は」

「生贄はいつの世も必要なものです。私とてすべての民が救われるなどとは考えてはおりません。しかし、敬虔なベレク教徒であれば等しく救われるであろうと信じております」

「陛下は信徒の(かがみ)ですね」


 もうじきだ。


 ジクラータ教皇は(うつむ)きつつ、口角を上げた。下を向いているザールフェテス皇帝はその表情を(うかが)うことはできない。


 第四次統合戦争が、ツァラトゥストラを引き寄せてくれるだろう。そのための鍵は、もうすでに存在を確認できている。


「げ、猊下?」

「ああ、うん。考え事をしていました。さて、それでは、よろしく頼みますよ」

「はっ」


 ザールフェテス皇帝が頭を下げ、視線を戻した時には、もうそこにはジクラータ教皇はおらず、空の銀杯だけが置かれていた。


「イジュヌ」

「こちらに」


 ザールフェテス皇帝の呼びかけに、白い長髪の女性が姿を現した。黒い目隠しをしているため、瞳の色も、それどころか感情も見えない。


「ヴァレゴネアの封印を解く用意をしておけ」

「承知しました。二年、いただいてもよろしいですか」

「構わん」


 期限は二年と言われた。ギリギリであっても文句は言われまい。それにヴァレゴネアはそれだけの価値のある戦略兵器と言ってもいい。魔神ヴィーリェンともども「晦冥(かいめい)の七柱」と呼ばれる最強格の魔神の一柱だ。


「私にも覚悟の時間が()りますゆえ」

「……頼りにしている、イジュヌ」

「もったいないお言葉にございます、皇帝陛下」


 イジュヌ・タランティアはそう言うと一礼して姿を消した。


 そしてラガンドーラ皇帝とニーレド王国は、第四次統合戦争に向けて突き進むのだった。


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