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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
7. 魔竜ガーグドレイク

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7-2. 一矢、魔竜を射抜く

 ガレンたちは空を飛ぶ謎の物体を追うようにして森に踏み入る。手にした松明の灯りも心(もと)ない。


 森に入って半刻と経たぬうちにガレンたちは帝国兵とすれ違う。兵士たちは口々に「退却」を口にしていた。松明を持っているために非常に目立つガレンたちにも当然気が付いてはいたが、それよりも先に逃走を選んでいた。


「ガーグ何とかを蘇らせたはいいが、どうしようもなくなって逃げてるってことか」

「おそらくは」


 ザラはすっかり武人の顔に戻っていた。


「レイザは状況が分かり次第隠れろ。守りながらは戦えないと思うからな」

「了解、ガレン。私のことは気にしないで戦って」


 聞き分けが良くて助かる――ガレンは頷いた。


「見えてきました」


 ザラが前方を指さす。まだ周囲にはいくらかの兵士が残っているのが見えたが、誰もがその方向を見つめていた。


 森の一部が淡く赤く光っていた。


 拍動のように強弱を繰り返す。


 そこは崖になっていて、崖下全体が輝いているかのようだった。


 ガレンたちはその崖の際まで進み、眼下を見る。そこには成人男性ほどの大きさの黒い石碑が一つ置かれていて、その前には一人の精悍な騎士がいた。赤い明滅は石碑から発生していた。


「見て」


 レイザがかすれた声を発しながら空を指さす。黒い影――魔竜の欠片――が次々と赤い光に飲まれて消えていく。


「すごい圧力」


 ザラが顔を顰める。離れた場所にいる三人にも魔力の波が容赦なく叩きつけられる。となれば、石碑の前の騎士はもっと膨大な魔力に殴打されていると考えてもよさそうだった。


「ガレン、あなた、魔竜を倒したことはありますか」

「そこら辺の小さいやつなら、な」

「少なくともこれは、小さくはなさそうですね」


 ザラはそう言って、腰の剣を確かめた。ガレンも魔剣ヒューレバルドに手をかける。


 見渡せば崖上には幾人かの弓兵が残っていた。退却命令を聞かなかった命知らずの連中なのかもしれない。弓兵たちも堂々と松明をつけているガレンには気が付いていたが、誰も関心を向けてはこなかった。


「どうするの?」


 レイザが青()めた顔で()いてきた。


「とりあえず状況――」


 その瞬間、崖下が爆発した。すさまじい熱風が噴き上げてくる。レイザは悲鳴を上げて頭を守る。ザラは面頬を下ろし、戦闘態勢に入る。ガレンもまた魔剣を抜き放った。


 崖下はこの世のものとは思えない様相を(てい)していた。まるで火山の火口のようだった。


「騎士は!」


 石碑の前にいた騎士はどうなった。ガレンは溶けて輝く大地を見回す。


 ごう、と大気が鳴る。騎士がまるで矢のように飛んでいた。崖上の弓兵たちの放つ矢と共に、姿を見せた灼熱の魔竜に突き刺さる。


「呪・極光の嵐」


 騎士の放つ魔法が人の十倍ほどもある魔竜に炸裂した。溶岩のような身体が、たちまちのうちに凍り付く。しかし騎士は油断せず、その首に、前腕部に、斬撃を叩きこんでいく。


「強いな、あの騎士」

「あの魔導剣技は……」


 ザラの声音に緊張が(はし)る。


「ザラ姉さま、もしかしてあれって、レヴェウス兄さまじゃない?」


 目を細めて戦況を見ていたレイザが冷静に言った。


「あの鎧もなんだか見覚えがあるわ」

「あの魔導剣技もそうですね。レヴェウスです」


 どうやら二人の知り合いだとガレンは理解する。敵か味方かはこの際置いておいていいだろう。


「それで、加勢した方がいいのか、これは」

「しましょう」


 ザラはそう言って走り出した。


「レイザはそこにいて!」

「わかった」


 それを聞き届けて、ガレンも走る。崖下にアクセスできるような場所がなかなか見つからない。


 そうしている間にも、レヴェウスと魔竜の戦いは進んでいく。相互の生み出す衝撃波が、ガレンたちの鼓膜をガサつかせる。


 ようやく崖下に辿り着くも、ほとんど足の踏み場もないほどの高熱地帯が広がっている。迂闊に落ちたら大火傷では済まされないだろう。


「呪・凍結の薔薇」


 騎士がガレンたちが立ち尽くす場所に向けて魔法を放ってくる。それは一瞬にして地面を()て付かせた。


「すごいな」


 感心するガレン。ザラは恐る恐る地面に足を延ばし、安全を確認すると駆けだした。


 レヴェウスはと言うとさっきから一度も着地していない。マントをはためかせ、常に空中にあった。


「だけど、あれは長くは続けられない」


 ザラは呟いた。


 レヴェウスは優れた騎士だったが、それでも単騎で魔竜、それも伝説級のそれを倒すのは至難の業だ。


 衝撃波が三度連続で周囲の空間を揺らす。レヴェウスの連続攻撃が魔竜をしたたかに打ち付けたのだ。


 しかし――。


「効いてないな」

「そんな」


 ザラは崖上を見て、レイザの姿を確認する。彼女はどこから調達したのか、長弓を手にしていた。


「私たちも」

「ああ」


 ガレンは魔剣ヒューレバルドを抜き放つ。すると、解き放たれた赤黒いオーラが、魔竜の赤いオーラと激突した。


『!』


 魔竜ガーグドレイクがガレンたちに気が付いた。


 その顎が限界まで開き、喉の奥から幾本もの鋭い槍のようなものが現れた。


「まずいぞ」

退()きましょう、ガレン」

「どこに逃げろって」


 ガレンはそう言うと、逆にまっすぐに突き進んだ。一瞬遅れてザラも続く。


 しかしどうする。レヴェウスのような飛行魔法があるわけでもない。到底あの顔面には届かない。


 魔竜の口中に出現した槍状のものたちの中心が輝き始める。それは殺意に満ちた輝きだった。


 絶体絶命の状況を打開したのは一本の矢だ。レイザの放った矢が、魔竜の左目に突き刺さっていた。


『!?』


 魔竜が唸る。そして――。


「レイザ!」


 崖の上に光の怒涛を吐き出した。あたりはたちまち昼以上の明るさになり、崖上は大きく削り取られた。


「世話の焼ける」


 レイザを小脇に抱えて、レヴェウスが降りてくる。


 魔竜は刺さった矢を抜こうと地面に顔面をこすりつけている。


「だが、助かった」


 そう言うなり、レヴェウスが地面すれすれを、文字通り突風のように飛んだ。ガレンはそれを追う。ザラはレイザを連れて後退していく。


 ようやく矢を引き抜いた魔竜は再び顔を上げようとする。その周囲に無数の魔法円が生じた。


 その魔法円から放たれた攻撃魔法は、()()()()がガレンを狙っていた。結果、レヴェウスは完全にフリーな状態になっていた。


「感謝するぞ、()()()()()!」


 レヴェウスのマントが音を立てる。魔竜の胸の前で急上昇したレヴェウスは、そのまま顎の下に剣を突き刺した。


「呪・焔哭(えんこく)(はな)


 その傷口に激しい爆発が生じる。魔竜の下あごが半ば消し飛んだ。


 その頃ようやく魔竜の足元に到着したガレンは、自分だけが狙われていることを利用して、魔竜の背中側に回ろうとする。


 魔竜もそれをさせじとぐるぐると追従してくる。それにより魔法の狙点がぶれていた。動き続ける限りは当たらない。


 不意に魔竜の右目が光った。その視線の先にあるのは――ザラだった。


 すさまじい光の奔流が夜を穿(うが)つ。その光はザラに到達するほんの数歩のところで散っていた。だが、魔竜の右目からは絶えずエネルギーが供給され続けている。


()()()()()! ヤツを!」


 レヴェウスがザラを守っていた。人の限界を超えているかのような速度、すさまじい状況判断力、そして魔竜の攻撃すら弾き返す防御力だった。


 ガレンは魔竜の右前腕に斬りつけた。魔剣ヒューレバルドから放たれるオーラが段違いに膨れ上がる。


『!』


 ガーグドレイクがようやく光を放つのをやめた。代わりに今度はガレンに向けてその右目を輝かせる。


 ――レイザが片眼を潰してくれていて助かった。


 ガレンはそんなことを思うが、実のところそれほどの余裕はなかった。


 魔竜が無事な左前腕で地面を叩いた。地面が打ち砕かれ、無数の石(つぶて)となってガレンを襲う。


 ガレンは魔剣を振るってそれらを相殺(そうさい)する。この隙にあの騎士が一撃仕掛けるはずだ。見逃すはずがない。


 そんなガレンの期待通りに、レヴェウスの一撃が魔竜の額に炸裂した。


『!?』

「まだ死なんか!」


 なんていうしぶとさだ――ガレンはそう思いつつ、地面に半ば倒れ込んだ魔竜の頭部や頸部(けいぶ)に攻撃を加え続けた。


 やがてレヴェウスもそれに加わり、魔竜はたちまちのうちに肉片と化していく。


『!!!!』


 魔竜はなおも右目から光を放った。それは周囲を無茶苦茶に切り裂き、崖上で様子を見ていた兵士たちの多くを焼き尽くした。


 だが、抵抗はそこまでだった。


「手を焼かせてくれて」


 レヴェウスは剣を収めて兜を脱いだ。


()()()()()だな。ザラといるからそうだろうとは思った」

「敵同士とは思うが」

「なに、それは勝利の美酒を味わってからでも遅くはない」


 レヴェウスは褐色の肌の落ち着いた雰囲気の青年だった。外見の年齢はガレンとほとんど同じ、二十代半ばかもう少し上。灰色の髪は長く、背中で簡単に結ばれている。明褐色の瞳は、物理的に淡く輝いていた。強い魔力の発露だろうと、ガレンは分析した。


「まったく、将軍になれたと思ったらとんだ貧乏くじだ」


 ぐずぐずと溶けて白骨と化した魔竜の残骸を見ながら、レヴェウスは肩をすくめる。芝居がかったしぐさも、レヴェウスがすると不思議と絵になった。


「さて、ザラ」


 レヴェウスは近付いてきたベルトリージェ姉妹を見る。


「一杯やりながら、事情を聞かせてもらうぞ。なぜ、君がここに彼と、そしてレイザと共にいるのかをな」

「……はい」


 ザラは力なく頷いた。

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