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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
6. 女王と皇帝

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6-2. 世界を守る者たち

 魔竜ジェルケギニアか。カレンファレンめ、やってくれる!


 ナーヤはウルの絶対防御領域に守られていた。ネフェス女王もその後ろで悠然としている。


「さすが、ウル。頼りになるぅ」

「お前の結界がなかったらさすがに消し炭だったさ」


 (えぐ)り取られた大地の(ふち)に立ち、目の前の威容を見上げる三人。暗黒と赤を行き来する色合いの鱗に覆われた、小さな城ほどの大きさを持つ地の竜だ。大陸の南、ボーラード火山の河口に棲むと言われている伝説の魔竜。


「さて、どうしたものか」


 ウルは呟く。必殺の一撃でも、ナーヤの力が加われば無力化できることは今の一撃で証明できた。だが、それでは防戦だ。持久戦になっては勝ち目がない。


 ウルは幅広の剣を握りなおす。巨大な盾が魔力を帯びて輝いている。


()()()()の称号も、悪くない」

「へ、陛下!?」


 ウルは慌てて振り返る。そこには魔法の鎧で身を固めたネフェスが立っていた。右手には王家に代々伝わる聖剣・ザーヴェンガンドがある。


「私とて無力ではないのだ、ウル」

「存じていますが」

「だが、私は一人では戦えぬ。ウル、ナーヤ、頼むぞ」


 魔竜が吼えた。天地を揺るがす大音声だ。遥か高みの雲さえ割れたのではないかと言うほどの威力だった。


「あぶな」


 何事かと周囲に集まってきてしまっていた兵士たちは、ほとんどが今ので昏倒、あるいは死んだだろう。()には殺傷力があるのだ。


 ナーヤはそれを見越して女王とウル、そして自分を守った。


「強烈な先制攻撃だな」


 ネフェスの右手の剣が陽光を受けて鋭く輝く。ウルがその前に出て、ネフェスの合図とともに走り出す。


 幸い、ジェルケギニアの動きは早くはない。しかし、その巨大さが問題だった。女王はどうやって攻撃を仕掛けようというのか。


 ナーヤは女王の剣に魔力を付与する。その剣が物理的に輝き始める。ネフェスの動きが明らかに変わった。ウルに守られながら、着実に魔竜に近付いていく。


「ウル、まだ持つ!?」


 右腕での一撃を真正面から受け止めながら、ウルは「もうちょっとなら」と応じてくる。さすがは防御特化の騎士だ。普通なら何十回かは挽肉にされている。


 ジェルケギニアには生半可な魔法攻撃は通じない。文献にそうある。だが――。


 三百年前と今とでは、魔法の原理は違う。


 ナーヤは大きく印を結ぶ。空中にいくつもの魔法円が生み出される。それを察知した魔竜もまた、同じように魔法円を生み出し始める。


 ナーヤの魔法円からは光の矢が。ジェルケギニアの魔法円からは闇の矢が。


 ネフェスとウルはそれをもかいくぐってひたすら走る。ネフェスの動きに迷いはなかった。ウルが守ってくれる――全幅の信頼を置いていた。


 ナーヤの作り出したその大きな隙は、ネフェスたちにとって大いに役立った。


「ナーヤ!」


 竜の胸元まで接近したネフェスが声を張る。ナーヤは隙をついて聖剣・ザーヴェンガンドに剣が耐えられる限界まで魔力を送り込んだ。


「ちっ!」


 その瞬間、迎撃し損なった闇の矢がナーヤの左腕を(かす)めていく。


「はぁっ、く、防ぎきれなかったか。さすがは伝説の魔竜……」


 ナーヤは奥歯を噛みしめて最初の激痛をやり過ごす。


「でも、腕を持っていかれなかっただけマシか」


 激痛が集中を阻害する。


 耐えろ、耐えろ!


 ナーヤは傷口を魔法で焼いて止血する。気が遠くなりそうな痛みが襲ってくるが、自分が倒れるわけにはいかない。


 ナーヤの群青の瞳がぎらぎらと輝いた。その全身から青白いオーラが()き上がる。


「防衛機制、停止!」


 ごうと音を立ててナーヤの周囲が消し飛んだ。ウルが振り返って怒鳴る。


「ナーヤ、無茶するな!」

「今無茶しなくて、いつするんだっ!」


 ナーヤの全身から噴き出したオーラが、魔竜の闇の矢を一つ残らず迎撃する。


「呪・戦乙女の戦列」


 またも空中に出現した十を超える魔法円から、剣や槍を構えた翼ある女騎士たちが現れる。


 しかし、彼女らの攻撃は牽制だ。本命は、あくまでネフェスだ。


 ナーヤは脂汗を流しながら言い放つ。


「あたしたちを魔竜一匹で倒せるだなんて思わないことね、カレンファレン」


 その(おご)りが詰めの甘さになっているんだよ、カレンファレン――。ここにカレンファレンが増援を送りでもしていたらさすがに危ないところだった。


 もっとも、状況は依然として不利。


 ナーヤは戦乙女たちを操りながら、着実に魔竜のダメージを積み上げていく。素早く飛び回る戦乙女たちに、魔竜は追いつけない。だが、この魔法は術者の体力を激しく消耗させる。ナーヤとて長くはもたない。その一撃の威力も明らかに下がってきている。


「女王陛下!」


 ナーヤが呼びかける。それと同時に、ナーヤを守っていた青白いオーラが怒涛のようにネフェスに押し寄せた。ネフェスはそれを受け止めると、大きく息を吸い込む。全身の疲労が消え、それどころか力が(みなぎ)ってくる。認識能力も向上し、魔竜の動きが緩慢に見えてくる。


 しかし、これでナーヤは無防備だ。魔力も尽き、防御結界もない。


 魔竜の(あぎと)がウルとネフェスに襲い掛かる。


「女王、陛、下!」


 ウルの防御魔法が二人を守りきった。戦乙女たちによって、さしもの魔竜も消耗していたのか――さもなくば今の一撃で二人とも吹き飛ばされていた。


 ウルはなおも防御に集中しながら、ネフェスに目で合図した。ネフェスは頷くと、ナーヤからの魔力のすべてを受けた聖剣を振りかざし、魔竜の下顎を一閃した。


「頭を下げたのが運の尽きだ」


 ネフェスの電光石火の連続攻撃が竜の頭部を破壊していく。


「大丈夫、かな」


 ナーヤは瓦礫の山に座り込んだ。立っているのがつらかった。それどころか気を失いそうなほどの激痛と疲労に襲われていた。


「頼むよ、ウル……」


 ナーヤは唇を噛む。頼もしい相棒は女王を守り続けていた。まさに鉄壁だ。女王を邪魔せず、そして確実に守っている。おかげで女王は一切の防御行動をとることなく攻撃ができている。


 ウルの防御戦技は、控えめに言って――神業だった。


 そしてそれを信じ切っている女王もまた、勇者だった。


 これが民の上に立つ人の器だよね。


 ナーヤは痛む左腕を押さえながら、額ににじむ脂汗を感じている。


「魔竜ジェルケギニアよ! 私はニーレド王国の女王、ネフェス!」


 呼吸を整えながら、ネフェスは名乗る。


「貴様ほど名のある魔竜が、何故ラガンドーラ帝国の言うなりになるのか!」

『我を火山より連れ出し、結界より解放したのだ、あの者どもは』

「その恩義に報いるつもり、だと?」


 ネフェスは唇をゆがめて尋ねた。ジェルケギニアはその炎色の両目で眼下の女王をじっと見る。


『我がここまで傷ついたのは三百年ぶりにもなろうぞ』


 ジェルケギニアの鱗がぬるぬると色を変える。赤から黒へ、黒から赤へ。


『褒美に次で最後にしてやろう』


 ジェルケギニアが口を開ける。


「いけない!」


 ナーヤは前に出ようとして、足が全く動かないことに気付く。


 あの咆哮が来る。ナーヤが守れなければ、全員死ぬ。


『ッ!?』


 魔竜の長い首が真一文字に切り裂かれていた。おびただしい量の青い血が噴き出した。


 魔力を帯びた聖剣の一撃が魔竜ジェルケギニアの首を裂いていた。


『小癪にして不遜!』

「人間とはそういうものだ!」


 ネフェスの再度の攻撃が魔竜を襲う。限界まで充填された魔力が不可視の刃となって、刀身の何倍もの長さの傷をつけていく。


『人間風情が!』

「その慢心が、お前を滅ぼす!」


 ネフェスが剣を振りかぶる。その前腕での横殴りの一撃はウルが止めた。


「ぐおおおおおおっ」


 ウルの防御魔法が限界を迎えつつある。ネフェスは勝負を決するべく、走り、高く跳躍した。


 魔竜の顎がネフェスに襲い掛かる。


 ネフェスは空中でもう一度跳んだ。凝縮されたナーヤの魔力を踏み台にした。青白い光が一瞬浮かび、その力がネフェスをより高く跳ね上げる。


『ッ!?』


 魔竜の額に飛び乗り、その聖剣を思い切り打ち下ろす。


『なんだと……!』


 鱗の薄い額は弱点だ。津波のように青い血液が噴き出してくる。剣を受けた衝撃で、魔竜の左の眼球が飛び出していた。


「女王陛下!」


 ウルが血液の濁流に吹き飛ばされたネフェスを地上で受け止める。


「ウル、大儀である」


 ネフェスはニヤリと笑い、ウルの腕から脱出する。


 そしてやってきたナーヤと共に、(もだ)え苦しむ魔竜の最期を見届ける。


『人間ごときに討ち果たされるとは……』


 ジェルケギニアの呻き声。


『されど、この無限世界(メビウス)は、ゆえに安泰やもしれぬ』

「どういうことだ?」


 ネフェスが好奇心に負けて尋ねる。


『我々、竜と魔神どもは、()()()()()()()()()にいるのだ……』


 思わぬ言葉に、三人は顔を見合わせる。


『このままでは、この世界は、終焉を迎えよう。竜殺しの女王――世界を、救え』

「世界を、救え?」


 ネフェスが「おい」と前に出たが、その時には伝説の魔竜ジェルケギニアは事切れていた。


 甚大な量の魔力がナーヤの内側に流れ込んでくる。左腕の痛みも嘘のように消え去った。


「わかったよ、竜さん」


 ナーヤの目がギラリと輝いた。カタをつけろってことだね――ナーヤは頷く。


「カレンファレン! 見物料は、しっかり頂くよ!」

『くぁっ!?』


 突き出されたナーヤの右腕が空間に消える。小さな穴の中に突っ込んだかのように。


「出てこい、カレンファレン!」


 ナーヤは思い切り右腕を引っ張った。何もない空間からずるずると引き摺り出されてくる人影がある。豪奢なローブを纏った小柄な女性だった。


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