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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
5. 魔剣ヒューレバルド

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5-2. 剣と絆のはざまで

 すぐに騒ぎが起こった。バルグレットと共にいた騎士たちが警鐘を打ち鳴らしたからだ。


「甘かったか」


 ガレンは舌打ちしつつ、速足で城内を進む。途中途中で警備兵と遭遇したが、その全てを目で制した。


「ザラ将軍を人質にでも取ったつもりか」


 大階段の前で、数人の警備兵が立ちふさがる。壁際にずらりと並べられたオイルランプのおかげで、真夜中にも関わらず明るさは十分だった。


「そんなところだ。ランサーラ将軍に会わせろ」


 ガレンは右手をゆっくりと柄に持っていく。兵士たちは青()めて数歩退()がる。バルグレット将軍が討たれたことを彼らはすでに知っていた。そして目の前の白銀の鎧の男が、《《異界の騎士》》ガレン・エリアルであることも。


「無駄死にを選ぶな。俺もそんな殺生は望まない」


 ガレンは剣を抜いて、兵士たちを睨む。が、彼らは持ち場を離れない。大した勇気だとガレンは関心する。


「手を出さなければ斬らない」

「わ、我々は貴様らを通すわけにはいかない」


 兵士が言う。その声は震えていた。


 ザラはその兵士に近寄り、その剣に触れた。


「大事ありません。ありがとう」

「――だろうな」


 階段の上から、完全武装の女騎士が歩いてくる。その手にした巨大な剣は、まぎれもなく魔剣ヒューレバルドである。


「ランサーラ……」

「《《異界の騎士》》に(くみ)するか、ザラ。見損なったぞ」

「妹を人質にしているあなたに言われたくありません」

「いかにも」


 ランサーラは兜の面頬を上げている。その右の口角を大きく上げ、ほとんど白色の目でザラとガレンを睥睨(へいげい)している。


「レイザは確かに私の、否、帝国の人質だ。だが、あれを使って戦おうなどとは思わぬ。ザラ、お前が私と一騎打ちをするというのであればな」

「あなたと一騎打ち……」


 ザラの喉が動く。


「怖いか?」

「ええ」


 ザラは素直に頷いた。


「帝国最強の剣士たるあなたと戦って勝てるとは思えない」

「なら、逃げるか? 見逃してやってもいい」


 ランサーラは値踏みするように言い、魔剣を抜き放つ。紫とも赤ともつかぬオーラが吹きあがる。


 ザラは首を振って、ゆっくりと剣を抜いた。


 ナーヤ、聞こえるか、ナーヤ!


 ガレンは必死に呼びかける。


『見てるよ。だけど、力は貸さない』


 なぜだ。このままではザラは――。


『ザラはきっと負けない』


 曖昧な表現に、ガレンは(いら)立つ。剣を抜きかけたが、ランサーラの視線に制される。


「お前が抜いたら、こいつの妹は死ぬ」

「……ッ!」


 ガレンは柄に手をかけたまま固まってしまう。


「さぁ、ザラ。積年の恨みを晴らすがいい。できるものなら、な」


 ランサーラはその魔剣を構えた。その構えにはわずかな隙もない。ザラは八相の構えをとる。こちらにも隙がない。ザラとて達人なのだ。


 じり、じり、と、時間だけが過ぎる。階段ホールに敷かれた絨毯(じゅうたん)が鈍い(しわ)を描く。ガレンと警備兵たちの間で、二人の女騎士が(にら)み合っている。


 先に動いたのはザラだった。稲妻のような突きがランサーラを襲う。だが、ランサーラはそれを容易(たやす)()なす。


 ザラはそこまで読んでいたのだろう。次いで襲い掛かるランサーラの容赦のない兜割りを横に跳んで(かわ)す。追撃は見事に剣を立てて弾き返した。


 が、魔剣の威力は圧倒的だ。その斬撃は恐ろしく速く、重い。そのうえ、所有者の体力が減ることがないし、傷すらもたちどころに回復する。仮に二人の剣技が互角であったとしても、ザラの勝ち筋は見えない。


 ガレンは苛立ちで唇を噛む。


「ザラ」

「レイザは諦めません。私が倒されたら、あなたが救ってください」

「それでは意味がない」

「私には意味があるのです!」


 ザラはすさまじい斬撃を受け流しながら叫ぶ。まともに受けたら剣が折れる。しかし、勢いを止めなければ追撃がやむこともない。


「防戦一方じゃないか」

『状況があんたたちの味方になる』


 ナーヤの声が頭の中で響いた。


「負けを認めろ、ザラッ!」


 弾き飛ばされて壁に激突するザラ。しかし、それでも剣を拾い上げ、ゆらりと立ち上がる。美しい銀髪が血に汚れていた。落ちたランプからオイルがこぼれ、石床に焦げ目を作る。


「ハァッ、ハァッ……」


 荒い息を吐いて、なおも剣を構えるザラ。対するランサーラの切っ先は微塵も揺れていない。


 ランサーラは左手で乱暴に兜を脱ぎ捨てる。(ほど)かれた赤茶の髪が、オイルランプの炎を受けて刃のように輝く。汗も浮かべず、しかしランサーラの表情は明るくはない。刺々(とげとげ)しい視線がザラを射抜く。


「無駄なことはやめろ。お前はなぜ、その《《異界の騎士》》と共に行動している。そいつはニーレドの聖騎士だというではないか」


 その問いかけに、ザラは答えない。息が上がって、声が出ない――ようにも見えた。


「今、私のところへ来ると約束するのなら、そしてその男の首を取るというのなら、レイザの無事は保証する」

「私はもう」


 ザラは剣を構える。


「この帝国にうんざりなのです。私の故郷を奪い、私たちの平穏を奪い、悪夢に突き落とした。どう理屈をつけようと、折り合いをつけようと、私はもうこの帝国と共には歩めないのです!」

「そのためにレイザを救いに来たと」

「そうです」


 ザラは腰を落とす。右足が絨毯を引き裂いた。石床が削れる。


「何度やっても同じこと!」


 ザラの剣を魔剣で止め、左の拳をザラの腹部に叩きこんだ。


「がっ、はっ……」


 またも壁に激突するザラ。建物全体が揺れたのではないかと言うほどの衝撃が伝わってくる。しかし、彼女は立ち上がるのをやめない。


「ザラ、もうやめろ」

「私は、あなたも、妹も、見捨てない」

「ザラ姉さま」


 階段の上から、少女の声が降ってくる。


「レイザ、出てくるな」

「いえ、お姉さま。私もザラ姉さまと同じ。誰も死ぬべきではないと思うの」


 レイザは踊り場までやってくると、階下の三人の騎士を見下ろした。彼女の眼中には警備兵たちの姿はない。


「レイザ、ランサーラは」

「ザラ姉さま。ランサーラお姉さまは私にひどいことなんて一つもしなかったわ」


 その言葉に目を見開くザラ。


「でもあなたは人質で……!」

「だとしたら、私はもう今ここにはいないと思うわ」

「一緒に行きましょう、レイザ」


 ザラはそう言った。ランサーラは冷たい目で黙ってレイザを見遣り、レイザは首をはっきりと横に振った。


 レイザ、正しいのはお前の姉なんだよ――ランサーラは沈黙し、「だが、レイザ」と、一つ息を吐いた。


「悪いが少し状況が変わってしまったんだよ」

「お姉さま? どういう――」


 ランサーラは魔剣の切っ先をレイザの喉元に突き付けた。風圧がレイザの銀髪を数本千切った。


「お、お姉さまッ!?」

「《《異界の騎士》》ガレン・エリアル。おとなしく捕縛されろ」


 ――そうすればレイザは傷つけない、か。


 ガレンは右手を剣の柄から離し、軽く上げてみせた。警備兵たちがじりじりと近付いてくる。


「悪い」


 ガレンはそう呟き、抜剣した。瞬間、その警備兵たちの首が宙を舞った。レイザが声にならない悲鳴を上げる。ランサーラにも隙が生まれた。ガレンのあまりにも速い一撃に完全に虚を突かれていた。


 そこにザラが最後の力で長剣を投げつける。寸でのところで(かわ)したランサーラだが、その頬に深い裂傷が生まれていた。


「ちっ!」


 ランサーラが我に返った時には、ランサーラの眼前にガレンが迫っていた。


「ザラ、妹を」


 ガレンとランサーラが激しくぶつかり合う。激突の度に広間のオイルランプが一つまた一つと破損して消えていく。


「強いな、《《異界の騎士》》」


 激しい撃剣の中で、ランサーラの呼吸が少し乱れていた。ガレンはかすかに口を開けて息を吸う。


 刃と刃がぶつかり、薄暗くなった階段広間を瞬間瞬間に切り取っていく。その金属音が幾重にも天井に、床に、反響する。


 ランサーラの視線がほんの僅かに揺れる。だがガレンはまだ仕掛けなかった。ランサーラは鋭く息を吸って距離を取ると、再び電光石火の斬撃を浴びせてきた。迂闊に前に出ていれば、ただではすまなかっただろう。


「ランサーラお姉さまを殺さないで!」


 レイザの悲鳴。


 そんな余裕はない――ガレンは舌打ちする。


 ランサーラは今まで相対してきたどの帝国騎士よりも強かった。魔剣ヒューレバルドの威力はもちろんある。だが、それ以前に騎士としてあまりにも強力だった。


 一瞬の油断が命取りになることは、火を見るよりも明らかだった。


 そしてランサーラは騎士としての本能で察知しているのか、ガレンの必殺の《《聖剣》》を打たせない。その余裕を与えてくれない。


 双方ともに無尽蔵ともいえる剣技の応酬が行われる。


 体力は減らずとも、精神力は確実に摩耗する。そして判断力も必ず漸減していく。


 ガレンは慎重に《《その時》》を待った。

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