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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
4. 要塞都市潜入

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4-3. 裏切りの中庭

 ザラの言う要人脱出用の地下通路への入り口はなかなか見つからなかった。夜明け前から探し始め、今やもう日が沈む。


「近く、というのはどのへんなんだ?」


 ガレンは辛抱強くそれらしき形跡を探し続ける。廃屋や謎の石碑などをいくつか見つけたが、すべてが外れだった。


「お、おかしいですね。この近くなのは確かなのですが」

「ザラ、もしかして地図が読めないとか言わないよな?」

「そ、そそ、そんなことありません。将軍たる私が方向音痴だなんて、そんなことは」


 その答えで十分だった。ガレンはそっと溜息を()くと、石壁の残骸に腰を下ろした。ここも外れだ。地下へつながる道のようなものは見当たらない。


『あーあー、ガレンさん?』


 ガレンの耳にナーヤの声が届いた。


『またまたザラ将軍の目を借りているんだけどさ、隠し通路の入り口、そこじゃないよ』

「知ってるのか、ナーヤ」

『知ってるっていうか、この辺うっすら魔力が漂ってる。普通に草をかき分けたり石をどけたりしても見つかるものじゃないと思うよ。で、そこじゃない。この程度の魔力だったら人が通れる空間を隠せるはずがない』


 頼りになる魔法使いだ。ガレンは腰を払いながら立ち上がる。一日中動き回って慣れない作業をしたせいで、さすがのガレンも疲労を感じていた。


「ナーヤさん?」

「ああ。目を借りているそうだ」

「無許可でされるのは少しイヤです」


 ザラは珍しくムッとした表情を見せた。疲労も相まって、かなり不機嫌そうだ。


『ごめんごめん、ザラ将軍。次からちゃんと許可取るからさ』

「べ、別にいいんですけど。助かりますし」


 ガレンたちはナーヤの導きで、街道からそれなりに距離のある場所にある遺跡にたどり着いた。人ほどもある巨岩が円を描くようにいくつも転がっている場所だ。


『ここが近隣で一番魔力が強い。ってことは、ここに入り口がある。ザラ将軍、剣に魔力を注ぐから、円の中心に突き刺して』

「はい。こうです……かっ!?」


 言い終わらないうちに、地面が動いて地下への階段が姿を現した。


『なるほどね。古い仕掛けだ。ゲシュタイルってそんなに昔からあったっけ』

「確か、帝国初期には存在していましたから、三百年は経つのではないかと」

『納得、納得。もうちょっと古かったら開けられないところだった』

「なんでもできるんですね、ナーヤさんは」


 心底関心したようにザラは言う。その声が地下に反響する。


『もう喋らない方がいい。何がいるかわからないよ』

「はい」

 

 ザラは小さな声で返事をした。


『あたしもちょっと今から一戦あるんだ。しばらく面倒見れないからそのつもりで』

「気をつけろよ、ナーヤ」

「お気をつけて」

『あんがと、そんじゃね』


 ナーヤの声がぷつりと聞こえなくなった。ザラは魔力を帯びている剣を掲げる。暗黒の地下通路が十分なほど明るくなる。


「わぁ、助かりますね」

「持続時間がわからない。急ごう」


 ガレンは慎重に前を行く。地下通路の構造はザラもわからないのだという。方向音痴疑惑のあるザラには任せられないので、ガレンは自分の方向感覚を信じて歩くことにする。


 結論として、地下通路ではほとんど迷わなかった。ところどころで謎の生命体と遭遇して撃破した程度だ。それらは脅威にもならなかったが、地下通路の湿度と(カビ)臭さ、そして何かが腐ったような臭いには、さしものガレンも参っていた。


「なるほど」


 古びた民家に偽装された建物の中に、ガレンたちは立っていた。窓から外を(うかが)うと、真夜中を過ぎたころということもあって、通りには数名の兵士以外、誰もいなかった。少し視線を巡らせると、ゲシュタイルの中枢である小さな城が見えた。ガレンたちの目的地である。


「すぐそばだな」


 ガレンは顔をマスクで隠したザラを見る。ザラは頷いた。


「兵士たちに私の顔は割れていますから」

「ああ。しかし、経路上の兵士をどうしたものか」

「迂回してみますか?」

「案内……は、なくていい」

「わ、私だってこの町の構造くらい」

「お前にはお前の仕事がある」


 ガレンはそう言って、ドアに手をかけた。その瞬間、兵士の一隊が駆け抜けていく。


「気付かれたか?」

「わかりません。地下通路の入り口が暴露したことを検知したのかもしれませんね」

「だとしたら急がねばならないか」


 ガレンは慎重に扉を開け、ザラの手を引く。完全武装の二人が民間人を装うことは無理だ。一刻も早く城に辿り着いて、強引に人質を救出するしかない。


 それでもガレンは大通りを避け、狭い路地を行くことを選ぶ。城の前には広場があり、兵士たちがいる。そこをどうするかを考えながら。


 狭い路地は歓楽街に繋がっていた。唯一静けさとは無縁の場所だ。そしてガレンたちが歩くにはうってつけの場所だった。ここでは店は客となる人間にしか関心を持たず、行き交う人々は互いに極めて無関心だったからだ。完全武装のガレンたちが歩いていても、兵士や傭兵が歩いている程度の認知しかされない。


「……ッ! ガレン!」


 ザラがガレンを建物側に引き寄せ、自分を抱かせた。そして囁く。


「バルグレット将軍がいる」

「……あの爺さんか?」

「そう。バルグレット・ドゴスタ。ランサーラとは政敵同士」

「そんな爺さんがどうしてこんなところに」


 ガレンは額の広い小柄な老人を、視線の端で観察する。ただ者ではないことはすぐにわかった。腰に帯びた片刃の刀も気になった。部下は三名。いずれも手()れだということがわかる。


 その老人がガレンを見た。そしてザラに気が付いた。


「知っている匂いがすると思って来てみれば」

「おじさま」


 ザラは観念したようにバルグレットに向き直った。バルグレットは少し酔ってでもいるのか、頬と鼻の頭が赤く染まっていた。


「おじさまこそ、なぜここに」

「ザラ、お主は戦死したと聞いておったぞ」

「そ、それは、その、いろいろあって」

「ヘルミナルもジャマルカも戦死。お前の軍も全滅。イジュヌは行方不明。お前は死んだはずなのに生きて、そこの()()()()()などとつるんでおる」

「っ!」


 ガレンは剣に手をかけた。が、バルグレットは軽く手を振った。


「レイザを取り返すというのじゃろう? ランサーラに一泡吹かせてやりたいものじゃからの。手伝うのもやぶさかではないぞ」

「おじさま……」


 ザラはガレンに頷いてみせた。ガレンも「わかった」と同意する。


「ついてこい」


 バルグレットはそう言って、ゲシュタイル城の門を通過した。


 拍子抜けするほどあっさりとした警備状況に半ば呆れながら、ガレンはバルグレットについていく。


 やがて案内されたのは中庭だった。


「……やれやれ」


 ガレンは肩を(すく)めた。罠だろうとは思っていた。


「おじさま……?」

「お前はいい。その騎士の首は(わし)がもらう」


 電光石火だった。すさまじい勢いで抜かれた刀がガレンの喉元をかすめていく。それだけでも血が散った。あらかじめ備えていなければ、ガレンの首は飛んでいただろう。


「儂の居合を(かわ)すとは」


 バルグレットは刀を鞘に収め、再び腰を沈めた。


「おじさま!」

退()がっておれ、ザラ」

「心配するな、ザラ。ただし、この爺さんは殺す」


 手加減をする余裕はないからな、と、ガレンは言う。


 ザラはしかし、特に抵抗も見せずに頷いた。


「いいんだな?」

「はい」


 ザラはまた頷いた。


 そこにバルグレットがまた走り込んでくる。一太刀で決めに来た一撃だ。おそらく鎧の装甲など役に立たない。


 そしてこのスピードに追従するのも不可能だ。であるなら。


 ガレンは鞘に収められたままの剣を確かめる。


「ザラを(たぶら)かす()()()()()め、死ね!」

聖剣一閃(エクスカリバー)!」


 抜かれたばかりのバルグレットの刀が()し折れた。そしてガレンの切っ先がその無防備な胸を切り裂いた。


「がふっ」


 その裂傷は肺まで達していた。バルグレットは自らの血液に溺れる。バルグレットの部下の騎士たちが駆け寄るが、バルグレットは虫の息だった。


「ザ、ザラ……」

「おじさまは私の唯一の理解者だったと思っています」

「ならば、なぜ帝国を裏切るよう……な。儂はお前を実の娘……」

「実の、娘、ですか?」


 ザラの声の温度が急激に下がった。バルグレットは震える手を伸ばす。ザラは微動だにしない。


「不自由のない生活に、妹の無事も保障した、では、ないか」

「その代償に、私はこの身を(けが)した記憶がございます、おじさま」


 それをして、私のことを実の娘、ですか?


 ザラの声はもはや()て付いている。


「そのまま、死んでください、おじさま」


 あなたが聖ティラール侵攻軍の総司令官だったことを……呪ってください、おじさま。


「行くぞ、ザラ」

「はい」


 二人は騎士たちを目で制し、城の奥へと急いだ。



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