表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
3. 要塞都市ゲシュタイルへの侵攻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/49

3-2. 狩る者、狩られる者

 数で押し潰せばよかったものを――馬上で苦々しい表情で吐き捨てたのは、褐色の肌の偉丈夫、ヘルミナル・ガンティラークである。黒く長い前髪に隠された表情の奥に、赤い瞳が揺れている。第三次統合戦争以前からラガンドーラの十将の地位にいる有力者だ。武に優れ、統治力も高い。


「まぁ、ザラの性格だ。部下の無駄死にを良しとはしねぇ性格だ。それがわかってたから、俺たちが揃って派遣されたんだろ」


 そう言ったのはジャマルカ・ゾーデン。ヘルミナルと同い年で、幼少期からラガンドーラの十将に入るべく英才教育を受けてきた、生まれながらのエリートである。明るい茶色の髪は長く、後ろで束ねられていて、鋭く切れ上がった目からは強い意志を感じさせられる。彼もまた、一大勢力を抱えた地方領主であり、ヘルミナルと共に優秀な統治者であると評されていた。


 三万の兵力は、二人が緊急で持ち出せる最大の数だ。十分な準備時間があれば二十万は用意できただろう。それでも今は、ここにザラ軍の二万の兵士が加わっている。何があろうと負ける道理はないはずだった。


 ジャマルカはヘルミナルと(くつわ)を並べながら、左手で陽光を遮るようなしぐさを見せた。


「エディオ将軍にザラ。二人の将軍を倒した事実は事実。()()()()()とは恐ろしい存在だ」

「だからこその俺たちだろ、ジャマルカ」

「二人でかかれば倒せる、というのはいささか安直であるとは思うがな」


 冷静に返され、ヘルミナルは口を噤む。彼の視線の先には無数の兵士たちが規律正しく歩いている。ジャマルカが鋭い眼光を周囲に巡らせる。


「イジュヌの奴が何か企んでいる気配はあるのだが」

()()使()()なんて自称はしているが、あいつが絡むと大抵ロクなことがねぇよな」


 イジュヌ・タランティアは領地を持たない唯一の将軍であるが、常に皇帝の傍らにある。かつてヘルミナルやジャマルカと共に学んだ間柄ではあるが、学生の時分より、その言動に、二人はいつも(もてあそ)ばれていた。


 イジュヌの口癖は「私は世界を救う」だった。それが何を意味するのかまでは二人は聞かされてはいなかった。


「ん?」


 ヘルミナルが馬を止めた。ジャマルカも一馬身ほど前に行ったところで止まる。


「ジャマルカ、風の色が変わったみてぇだぜ」

「確かに。丘の向こうは森林地帯だったな」


 二人は兵士の足を止めさせなかった。先頭を行くのは二千の歩兵隊だ。ジャマルカが側近たちに命ずる。


「弓兵隊は丘の上で止まれ。歩兵隊は敵を発見し次第後退。騎兵部隊で()(つぶ)す!」


 その指示を聞いてヘルミナルも同調する。そして風の匂いを嗅ぎながら馬上で腕を組む。


「奴ら、数が少ないだけに動きが早ぇな。もうこんなところまで来てるたぁ」

「果たしてあの森の中に五千もいるのかは謎だな」

「寡兵よく大軍を破るってことかねぇ」

「破られちゃかなわんが」


 ジャマルカは愛用の長槍を槍持ちから受け取った。幾百の兵士を打ち倒してきた伝説級の槍だ。一振りすれば竜巻が起こるとさえ言われている。


 対するヘルミナルの獲物は長戦斧だ。魔法で強化されたその長獲物は相手の防御をモノともしない。彼が貫けなかったのは、第三次統合戦争で相見(あいまみ)えた聖騎士ウルの防御だけだ。


「申し上げます! 森の中から()()()()()と思しき一隊が出現。その数、二百!」

「二百で五万を倒そうって?」


 ヘルミナルがジャマルカを見る。ジャマルカは首を振る。


「奴は俺たちを倒した後のことしか考えていない」

「本陣総崩れになったところで殲滅戦を仕掛けてくるって?」

「そういうことだ」

「させるかってんだよ」


 ヘルミナルは全軍に()()()()()を討ち取るように通達を出す。文字通り()で押しつぶすという算段だ。


 だが、ヘルミナルはガレンの突破力を完全に侮っていた。


 彼に率いられた精鋭騎士たち二百もまた、鬼神のごとき強さだった。ガレンに直々に鍛えられた騎士たちは、この世界の騎士たちをはるかにしのぐ強さを得るに至っていた。一人一人が規格外――ラガンドーラの十将と遜色ないほど――だった。


「なんていう強さだ」


 ジャマルカが呻く。弓兵たちからの矢をもものともせずに、騎士たちは本陣にまっすぐに向かってくる。歩兵も騎兵もあったものではない。敵の数も減ってはいたが、おそらくこのままでは突破される方が早い。先頭を突き進んでくる白銀の騎士の強さは、やはり異常だった。


「こっちはまだまだ万単位で部隊がいる! ()(つぶ)せ!」


 ヘルミナルが怒鳴る。


 ジャマルカは丘の頂上から戦場を見下ろす。()()()()()はあと四半刻とかからずに本陣に到達するだろう。そうなったら、俺たちは――。


「ヘルミナル」

「なんだ」

「俺は今まで戦場を恐ろしいと思ったことはない」


 ジャマルカはそう言って口を(つぐ)む。ヘルミナルは自らの髪をぐしゃぐしゃとかき回してから、冥隕鉄の兜をかぶった。


「頼むぜ、相棒。弱気になるな。奴らの体力だって無限にあるわけじゃねぇし」

「それはそうだが。それにしても、()()()()()は強すぎる」


 弓兵隊が一瞬で壊滅する。逃げる者は無視された。


「まずいな」


 兵士たちが逃げ始めた。戦意を失えば追われないことに気が付いてしまったのだ。ジャマルカは側近たちに向けて声を張る。


「督戦部隊に命令。逃げる兵を殺せ」

「了解であります」


 側近たちが四方に散っていく。


 ――だが、督戦部隊は動かなかった。彼らは真っ先に逃げ出していたからだ。そして側近の騎士たちも、本陣から()()()()()()()()()、あちこちに指示を飛ばしている。


「あいつら」


 ヘルミナルは吐き捨てる。


 五万の部下たちはもう何の役に立たない。誰も彼も、ガレン・エリアルに恐れをなしたからだ。


「ヘルミナル。どうやら、最悪の展開だぞ」

「ああ、最悪だ」


 二人はそれぞれの武器を構えなおし、淡々と迫ってくる白銀の――と言っても今や返り血で赤く染まってはいたが――騎士を待ち構えた。


 ジャマルカが尋ねる。


「貴様が()()()()()ガレン・エリアルだな」

「そうだ」


 ガレンは右手の剣を高く掲げた。その刃が陽光に輝いた途端、森の中から数千の兵士たちが怒涛の勢いで姿を現す。そして散り散りになっていたラガンドーラ帝国軍兵士たちを駆逐していく。丘の(ふもと)は一瞬で制圧され、数千の兵が整然と丘を登る。数に於いては圧倒的に優勢なはずのラガンドーラ軍は、完全に震えあがっていた。


「だが、お前を討ち取れば万事解決ってね」


 ヘルミナルは長戦斧を構えた。ジャマルカも長槍を持ち直す。


 その時、ガレンが動いた。ごう、と、風が鳴いた。


「ッ!?」


 ヘルミナルはその一撃を辛くも受け止めたが、生じた真空の刃がその右目を深く(えぐ)っていた。


「それ以上動くと、次は死ぬぞ」

「手加減しやがったってのか!」


 咆哮(ほうこう)するヘルミナル。ガレンの残心を待ち構えていたジャマルカが、目にも止まらぬ刺突を繰り出す。だが、ガレンには当たらなかった。黒い前髪のほんの数本を切り離すことしかできなかった。次いで襲い掛かる腹部への一撃は、剣の柄頭(つかがしら)で軌道を変えられる。


「見えているというのか!?」


 驚愕するジャマルカ。持てるすべてを込めた打ち込みが、まるで児戯(じぎ)のごとく流されてしまった。ヘルミナルは負傷してしまい、自分は手も足も出せない。しかし、撤退は許されない。負けることは許されない。


 ガレンがゆっくりと距離を詰めてくる。


 戦をこれほどまでに恐ろしいと思ったことはない――ジャマルカはきつく奥歯を噛みしめる。自分はいつでも狩る側だったはずだ。獲物となることを考えたこともなかった。


「ちょうどいい」


 その時、ジャマルカの前に一人の小柄な女性が光の渦とともに現れた。目隠しをした大魔導――イジュヌ・タランティアだ。


「どちらが世界を救うのに相応しいか。品定めをさせてもらいます」


 イジュヌは両手で素早く印を結んだ。


 たちまちのうちに、空が、黒く染まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ