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神殺しの叛逆譚  作者: 一式鍵
3. 要塞都市ゲシュタイルへの侵攻

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3-1. 女王の眼、教皇の影

 ナーヤは目を開けて満足げに頷いた。その視線の先にはネフェス女王と、同僚の聖騎士ウルがいる。ナーヤは目の前にある地図の上の駒を慣れた手つきで動かしつつ、言った。


「計画通り、ラガンドーラのザラ将軍はこっちに(くだ)ったよ。ザラ将軍は優秀だし、ラガンドーラに取られている人質……妹だったかな、さえ取り返せれば大きな戦力になるだろうし、それに」

「それに?」


 ウルが怪訝(けげん)な声を上げる。


「ガレンとザラ、絶対何かあると思うんだよね。ガレンが()()()()()であるのと同じように」

「ザラ将軍もまた、異界から来たと?」

「それはわからない」


 ナーヤは珍しく言葉を濁した。


「だけど、可能性はあるよ。ザラ将軍はかの()()()()()、魔神ヴィーリェンとの戦いにおけるたった一人の生存者だということだし」

「魔神ヴィーリェン……。小国ならば単騎で滅ぼすと言われる伝説の魔神か」


 ネフェスはそう言って銀杯を傾ける。室内は風こそ通るものの暑い。飲み物も進む。


「神出鬼没の魔神の件は置いておくとして」


 軽く手を打ったナーヤは、状況の確認作業に戻る。


「増援も予定通り到着する見込み。このままガレンは五千の軍勢でラガンドーラに逆侵攻を仕掛ける。第四次統合戦争の始まりだ」

「ウル、三万の軍を率いて南東部よりラガンドーラに侵攻せよ」

「了解しました」


 ネフェスの言葉に、ウルはゆっくりと頷いた。すべてはネフェスの計画通りで、今のところ何の誤算もない。ガレンの部隊を陽動部隊としておくことで、ラガンドーラは必然的に戦力を分散せざるを得なくなる。そしてラガンドーラの防衛戦が長期に渡れば渡るほど、ガレンは将軍を多く討ち取ることになり、ラガンドーラの侵攻余力はなくなっていく。


「ナーヤもウルと共に行け」

「それは、しかし、陛下は?」

「私を見くびるでない、ナーヤ。それに常々言っているように、近衛騎士たちをも(あなど)るでない」

「でもぉ」

「ともかく案ずるな。今はラガンドーラを圧倒することが第一だ。我が国が優位なうちは、諸外国も動きはすまい」

「ガレンの存在は大きいでしょう」


 ウルは面白くなさそうに言った。ネフェスは苦笑する。


「ニーレドの三聖騎士は誰もが恐れる戦力だぞ、ウル。ただそうだな、ガレンは規格外。それだけの話だ。なにしろあの男は()()()()()だからな」

「それは理解していますが」


 ウルも第三次統合戦争からの四年間、幾度もガレンと手合わせをしていた。ウルは守護魔法の使い手でもある重装騎士で、その防御力は「神にも斬れぬ」と言われるほどだった。だが、ガレンはその防御すらいとも容易(たやす)く抜いてきた。破損した鎧は、十を超えている。どうあっても説明のつかない斬撃、その速さと威力を、それらの破損した鎧たちが証明している。しかし、ガレンはそれでも大いに手加減しているのだ。「聖剣技」を使ってさえいないのだから。


「軍議は終わりだ。ウル、ナーヤ。私はそろそろ休む。こうも暑くてはかなわぬ」


 ネフェスは銀杯を空にしてから立ち上がり、広間を抜けてバルコニーに移動した。夏の風がふわりと吹く。熱気はあったが、それでも室内よりは幾分かマシだった。


「ツァラトゥストラ、か」


 円環の世界――ツァラトゥストラ。この世界(メビウス)とは異なる世界。ベレク大聖教が、いや、ジクラータ教皇はその()()にこそ救いを求めているのだという。そしてガレン・エリアル。()()より現れたと言われる騎士の存在。はたしてこれは偶然なのだろうか。


 ネフェスは深呼吸をすると右手の指を鳴らした。空中に手のひらほどの歪みが生じ、ガレンたちのいる陣地が映る。今まさに増援部隊と合流したところだった。これから彼らは要塞都市ゲシュタイルを攻めに向かう。ゲシュタイルには恐るべき魔剣使い、ランサーラ将軍が待ち受けている。ランサーラだけでも足止めできれば御の字だ。


「女王」

「ナーヤ、準備はいいのか」

「身軽さが売りなので」


 ナーヤはネフェスの隣に並び、その遠隔映像を眺める。ネフェスは横目で若き大魔法使いを見やり、呟いた。


「ラガンドーラはガレンにどう対処するかな」

「イジュヌ将軍の動向が不明なんですよね。どうしてもあの女だけは見つけられず」

「イジュヌ……大魔導か」


 ネフェスは苦い顔をする。ナーヤも珍しく浮かない表情だ。ナーヤは顎に手をやって眉根を寄せる。


「魔神殺しにして魔竜殺し――このふたつの称号も持つ者は、この世界に二人しかいない」

「もう一人はガレンだな」

「です。が、イジュヌは魔法使い。何を仕掛けてくるかわからないんですよねぇ。騎士だったらガレンに不安はないのですが」

「……ガレンが正攻法で戦える相手ではなさそうだしな」


 ネフェスは腕を組む。褐色の肌が白く見えるほどの強い陽射しがバルコニーを焼いている。豪奢な金髪が風に遊ぶ。


 その時、ナーヤが「ん?」と眉間を押さえた。


「……ラガンドーラがもう動いたようです」

「動いた?」

「どうやら、ザラ将軍が敗退することは規定事項だった模様。ザラ軍の撤退が早すぎる」


 ナーヤは目を閉じてそう告げた。まるでそこにいるかのように、ナーヤは状況を察知する。


「ヘルミナル将軍とジャマルカ将軍……かな、これ。全部で三万はいる」

「ザラ軍残存部隊と合わせて五万……」


 ネフェスは思案する。ガレンの部隊は全部で五千そこそこ。ガレンがいくら人類を超越した戦士であるにしても、四万五千の差は埋められまい。


「ナーヤ、お前ならどうする」

「撤退すればザカンスラ辺境伯領が制圧されます。そうなれば我々は喉元にナイフを突きつけられたようなもの」

「だが」


 ネフェスはナーヤを振り返る。黄昏(たそがれ)色の瞳がギラリと物騒に光る。


「お前はこうなることを想定していた」

「もちろん」


 ナーヤは肩をすくめる。


「将軍を落とせば、軍団なんて烏合(うごう)(しゅう)です。ましてガレンはあのエディオ・ガーラを赤子の手を(ひね)るかの如く容易に打ち倒した騎士。彼を討ち取ろうと思う酔狂(すいきょう)な兵士などいないでしょう?」

「将軍まで辿り着けるとは限るまい?」

「つけますよ」


 ナーヤは確信をもってそう応えた。ネフェスは一瞬目を見開いたが、すぐに口角を上げて息を吐いた。


「お前には私が見えていない未来が見えているのかな」

「あたしは希望を見ているだけですよぉ」

「希望、か」


 ネフェスはそれ以上の追及をしなかった。ナーヤはネフェスに軽く一礼して言う。


「それじゃ、行きますねぇ」

「気を付けていけ」

「ありがたきお言葉~」


 いつものように、ナーヤは姿を消した。今頃すでに自分の邸宅にいることだろう。移動の魔法とは、便利なものだ。


 ネフェスは嫌味なほどに晴れ渡る空を見上げる。


 ラガンドーラは真の敵ではない。ベレク大聖教――ジクラータ教皇。百年前に出現し、数々の奇跡を起こし、そして自身もわずかも老いることのない男。ジクラータ教皇は、ベレク教をベレク大聖教にまで、世界宗教になるほどに拡大させた男だ。


 ネフェスはジクラータ教皇こそが世界にとって危険な人間だと考えていた。ジクラータ教皇がいなければ、ザールフェテス皇帝もまた、こんな不毛な戦争を仕掛けてはこなかっただろう、とも。


「ガレン、お前がすべてを解決してくれるのか?」


 ネフェスはまた指を鳴らし、移動を始めたガレンの軍を眺めた。遥か高みを飛ぶ鳥の視覚を借りて手に入れている映像だ。使える状況は限定的とはいえ、非常に便利な情報入手の手段だった。


「戦が終わったら、ゆっくり話をしようではないか、ガレン・エリアル」


 そう呟くと、ネフェスは映像を消し、広間へと戻っていった。


 ――その姿を遠くから見ている者がいた。


「ネフェス女王……あなたは実に勘がいい」


 その視線の主は、ジクラータ教皇だった。


「あなたがもう少し愚昧(ぐまい)であったのなら、僕はもっと楽ができたのですが」


 ジクラータ教皇は目を閉じて暗闇の中に座っていた。よく見れば空間の随所で数色の光が点滅している。その照り返したちが、ほのかにジクラータ教皇の姿を浮かび上がらせている。


「プロミシャス、カデューシャス、そしてこのジークフリート。ようやく、一つの巡りの中に()のすべてが揃った。そして鍵たる僕たちも。回帰の(とき)は、近いようですね。真の救いは、これによって成し遂げられるでしょう」


 ジクラータ教皇は、満足げに頷いた。白金の髪がゆるやかに揺れた。

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