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1-1. 黎明に降臨す

 巡環歴三百六十六年――。


 今まさに、レベン大平原にて、ニーレド王国軍とラガンドーラ帝国軍が激突しようとしていた。


 その矢先――。


 空から夜闇が駆逐され――白銀の騎士が突如として現れた。


 そして騎士は繰り返すのだ、「敵を殺す」と。騎士はカラスのような黒髪を振り乱し、さながらトパーズのように輝く金色の瞳で戦場を睨みまわした。


 爆発によって穿たれた穴の中央――騎士はそこに立ち、ラガンドーラ帝国軍を睨んでいた。両軍の兵士たちが騎士を挟んでじりじりと突撃のきっかけを待っている。そして両軍ともに、この騎士が敵なのか味方なのか判断できずにいた。


 先に動いたのはラガンドーラ帝国軍だった。司令官、エディオ・ガーラ将軍が、騎士もろともにニーレド王国軍を蹴散らすように命じたのだ。数において圧倒的優勢なラガンドーラ帝国軍兵士は騎士ごと戦場を蹂躙しようとした。


 だが。


「お前たちが俺の敵か!」


 騎士が動く。金色(こんじき)の双眸は、まるで燃えているかのようだった。


 エディオに命じられたラガンドーラの兵士たちは、怒涛の勢いでクレーターを駆け降りる。そして騎士に向かっていく。先行した矢の群れが騎士を襲う。だが、どういうわけか騎士には当たらなかった。そのすべてが騎士に当たる前に()れてしまうのだ。まるで見えざる力に弾かれているかのように。


「死ねぇっ」


 大剣を振りかぶる兵士長。だが、騎士はその一閃をこともなげに避ける。そして抜き放ったその長剣で、兵士長の両腕を切断した。返り血が騎士の肌をまだらに染める。


「お前たちこそ、俺が倒すべき相手ということか!」

「っ!」


 両腕を失い狼狽する兵士長の顔面を一突きしてとどめを刺した騎士は、周囲を取り囲む兵士たちを睨み()えた。そして、長剣を一振りする。刹那、十を超える首が宙を舞った。


 兵士たちは恐怖にのまれながらも、なお逃走すら許されぬ圧力の下、命を賭して突撃を続けさせられた。もはや組織立った動きではなく、ただのやぶれかぶれの攻撃だった。


 ――結果として数秒と待たずに百を超える屍が積み上げられた。


 それらを見まわし、騎士は頭を押さえてうずくまる。


「ううううう……」


 女性の姿が騎士の記憶の中に蘇っていた。自分の名前も、それどころか自分の顔も知らない騎士は、しかしその女性の姿や声だけは覚えているように感じた。


「誰だ……」


 白く輝く髪、透き通った空色の瞳、雪のような肌――記憶の奥底に沈む()()。しかし、それが誰なのか。名前も、自分との関係性も、まるで思い出すことができない。


 その間にもラガンドーラの兵士たちは絶え間なく襲い掛かってくる。もうすでに自棄(やけ)にでもなってしまったのか、彼らは騎士に突撃する。しかし結果は変わらず、数多(あまた)の屍が生み出されただけだった。騎士が剣を振るえば、たとえその切っ先が届かなくても文字通りに首が飛ぶのだ。


「奴は、奴はどこだ」


 そう言っている騎士にも()が何なのかわかっていない。ただ、この世界のどこかに、()()()()がいることだけがわかっている。


「奴はぁっ、どこにいるっ!」


 吹き飛ぶ兵士たち。白銀の騎士は、今や返り血で真紅の騎士へと変じていた。濡れたカラスの色の髪から、ぽたぽたと赤い液体が滴っていた。しかし、手にした長剣には血糊はなく、曙光を受けて神々しいまでに光を放っていた。


 騎士は自らの生み出したクレーターから脱すると、ラガンドーラ兵のただなかに躍り込んだ。恐慌状態に陥る兵士たちにも容赦せず、騎士は剣を振るい続けた。


 騎士はひたすらに敵の群れを粉砕していく。ニーレド王国の兵士はそれに従い、ラガンドーラ兵の防衛ラインを次々と打ち破っていく。


「敵は……お前か!」


 半刻とかからず、騎士とニーレド王国の兵士たちはラガンドーラの本陣に雪崩(なだ)れ込んでいた。


「貴様は何者か」


 本陣にて待ち構えていたのは、小山のような巨漢だった。騎士も小さくはないが、この男、エディオ・ガーラ将軍はその倍近くも巨大だ。遠く西方に住んでいるという巨人族の血を引いているという噂すらあった。


「何者かと問うている」


 しかし騎士はその問いには答えない。代わりに尋ねた。


「お前は俺の敵か」


 ――と。


「いかにもそうだろう」


 エディオは両手それぞれに巨大な三日月型の刀を抜いた。重甲冑を身に着けた小山が動き出す。騎士は長剣を下段に構えて間合いを(はか)る。


 騎士はそれまでとは違い、慎重になっていた。エディオがただならぬ相手であることを理解したからだ。騎士の直感は正しく、エディオ・ガーラは「ラガンドーラ帝国の十将」の一人、武の巨人とも呼ばれる男だった。エディオは奴隷階級の剣闘士上がりだ。正面切って戦って、生き延びた者はいなかった。獰猛さと冷静さ、そして確かな戦技を併せ持つ猛者だった。


「お前、こっちにつく気はないか」

「俺は敵を倒すだけだ」

「ラガンドーラについたほうが、賢いとは思うがな」

「そんなこと、今はどうだっていいことだ」


 その瞬間、エディオの左手にあった三日月型の刀が消えた。超高速で投擲されたのだ。騎士はそれを寸でのところで叩き落す。エディオの攻撃は続く。両手持ちにした三日月型の刀を騎士の首筋めがけて振り下ろしてくる。迎撃のため長剣を下げてしまった格好となっていた騎士に、致命的な隙が生じていた。


 しかし、エディオは油断せずに武器を振り下ろす。


「これはっ、部下の仇だ!」


 衝撃波を伴う一撃。下草が千切れ、地面が陥没する。だが、騎士は立っていた。到底間に合わないはずだった長剣を、上方に掲げていた。それで斬撃そのものを完全に受け止めていた。


「!?」


 エディオは確かに動揺した。


 二人は互いに力で押し合った。


「この俺と互角に……!?」


 エディオが呻く。圧倒的な体格差のある騎士に、ともすれば押し負けそうなのだ。


「やはりお前は、俺の敵だということだな。……ならば、倒す!」

「しゃらくさい!」


 エディオの回し蹴りが騎士を襲う。だが、騎士はその隙を利用して後ろに跳んだ。そして着地と同時に地面を蹴り上げ、エディオに襲い掛かる。


 二人の強烈な撃剣の音が響き渡る。ラガンドーラ帝国の兵士も、ニーレド王国の兵士も、各々の戦を忘れて二人の戦いを見守っていた。


 その時、ニーレド王国の兵士たちの一部がにわかにざわついた。


「へぇ。そういうこと」


 ニーレド王国の兵士をかき分けて現れた年若い女騎士が、馬上でそう呟いた。隣に並んだ側近の一人が尋ねる。


「聖騎士様、あの者は」

「天から来た騎士、か」

「天から……ですか?」

「正確には別の宇宙、いわば()()から、だね、たぶん。」


 聖騎士――ナーヤ・フェレールは、炎のような赤毛を風に揺らしながら、群青の()を細める。白銀の鎧が陽光を受けてぎらぎらと輝いている。黄金色のマントが血の匂いの風に揺れる。


「聖騎士様、我々は」

「見ているだけでいいよ。あの騎士が倒されたら、それはその時。あたしたちの宇宙はまだその時じゃなかったってこと。良くも悪くも」

「はぁ……」


 ナーヤは口角を上げて、エディオと騎士の戦いを睥睨(へいげい)する。


「女王陛下」

『見えている、ナーヤ』


 ナーヤの頭の中に声が響く。遠見の魔法を行使し、ナーヤの視覚情報を、王都のネフェス女王と共有しているのだ。


『あれが教皇の予言した男に間違いあるまい』

「ですよね。(しか)る後、連れ帰ります」

『気を付けてやれ。あの男はおそらく混乱の極みだろう』

「了解」


 ナーヤは兵士を整列させる。それを見て、ラガンドーラの兵士も一定の距離をとって横に並んだ。エディオか騎士か。どちらかが倒れた瞬間に、双方の兵士たちは乱戦になる。


「ヴィーリェンさえ現れなければここまで手薄にならなかったものを」


 エディオが吠える。騎士は声も上げずにその大上段からの一撃を弾き返した。


「っ!」

「お前は、俺の敵だッ!」


 騎士の手にした長剣が赤黒く輝いた。それまでの白銀色が嘘だったかのように、まがまがしい色に変じた。


「なんだっ!?」

聖剣一閃(エクスカリバー)!」


 振るわれた剣は、エディオの三日月型の刀をいともたやすく切断し、その腕と胸の装甲を粉砕した。


「馬鹿な、冥隕鉄(めいいんてつ)の鎧だぞ!?」


 丸腰となったエディオは、しかしその両腕で騎士の肩を捕まえた。


 ――はずだった。


 現実には、エディオの両腕は肘から切断されていた。目にもとまらぬ二の太刀が続いたのだ。


「ぐぁぁぁっ」


 事態を悟ったエディオが吠える。だが、騎士は容赦をしなかった。


 エディオの血糊と土埃にまみれた巨大な頭部が、ナーヤの馬の前足のところへと転がってくる。ナーヤはひらりと下馬すると、その首を掴み上げた。


「ラガンドーラの兵士たちに告ぐ。お前たちの大将は死んだ。ゆえに、お前たちにも死んでもらう!」


 ナーヤはそう言うと、もはや興味がないと言わんばかりにエディオの頭部を投げ捨てた。


「全軍、殲滅(せんめつ)戦を開始。二度と嚙みつく気になれないように、徹底的に血を流させるよ」


 聖騎士と呼ばれた少女は、何ひとつ躊躇することなく、そう命じたのだった。



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