放課後の缶コーヒー
他にも恋愛のジャンルで作品を書いております。
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「ふぅ」
白い吐息が冷たい空の下にもれる。
学校の帰り道、俺は缶コーヒーを片手に電車を待っていた。
いつもの日課、少し贅沢かもしれないけれど、これといった趣味がない俺としては唯一の楽しみだったりする。
そんな俺の目の前を、一人の少女が通り過ぎる。彼女は俺の方を見かけると、小さく目礼をする。俺も彼女に倣い小さくお辞儀をする。
彼女は同じ学校の一つ上の先輩で、たまにこうして帰る時間が一緒になる。
特に会話をすることもない、そんな彼女と俺がどうやって知り合ったのか
それは、彼女が定期券を落としたのを俺が偶然拾っただけのなんてことの無い出会いだった。
ある日、俺がいつも通り缶コーヒーを片手に、電車を待っていると声をかけられた。
「あの、それって美味しいんですか?」
声をかけてきたのは例の彼女だった。
いつも俺が飲んでいるのを見て気になったのだろうか「どうだろう」と答える。
飲んでいるのはブラックだ。普段飲まない人には苦いのではないだろうか。
「コーヒーは飲むの?」そう質問すると「いえ、全く」と彼女の返事。
それだとやはり美味しくはないかもしれない。
「これはブラックだから美味しくないかもしれないよ?飲むならカフェオレとか、微糖の方が良いかも」
「そうですか」
彼女は自販機を見つめると、少し悩んだ様子でボタンを押した。取り出したのは、俺が飲んでいるのと同じものだった。
「試しに飲んでみます」
そう言って彼女は、ひとくち飲むと顔を顰める。
「苦い」
「だから、言ったじゃないですか」
俺はその言葉に苦笑すると、自分のコーヒーを一口飲む。
仄かに苦みが口の中に広がる。
殆ど毎日飲んでる自分でも、苦いって感じるんだから、普段飲まない彼女からしたら未知の味だろう。
そう思いつつ、彼女がチビチビとコーヒーを飲むのを横目に見ながら電車を待っていた。
―――――
学校帰りの駅のホーム、その自販機でたまにすれ違う人がいる。
その人は同じ学校の男の子で、いつも同じ飲み物を片手に電車を待っている。
ある日の登校中、改札の前で定期券を落としたことに気づいて慌てていると、後ろから声をかけられた。
「あの、これ落としましたよ」
そういって声をかけてくれたのは、たまに見かけていた、缶コーヒーの男の子だった。
「ありがとうございます」
私は頭をさげてお礼をすると、彼は当然のことをしたまでだ、とでもいう様な返事を返すとそのまま学校へ向かっていった。
その後、彼をまた自販機で見かけた、私は彼の前を通ると定期券のお礼を込めて小さくお辞儀をした。
そうすると、少し驚いた顔をしつつもお辞儀を返してくれた。
たまに、見かけた時の彼はなんだか近寄り難い雰囲気をしていたけれど、その時に見た彼の表情は年相応の男の子だった。
それから私は、彼を見かける度に、お辞儀をするようになっていた。
最初は困惑していた様子だった彼は、次第に慣れたのか、今では自然と返してくれるようになった。
そんなある日の学校帰り、缶コーヒーを持つ彼に私は声をかけてみる事にした。
「あの、それって美味しいんですか?」
変な人だって思われたかな?そう思った私だけど声をかけてしまった物はしょうがない。定期券を拾ってくれた彼は悪い人ではないはず。そんな思いを抱きながら返事を待った。
彼は、声をかけられると思っていなかったのか、少し困惑していたけれど、ちゃんと返事を返してくれた。
「コーヒー、飲みます?」
「いえ、全然」
そう、実は私はコーヒーを飲んだことがない。苦いってよく聞くけれど、どんな味なのだろうか、そんな風に考えていると
「飲むならカフェオレとか、微糖の方が良いかも」と彼は答えてくれた。
「そうですか」
私は自販機を見つめると、少し悩んだ末に彼が飲んでいるのと同じ物にした。
違う物を勧めてくれたけれど、彼自身は毎回同じ物を飲んでいるのだ、そんな飲み物がどんな味なのか気になったのだ。
「試しに飲んでみます」
そう言って私は、ひとくち飲むと顔を顰めた。
―苦い
「だから言ったじゃないですか」彼の声が聞えた。
思わず感想を口に出してしまっていたらしい。彼の方を見ると缶コーヒーを飲みながら電車を待っているようだ。
そんな様子を眺めながら、彼はただ単に、少し人づきあいが苦手なだけなのだろうなという感想を抱きつつ、そんな風に苦いコーヒーを飲める彼を少し羨ましく思いながら、自分のコーヒーを少しずつ飲むのであった。
―――――
その後、彼女とは電車を待つ間少しずつ話すようになった。
大体俺が電車を待っていると、少ししてから彼女がホームに来ることが多い。
あのコーヒーの一件以来、彼女は俺の真似をして自販機で飲み物を買うようになった。
それでもその時と少し違うのは、彼女が選ぶのは、ブラックではなくカフェオレの甘いやつだという所。
二人で電車を待っている傍ら、その日あったことを話す。
授業の内容だったり、ニュースの話や趣味の話、学年が違うし俺は殆ど趣味なんてないから一方的に彼女の話を聞く側だったけれど、今まで一人でコーヒーを飲んでいた時よりは待っている時間が短くなった気がした。
缶コーヒーの温もりが心地よい季節から、少しずつ春めいてきた頃、いつも通り電車を待っていると彼女が現れた。
いつも通りのあいさつをして、隣で彼女が飲み物を買う。
そんな光景にも慣れた、一つだけ違うのは彼女が持っていたのはいつものカフェオレではなく俺の同じブラックコーヒーだった。
「今日はブラックなんですね?」
「うん、今日はそんな気分なの」
そういう彼女の横顔はどこか寂しく見えた。
彼女はひとくち飲むと「やっぱり苦いな」とこぼした。
彼女の目に光るものが見えた気がした俺はただ、「ブラックですから」と返す。
「そうだよね」
少し震えた彼女の声は、寒さのせいなのか、それともまた別の理由なのか。
俺はコーヒーのほろ苦さを感じながら、少し悩んで口にする。
「やっぱり、先輩はブラックより、甘いカフェオレの方が似合いますよ」
そういうと、彼女は無言でコーヒーを飲み「やっぱり苦い」とつぶやく。
俺はそれ以上何も言わずに彼女と電車を待っていた。
ほろ苦いコーヒーの味だけを口に残しながら。
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