8.怒りの先
「そういえば、神楽ちゃん、随分元気になったみたいね…。中毒性はあるけれど、あれは良く効く薬なの…。」
――中毒性?薬?何を言って…。
「もう、あの薬無しではまともに生活できないでしょうね。」
古美華は冷たく言い放った。
その言葉を聞いた瞬間、祝詞は激しい怒りに駆られ、痛みも忘れて立ち上がった。彼は古美華の胸倉をつかみ、激しく問い詰めた。
「どういうことだ!!」
古美華は祝詞の激しい感情を受け止めながらも、冷静な表情を崩さなかった。
「どうって…。そのままの意味よ。人質にとったの。祝詞君の妹さんを。」
祝詞の心臓が激しく鼓動し、怒りが体中に広がっていった。
「どうしてそんなことを…!神楽を人質にするなんて…!」
「そう、それでいいわ。私を恨んで。」
けれど、祝詞は古美華を恨み切れなかった。直前まで自分を見つめていた古美華の顔には、辛そうな涙が浮かんでいたからだ。その涙が、彼女の本心を垣間見せたように思えた。
怒りで我を忘れていた祝詞だが、痛みを感じながらも体が動くようになっていることに気づいた。痛みは依然として彼を苦しめていたが、それでも祝詞は立ち上がる力を感じた。自分がどれだけ甘えていたか、体を楽にすることばかり考えていたことを痛感した。そして、痛みと共に戦う意思を失っていたことに気づいた。
「まだまだだな、俺は…。」
「祝詞君?」
祝詞は古美華の顔を見上げ、決意を込めた目で見つめ返した。
「次は何をすればいい?」
その言葉には、これ以上古美華に負担をかけたくないという強い思いが込められていた。彼女が辛そうに泣いていた姿が脳裏に焼き付き、祝詞は自分がもっと強くなることで、彼女を守りたいという気持ちが芽生えていた。
古美華はその決意に満ちた眼差しを見て、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。
「わかったわ。その体で無理に激しく動くと血管が破裂してしまうから、まずは書物庫で座学から始めましょう。」
祝詞は少し驚きながらも、納得の表情で頷いた。
古美華は祝詞の手を取り、書物庫へと導いた。広い書物庫には、古びた巻物や書物が整然と並んでおり、その一つ一つが神秘的な力を秘めているようだった。
「ここには、九神本懐に関する情報や、戦闘に役立つ知識が詰まっているわ。」
古美華は棚から一冊の古い書物を取り出し、祝詞の前に広げた。
「まずはこれ、最初に九神本懐に選ばれた人の記録よ。」
祝詞は興味津々で書物に目を向けた。古美華が慎重にページを開くと、古びた紙には美しい筆跡で詳細な記録が綴られていた。最初の人は、氷柱を使った戦闘が多いようだった。しかし、その末路は悲惨だった。負け続けて精神が壊れてしまい、帰らぬ人となったことが記されていた。
祝詞はページをめくりながら、過去のプレイヤーたちの記録に夢中になった。学校が終わるとすぐに書物庫へ足を運び、日々その記録を読み漁った。何代もの人たちが九神本懐に挑み、精神に異常をきたして帰らぬ人となっていた。
――どうして皆、こんなにも辛い目に遭ったんだ…。
祝詞は心の中で呟いた。過去のプレイヤーたちの苦悩と絶望が、まるで自分の心にも重くのしかかってくるようだった。
不思議なことに10代目のプレイヤーの記録だけがなかった。祝詞は眉をひそめながら、そのページを何度も見返した。
「古美華、10代目の記録がない。」
「あぁ、それは…初の勝利者の記録だからよ。」
「それは読めないのか?」
「えぇ、今はまだ時じゃないの。」
祝詞は一瞬戸惑いを覚えたが、すぐに理解した。初の勝利者の記録には、何か特別な意味があるのだろう。
そして、数日後、広い畳の部屋で祝詞は古美華の入念なチェックを受けていた。畳の上に座り、静かに呼吸を整える祝詞の体に、古美華の冷たくも優しい手がゆっくりと触れていった。
「祝詞君、力が馴染んでいるかどうか確認するから、少しの間じっとしていてね。」
古美華は祝詞の肩から腕、そして背中へと手を滑らせていく。その触れ方は慎重で、祝詞の体の隅々まで力が行き渡っているかを確かめるためのものだった。
祝詞は古美華の指先が自分の肌に触れるたびに、微かな電流が走るような感覚を覚え、心臓の鼓動が少しずつ早くなっていくのを感じた。
「うん、力がちゃんと馴染んでいるわ。もう少し続けるから、動かないでね。」
祝詞は頷き、古美華の指先が再び動き始めるのを感じながら、体の力を抜いた。古美華の手は祝詞の腹部から胸、そして首筋へと滑らかに移動していく。その動きには、一切のためらいや不自然さがなかった。
「もう大丈夫。次の修行へ入りましょう。」
古美華は慎重に祝詞の体から手を離した。
次の修行は、古美華が創り出した人形と実際に氷の力を使って戦うものだった。古美華は藁人形に札を貼り、その瞬間、人形は神楽の姿に変わった。
「なっ!?」
「この人形には1代目のプレイヤーの動きが記録されてるわ。祝詞君はこの人形を破壊しないと命を落とす。」
「どうして神楽の姿なんだ…。」
「必要だから…。」
古美華の言葉は短かったが、その意味は祝詞には重く響いた。
祝詞は人形を見つめ、心の中で葛藤が渦巻いた。神楽の姿をした人形と戦うことは、精神的に大きな負担となる。しかし、彼は古美華の意図を理解し、決意を新たにした。これは自分が強くなるための試練なのだと。
思えば、プレイヤーを記録している神の使いは、皆優し過ぎた。100年前の記録には涙の痕のようなものが残っており、その優しさが時にはプレイヤーたちを追い詰めたのかもしれない。そんな思考が祝詞の脳裏をよぎる中、彼は氷の神の力を使おうとした。すると、体の中で冷気が漂うのを感じた。
――あぁ、神化ってこんな感覚なのか…。
祝詞は心の中で呟いた。漫画やアニメなどでよく目にしていた変身シーン。それによく当てはまる感覚が自分の中に広がっていく。
身体が異様に軽くなり、力が湧いてきて、頭の中がすーっとクリアになる。まるで自分が別の存在に生まれ変わったかのようだった。視界の端に映る自分の髪の色が、水色に変わっていることに気付いた。まるで氷そのものが彼の一部になったようだった。
――これが…俺の新しい力…!
祝詞は自分の手を見つめ、その手から氷の力が溢れ出るのを感じた。そして、決意を固め、氷の力を一気に解放した。冷気が爆発的に広がり、周囲の空気が一瞬にして凍りつく。彼の体から放たれる力は、今まで感じたことのないほど強大なものだった。
祝詞はその力を全身に感じながら、神楽の姿をした人形に向かって突進した。その動きは風のように素早く、力強かった。しかし、人形は即座に反応し、氷柱を祝詞に向かって飛ばしてきた。
「くっ!」
祝詞はとっさに身を翻し、氷柱をなんとか避けた。冷たい風が頬をかすめ、背筋に冷気が走る。祝詞はその瞬間に気付いた。避けるのは思った以上に難しい。新たな力を得て、簡単に敵も倒せると思っていたが、現実はそう甘くはなかった。
「くそっ…!」
祝詞は体勢を立て直し、再び人形に向かって突進した。だが、人形の動きは速く、次々と氷の攻撃を繰り出してくる。祝詞は必死に避けようとしたが、足元が凍り付き、動きが鈍くなる。
「これじゃあ、まるで…」
――漫画みたいにうまくいかないな…。
祝詞は必死に避けようとするが、次第にその体力が削られていくのを感じた。氷の攻撃が間一髪で避けるものの、次から次へと繰り出される攻撃に対処しきれなくなっていく。
――避ける…を体得するには、時間がかかるな…。
祝詞は自分の未熟さを痛感しながらも、何度も立ち上がっては挑んだ。新たな力に頼るだけではなく、自分の体と心を鍛えなければならないと強く感じた。
彼は何度も地面に転びながら、氷柱の攻撃をかわすための動きを体得しようと奮闘した。氷の力を使いこなすには、ただ力を解放するだけでは不十分であり、敵の攻撃を予測し、瞬時に反応するための技術も必要であることを痛感した。
時間が経つにつれて、祝詞の体力も限界に近づいていった。彼の動きは次第に鈍くなり、氷柱を避けるのがますます困難になっていった。苦闘の末、ついに時計の針が時間を告げると、古美華は訓練を終了する合図を出した。
「お疲れ様、祝詞君。今日はここまでにしましょう。」
祝詞は息を切らしながら、地面に膝をついたまま、頷いた。彼の体は疲れ果て、冷気でひんやりとしていたが、心の中には確かな手応えと未だ満たされない成長への欲望が残っていた。
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