4.妹との再会
祝詞は豪華な和食の朝食を終えたあと、殺気を抑える修行を始めることになった。お屋敷の中の広い畳の一室に通され、祝詞は緊張と期待を胸にその場に立った。部屋は静寂に包まれ、薄暗い照明が柔らかく畳を照らしていた。
古美華が部屋の中央に小さな檻を置いた。檻の中には一匹の白いリスがいた。リスは不安そうに檻の中を動き回っていた。
「このリスが死なないように頑張ってね。」
古美華は祝詞を見つめながら言った。
「数時間も殺気を出し続けると、リスは耐えられずに死んでしまうわ。だから、あなたの殺気を完全に抑えなければならないの。」
祝詞は目の前のリスを見つめながら、深く息を吸い込んだ。
「わかった。」
古美華は頷き、畳に座るように指示した。祝詞は言われた通りに座り、目を閉じた。深呼吸を繰り返し、心を静めようと努めた。しかし、殺気を抑えることがどれほど難しいか、すぐに実感することになった。彼の中に宿る氷の神の力が自然と漏れ出し、リスは怯えて檻の中で震えていた。
「集中して、殺気を意識的に抑えるのよ。」
古美華の声が静かに響いた。その瞬間、彼女はそっと祝詞の背後に回り、優しく肩に手を置いた。古美華の手の冷たさが祝詞の緊張した体を包み込み、彼の心拍が一瞬乱れた。
「殺気は榊君の感情と連動しているわ。」
古美華は祝詞の肩からゆっくりと手を滑らせ、背中に触れた。その動きはまるで彼の心の奥深くまで届くような感覚を伴っていた。
「恐れや焦りを感じると、殺気は増してしまう。だから、心を完全に鎮めて、リラックスして。」
古美華の手はさらに下へと滑り、祝詞の腰に優しく触れた。その手に、祝詞は思わず息を呑んだ。
「感じて…私の手の冷たさを。」
古美華は耳元で囁くように言い、祝詞の頬にそっと触れた。その指先は冷たくも柔らかで、祝詞の心を静かに落ち着けていくようだった。
祝詞は深呼吸をしながら、古美華の言葉に従って心を鎮めようと努めた。彼女の触れ方は優しく、それでいて強い意志を感じさせるものだった。祝詞は全ての感情を抑え込み、体中に広がる古美華の冷たさを感じながら、殺気を抑えることに集中した。
しばらくすると、祝詞の視界に変化が現れ始めた。目の前にキラキラとした砂埃のようなものが見える気がした。それはまるで空気中に漂う微細な粒子のように輝いていた。祝詞はその光景に目を凝らし、力の存在を感じ取ることができるようになってきた。
「見えてきたでしょ?」
古美華は祝詞の耳元で囁いた。
「それが榊君の殺気。感じ取れるようになれば、コントロールもできるはずよ。」
祝詞はその光の粒子をじっと見つめ、深呼吸を続けた。体全体が研ぎ澄まされ、感覚が鋭敏になっていくのを感じた。それはまるで勘のようなものだったが、確かに存在していた。
「そのまま集中して。」
古美華は彼の背中に手を添え、さらに優しく撫でた。
「殺気を抑えて、完全にコントロールするのよ。」
祝詞は古美華の言葉に従い、心の奥深くから湧き上がる力を感じながら、その光の粒子を抑え込むことに全力を注いだ。しばらくすると、光の粒子が次第に薄れ、やがて消えていった。
「間に合ってよかったね。」
古美華はその光景を見て、ぺたんと畳に座り込み、ニコッと微笑んだ。祝詞はリスの無事を確認し、安堵の息をついた。リスは小さな体を丸め、安心した様子で檻の中にじっとしている。
「突然、目の前で火事が起きて、その火の粉が飛んできた時、危険を感じるでしょ?刃物や銃が向けられた時も同じ。命の危機を本能的に察知する力、それが殺気よ。」
「いや、でも…。目で見えたものは…。」
「神の力は命の危機そのものなの。」
古美華は真剣な表情で祝詞を見つめ、再び言った。その言葉には、神の力が持つ圧倒的な存在感と、祝詞がこれから直面する現実の厳しさが込められていた。
祝詞はその言葉を噛みしめながら、自分の目で見た光景と古美華の説明を照らし合わせ、少しずつ理解を深めていった。殺気の本質、そしてそれをコントロールすることの重要性が胸に刻まれていく。
「榊君、これからしばらく体術、剣術、あらゆる武術を短期間で学んでもらうことになるわ。平気?」
「平気も何も…妹がそれで助かるなら、どんなことでもやってみせる。」
「そうだ。殺気をコントロールできるようになったのなら、一度妹さんに会いに行ってみてはどうかしら?」
その言葉に祝詞の心は躍った。
「本当に?会っても大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫よ。殺気をコントロールできるようになったあなたなら、妹さんに危害を加えることはないわ。」
祝詞は喜びと緊張が入り混じった気持ちで立ち上がり、古美華の後を追った。彼女は離れへと続く道を静かに案内し、祝詞は心の中で妹との再会を待ちわびていた。
離れの前に立つと、古美華はドアを軽くノックした。「ここで少し待っててね。」彼女は祝詞に微笑みかけ、扉の向こうへ消えた。
祝詞は静かに待ちながら、妹との再会の瞬間を思い描いた。ドアの向こうから聞こえる声に耳を澄ませ、心臓が高鳴るのを感じていた。やがて、ドアがゆっくりと開き、妹の神楽が姿を現した。
「お兄ちゃん!」
神楽の目には涙が浮かんでいた。祝詞は胸がいっぱいになり、神楽を強く抱きしめた。
「大丈夫だ、もう心配いらない。」
神楽は泣きながらも安心した様子で、祝詞の胸に顔を埋めた。その姿を見て、祝詞は自分がどれほどこの瞬間を待ち望んでいたかを痛感した。
古美華はその光景を見守りながら、静かに部屋を後にした。二人だけの時間を尊重し、彼らに再会の喜びを十分に味わってもらうためだった。
祝詞はしばらくの間、神楽を抱きしめ続け、その温もりを感じていた。やがて、彼は少し離れて神楽の顔を見つめた。
「神楽、調子はどうだ?体の具合は?」
神楽は明るい笑顔を浮かべながら頷いた。
「すごく調子がいいの、お兄ちゃん。ここに来てから、ずっと元気でいられるんだよ。」
「本当か?それは良かった。でも、どうしてこんなに元気になったんだ?」
「ここのお医者さんが見てくれたの。それで、薬をもらったら驚くほど調子が良くなったの。古美華お姉ちゃんが紹介してくれたんだ。」
「そうだったのか…古美華には本当に感謝しなきゃな。」
神楽は微笑みながら頷いた。「うん、お姉ちゃんはとても優しいし、私のことをすごく気にかけてくれているの。お兄ちゃんもお姉ちゃんの言うことをちゃんと聞いて、頑張ってね。格闘技はじめたんでしょ?」
――古美華のやつ…適当なこと言いやがって…。
祝詞は内心で古美華の言葉に苦笑した。
「古美華から聞いたのか?」
「うん!お姉ちゃんの家の格闘技ジムに入ったって聞いたよ!お兄ちゃんの熱意に心を打たれたって!」神楽は嬉しそうに答えた。
神楽は、自分のせいで兄が自分のやりたいことをできていないことを気にしていたので、古美華の家が経営する格闘技ジムに入ったと思っている風だった。祝詞はその誤解を解くべきかどうか迷ったが、神楽の安心した表情を見て、そのままにすることにした。
――そうか…そういうことになってるのか。
祝詞は苦笑しながらも、妹のために嘘をつき続けることを決意した。
「うん、俺も頑張ってるから、神楽も元気でいてくれよ。」
神楽は嬉しそうに頷いた。
「お兄ちゃんも頑張ってるなら、私ももっと頑張らないとね!」
その後、二人はしばらくの間、思い出話や日常の出来事について語り合った。神楽は祝詞に、自分の体調が良くなってからの出来事や、ここで過ごした楽しい時間を話した。祝詞はその話を聞きながら、妹の健康状態が回復していることに感謝の気持ちを抱いていた。
祝詞は神楽と話しながら、これからのことを考えていた。古美華の指導のもと、さらに厳しい修行が待っている。妹のために、そして自分の成長のために、彼はその道を進む覚悟を新たにした。
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