3.殺気
「安心して、もっと安全な場所にしましょう。」
古美華は優しく微笑んだ。
――何を安心したらいいんだ?手が斬られるって?なら足も斬られるんじゃないのか?そんな危険なことをするのか?
祝詞の頭の中には次々と不安が渦巻いた。
「ふふふ。よく…考えたほうがいいわ。」
古美華は彼の不安を察したかのように笑った。
「…古美華はどこがいいと思う?」
「んー…私だったら、舌の裏か、胸…とかね。」
「どうして?」
「試合中は殺されても死なないの。幻覚痛として痛みは残るかもしれないけど、それだけ。死んでも何度でもゲームに参加できる。」
古美華の言葉は冷静で理路整然としていた。
「...だけど、試合以外で見つかったら…危ないかもしれない。」
「わかりやすいところに家紋があると、ばれて殺されるってこと…か。」祝詞はその意味を噛み締めながら、重々しく言った。
古美華は正解と言わんばかりにニコリと微笑んだ。
――なら、俺が選ばれたということは同年代の奴が選ばれる可能性もあるということか。同じクラスのやつな可能性もある。バレるところはやめておいたほうがいいな。肩も背中も胸もだめだ。舌の裏は…考えたくないけど切られたらお終いだ。なら…。
「ヘソの下…でもいいか?」
「おヘソの下?見せてみて?」
祝詞はカチャカチャと音を立ててベルトを外し、ズボンと下着を少しずらして見せた。露わになった部分に古美華の目が向けられる。
「…榊君のえっち。」
古美華は清純さと小悪魔的な魅力を同時に宿した微笑みを浮かべながらしゃがんだ。
「え…あっ!!えぇ!?」
祝詞は顔を真っ赤にしながらも、古美華の行動に動揺した。
古美華は祝詞のヘソの下、丁度下着で隠れる部分に優しくキスをした。その瞬間、冷たい感触が広がり、雪の結晶のような家紋が浮かび上がった。
「はい、終わり。」
古美華は立ち上がり、祝詞の手を掴んだ。
「来て…。」
祝詞は玄関に入るのかと思ったが、古美華はそのまま左方向に折れ、しばらく歩くと小さな小屋に着いた。古美華が扉を開けると、床がタイルになっているお風呂場のような空間が広がっていた。ご丁寧に和式のトイレまでついている。
「風呂場?」
「ううん、修行場よ。家に入る前にここで修行するの。」
古美華はにっこりと笑った。
「何の修行?」祝詞は不安げに尋ねた。
「すぐに分かるわ。さぁ、中に入って、脱いで。」古美華はさらりと言った。
「え!?」祝詞は驚きの声を上げた。
「着替えはそこにあるわ。」古美華は指さした先に着替えが置かれていた。
――なんだ、着替えろってことか。
祝詞は内心で安堵しつつ、中に入ると古美華は扉を閉めた。
祝詞は服を脱ぎ、寝巻のような、上下白い夏用の服に着替えた。服の質感は柔らかく、軽やかだった。着替え終わると、彼は改めて部屋の中を見渡した。タイルの床は冷たく、空間全体が静寂に包まれていた。
「さて、準備はできたかしら?」
古美華が扉の外から声をかけた。
「うん、できた。」
返事をした瞬間、祝詞の体に異変が起こった。ドッと冷や汗が吹き出し、それはもはや汗というレベルを超えていた。体中の水分が毛穴から一気に逃げ出し、車に引かれる寸前のような、いや、首元に刃物を当てられているかのような生きた心地のしない恐怖が襲いかかった。
息をすることさえ難しくなり、体全体が緊張で硬直した。穴という穴から水分が流れ出し、目、鼻、口…上半身だけでなく、下半身からも水分が漏れ出している感覚があった。祝詞はうまく息ができず、膝をついて胸を押さえた。胸の鼓動が速まり、視界が揺れ始めた。
その時、まるで時間が止まったかのように、その現象が急におさまった。祝詞はまだ膝をついたまま、荒い息を整えようと必死だった。
「榊君、これが…殺気だよ。」
「殺気…?」
「まず、慣れてね。」古美華の言葉は冷たくも優しい響きを持っていた。
その後も殺気に慣れる訓練は続いた。祝詞が気を失っていても、その訓練は止まることなく続けられた。何も感じなくなるまでに3日かかった。祝詞はその間に、なぜ修行場が風呂場のような構造なのか、なぜトイレが和式なのか、全てを理解することができた。この修行で、上も下も水分が垂れ流しになるからだ。
修行が終わると、祝詞は全身に力が入らずフラフラとした足取りで歩いた。そして、再び気を失い、次に目を開けた時には布団の中にいた。
祝詞はぼんやりと天井を見つめながら、これまでの修行を思い返した。体は重く、全身が痛むが、心には強さが宿っていた。
「ようやく目が覚めたのね。」
古美華が部屋に入ってきて、優しく微笑んだ。
「お疲れ様、榊君。」
祝詞はゆっくりと起き上がり、彼女の顔を見つめた。
「家中、殺気で満ちてるんだな…。」
古美華は頷き、微笑んだ。
「そうなの。ここは神の末裔の家。神々そのものが持つ殺気が宿っているの。修行をしていないと、この家には入れないわ。」
「…っ!? 妹は!?この家、殺気だらけなんだろ!?」
祝詞は急に不安を覚え、身を乗り出して叫んだ。
古美華はその動きに驚かず、穏やかに答えた。
「大丈夫。妹さんは離れにいるわ。私が結界を貼ってるから、安全よ。」
祝詞はその言葉に安堵し、息を深く吸い込んで吐き出した。
「よかった…。」
彼は緊張から解放され、肩の力を抜いた。
「朝食後に修行を始めましょう。」
「次は…どんな修行?」
「殺気を隠す修行よ。」
「殺気を隠す?」
「えぇ、今の榊君は、家紋の影響で殺気を垂れ流している状態なの。だから、コントロールしなきゃ。」古美華は真剣な表情で説明を続けた。「このままだと妹さんに会えないわ。」
祝詞はその言葉にショックを受け、眉をひそめた。
「妹に…会えない?」
「そう。今の状態だと、妹さんに危害を加えることになるかもしれない。だから、まずは自分の殺気をコントロールする方法を学びましょう。」
祝詞は深く頷き、強い意志を胸に抱いた。
「わかった。俺、頑張るよ。」
古美華はその言葉に満足げに微笑み、「それでいいわ。さぁ、朝食を食べて力をつけてから、修行を始めましょう。」と言った。
祝詞は心の中で新たな覚悟を固め、妹に会うために、そして自分自身の成長のために、次の修行に挑むことを誓った。
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