2.冷たい手の導き
祝詞と古美華は、公園での話を終えると、近くにあったファミリーレストランへ移動することにした。歩いている途中、祝詞はふと古美華の姿が元に戻っていることに気付いた。彼女の髪は再び黒く、瞳も通常の色に戻っていた。まるで先ほどの出来事が幻だったかのように見えたが、祝詞はその冷たい手の感触と降り積もる雪を忘れられなかった。
ファミレスの中はほのかに暖かく、外の寒さとは対照的な雰囲気だった。照明が柔らかく、テーブルには色とりどりのメニューが並んでいた。店内には家族連れや友人同士の楽しそうな声が響いており、その温かさが一層際立っていた。
二人は窓際の席に座り、店員がメニューを持ってきた。
「奢るわ、好きなの頼んでいいわよ。」
祝詞はメニューを眺めながらも、心ここにあらずといった様子だった。古美華はそんな祝詞を見て、微笑んだ。
「まず、あなたが知っておくべきことは、私たちが直面する戦いについてよ。」
「戦い?」
祝詞は眉をひそめた。
「そう。名を九神本懐。」
「九神本懐?」
「九神本懐と呼ばれるこの戦いは、九柱の神々が選んだ人間同士が、それぞれの力を駆使して競い合うものよ。」
「競い合う?九柱の神々?」
「そう、火の神、水の神、風の神、地の神、草木の神、雷の神、光の神、闇の神、そして…私、氷の神。」古美華は一つ一つ指を折って数え上げた。「各神は自らの権能を授けた人間を選び、その者たちを戦わせるの。」
「戦い…。」
祝詞の心には不安が広がったが、妹のために強くあらねばならないという思いが彼を支えていた。
古美華は祝詞の表情を見つめ、静かに続けた。
「あなたがこの戦いに勝ち残れば、どんな願いも叶えることができるわ。あなたの妹の病気も、きっと治せる。」
「本当に…?」
祝詞の瞳には希望の光が灯った。妹の病気を治せるという言葉は、彼にとって何よりも大きな希望だった。
「ええ、約束するわ。」
古美華は力強く頷いた。その瞳には嘘偽りのない真実が宿っていた。
「でも、そのためには私と一緒に戦ってくれなければならない。命をかけて…ね。」
「命…だって?」
「えぇ。この戦いは命懸けのもの。あなたの覚悟が試されるの。」
祝詞はしばらく黙って考え込んだ。妹のために、彼は何でもする覚悟だったが、命をかけるというのは想像以上の重さだった。しかし、古美華の真剣な眼差しと、妹を救うための唯一の方法であることが彼の心を揺さぶった。
「わかった…。」
古美華は満足そうに微笑んだ。
店員が注文を取りに来た時、祝詞はようやく気を取り直してメニューを選び始めた。心の中ではまだ動揺が残っていたが、古美華の真剣な態度に応えなければならないと感じた。メニューのページをめくりながら、祝詞は考えを整理しようとした。
「私はホットココアとステーキセットをお願いします。」
古美華が穏やかに注文を告げた。その声は冷静で、自信に満ちていた。
祝詞は続いて注文を決めた。
「俺は、ホットコーヒーで。」
店員がメニューを回収し、注文を確認した後、微笑んで去っていった。二人だけの空間に戻った瞬間、古美華は再び話を始めた。
「魔の神が戦いを望む時、特別な地形、特別な空間のフィールドへ移動させられる。戦いは様々な形式で行われるわ。単純な力比べだけではなく、知恵や戦略も重要になることもあるの。」
「様々な形式?」
「例えば…バトルロイヤルとか。」
「バトルロイヤル?…待ってくれ。九神以外にも神がいるのか?今魔の神って言ったよな?」
祝詞は混乱しながらも、真剣な表情で古美華を見つめた。
「えぇ、魔の神は九神を統べる神。私たちは魔の神へ戦いを献上するの。簡単でしょ?」
祝詞はその言葉に戸惑いを隠せなかった。九柱の神々の存在自体が既に信じがたいことだったのに、その上に魔の神がいるとは。
「つまり、僕たちが戦うのは魔の神のためってことか?」
「そうよ。魔の神は戦いを楽しむ存在であり、そのために九柱の神々が力を貸すの。」
「本当の本当に妹の病気も治せるんだな?」
「えぇ、もちろん。それに、万が一負けても、1回の戦闘ごとにお金を払うわ。いわゆるファイトマネーってやつね。」
その時、店員が二人の注文を運んできた。テーブルには、湯気の立つホットココアとホットコーヒーが置かれ、香ばしい匂いが漂うステーキセットが並んだ。古美華は一口ホットココアを飲み、そしてステーキを祝詞の方へ置いて言った。
「どうぞ。食べて。」
祝詞は驚いて古美華を見た。
「でも、これは氷床ノ宮さんが頼んだものじゃないのか?」
「いいの。遠慮してるようだったから、頼んでおいたの。食べて?」
「ありがとう。」祝詞は感謝の気持ちを込めて答え、ステーキナイフとフォークを手に取った。肉の柔らかさに驚きながら、一口食べた。
古美華はそんな祝詞を見守りながら、話を続けた。
「それと、古美華って呼んで?私の苗字って長いでしょ?」
「わかった、古美華。」
「まずはバイトを辞めて、うちに住んでもらわなくちゃ。」
「え!?」
驚きのあまり、祝詞はステーキを喉につまらせて慌てて水を飲んだ。
「うちなら、24時間、妹さんの面倒をみてあげられるわ。家庭教師だってつけてもいいわ。」
「さっき、一回負けてもって言ってたよな?負けたら死ぬんじゃないのか?」
「まさか。でも、そうね。ある意味では死に近い状態になるわ。」
「どういうことだ?」
「まずは食べて。」
古美華は優しく微笑んだ。
祝詞は古美華の言葉に従い、再びステーキに手を伸ばした。しかし、心の中では不安と疑念が渦巻いていた。
ファミレスから出ると、古美華は祝詞の手を引き、人気のない道へと誘った。道は静かで、街灯の明かりがぼんやりと照らしていた。歩いているうちに、古美華の髪色が黒から水色へと変わり、瞳も綺麗な水色になった。彼女の服装も桃色の羽織ものに変わり、その変化が祝詞を再び驚かせた。
「また変わった。」
祝詞は目を見開いて呟いた。
「ええ、これが神化よ。」
次の瞬間、古美華はフワリと空中浮遊するかのように体を浮かせた。祝詞の体も重力を無視したかのように浮き始め、足をジタバタさせてしまった。
「うわ!?」
「クスッ…。手を放すと落ちちゃうよ?」
古美華は楽しそうに笑った。
祝詞は驚きながらも、古美華の手をしっかりと握り、大人しく身を任せることにした。浮遊感が彼の体を包み込み、恐怖と興奮が入り混じった感情が広がった。
「榊君の手。あったかいね。」
祝詞は古美華の言葉に少しだけ顔を赤らめた。
「古美華の手は冷たいな。」
二人は夜空に向かってゆっくりと浮かび上がり、周囲の景色が遠ざかっていった。
そして降り立ったのは小さな社だった。石の鳥居があり、その先には別世界が広がっていた。幾重にも重なる鳥居と広大な竹藪が、祝詞の目の前に広がった。
「嘘…だろ。」
祝詞は信じられない光景に目を見張った。
古美華はクスクスと笑いながら祝詞の手を引いて進んだ。二人が鳥居を抜けると、立派なお屋敷が見えてきた。
「ここが私の家よ。」
「…夢じゃないよな…。」
「えぇ、夢じゃない。今から榊君に権能を渡すね。」
「今から?」
「えぇ、権能を付与すると、体に家紋がついてしまうの。どこがいい?」
「家紋?タトゥーみたいなものか?」
「えぇ、まぁそう。でも、よく考えて?その印から権能を使うことになるから。」
祝詞はしばらく考えた後、「じゃあ、手とか?」と提案した。
古美華は首を振った。
「手は辞めておいたほうがいいわ。斬られるもの。」
祝詞はその言葉に驚愕し、緊張が走った。
「え…。」
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