18.冷たい夜に包まれて
家に帰ると、祝詞は静かに部屋に戻り、縁側に腰を下ろして深く息を吐いた。冷たい夜風が心地よく、彼の疲れた身体を少しだけ癒してくれるようだった。
あれだけ怪我をしたのに全てがなかったことになっている。まるで地下の部屋のようだ。祝詞は自分の身体を確認しながら、その不思議な感覚に浸った。戦いで受けた傷や痛みが完全に消えていることに、驚きと安堵の気持ちが入り混じっていた。
祝詞はぼんやりと今日の戦いを振り返った。荒野での春との激しい攻防が頭の中で蘇る。実践は思っていたよりも難しかった。冷静に戦うことの大切さや、相手の動きを読むことの難しさを身をもって感じた。
祝詞は、自分の戦い方を見直し、次に備えなければならないと考えた。単純に力を振りかざすだけでは通用しない相手がいることを、春との戦いで学んだのだ。
その時、縁側の隣にそっと古美華が座った。彼女もまた、今日の戦いを思い返しているようだった。
祝詞は彼女を横目で見ながら、何か気になることを思い出した。
「神の祝福の力の使い方ってどうにかならないのか?」
祝詞は少し気まずそうに口を開いた。
「キスのこと?」
古美華は少しクスクスと笑った。
「そう、それ。あれ、なんとかならないのか?もっと他に方法はないのか?」
「それはどうにもならないわ。」古美華は微笑みながら答えた。「祝詞君も聞いたことあるでしょ?雪女にキスをされると氷漬けになるって。」
祝詞は苦笑いを浮かべた。彼女の話に聞き覚えがあったからだ。古美華が言う通り、昔から伝わる話には、雪女のキスが持つ神秘的で恐ろしい力についてのものが多く存在した。
「まぁ、今さらなんとかなるもんでもないか。」
祝詞は諦めたように肩をすくめた。
「そうね。」
古美華はそう答えながら、祝詞の隣で静かに夜を見つめた。
「春って、これからどうなるんだ?」
祝詞はふと思い出し、心配そうに聞いた。
古美華は少し考えてから答えた。
「祝詞君が解くまで、あのままよ。氷の中にいる限り、本懐への参加も無理ね。 魔の神も召喚したりできないわ。 凍りついている間は、死んでいるのと同じだから。」
祝詞は彼女の言葉を聞きながら、複雑な気持ちを抱いた。 自分がかけた氷の魔法が、春をそんな状態に追いやっていることを実感し、責任を感じた。 しかし、それが最善の選択だったことも理解している。
「なるほど…そうか…。でも、俺が解除できるんだよな?」
「そう、祝詞君が望めばいつでも解けるわ。 ただし、今は凍らせておくのが安全かもしれないわね。本懐が終わるまでは…。」
祝詞は心の奥底で複雑な感情を抱えていた。 友として、春のことを考えると気が重いが、今は自分の戦いに集中するしかない。
「古美華、戦ってみてわかったことがある。氷って最強過ぎないか?」
「えぇ… そうね。氷の力は圧倒的な力を持っているわ。」
「じゃあ、なんで今までのプレイヤーは負けたんだ?」
祝詞の疑問は深まるばかりだった。
「氷床ノ宮家は、誰よりも気持ちが優しいの。凍った神の心にすら、涙を流してしまうくらいに。 だから、犯罪者や、死んで当然な人をプレイヤーに指定して、合法的な報いを受けさせていたのよ。」
祝詞はその言葉を聞いて、理人先生のことを思い浮かべた。
「理人さんの記録書は、他のプレイヤーと違って分厚かったでしょ?」
「じゃあ、理人先生は…。」
古美華は小さく頷いた。
「彼はね、とっても病弱だったの。余命はあとわずかで、殺気に耐えることもままならないくらい… 少しずつ慣らしていったわ。神化を覚えてからは、病気の進行が止まって、誰よりも強く生きたいという気持ちが彼を勝たせたのよ。」
祝詞は驚きながらも、理人先生の強さの秘密を知り、彼の生き方に感銘を受けた。
「先生は… それゆえに… 不老不死を望んでしまったのか。」
古美華は小さく頷き、少し寂しげな表情を浮かべた。
「そうなの。理人さんは、誰よりも死を恐れたの。 」
祝詞はその言葉に重みを感じ、口を閉じたまま冬の空を見上げた。 冷たい風が二人の間を通り過ぎ、空は暗く澄んでいる。 星が輝く空は広がっていたが、その冷たい輝きにどこか哀愁が漂っていた。 沈黙の中で、祝詞は理人の恐怖と選択を思い、何とも言えない感情が胸を締め付ける。
しばらくして、古美華は視線を空から祝詞に戻し、静かに口を開いた。
「祝詞君、私ね。私は氷の神の生まれ変わりで、記憶もあるけれど、その時の神とは違う。」
祝詞はその言葉に耳を傾け、彼女が何を言いたいのかを考えた。 すると、古美華は少し顔を伏せて、言葉を続けた。
「ねぇ… 祝詞君。 私の中にはね、二つの魂があるの。」 古美華の言葉は、どこか切なく響いた。
「二つの魂?」
「そう、氷の神としての私と、今の私の二つが存在しているの。それでね、理人さんと一緒にいた神様の魂は今……。今どこにいるんだろうね。」
「探してるのか?」
「まぁ、そうね。」
「その理論だと、輪廻転生ってやつは本当にあるんだな。」
「そうね。ちょっと違うかもしれないけど、ゲームでコンティニューするのと同じだもの。」
古美華は少しだけ冗談めかして言ったが、その目にはどこか哀しみが漂っていた。
祝詞は彼女の言葉に深く考え込んだ。 魂の輪廻転生、そして神の記憶の継承。
「神様ってのは、ずっと生き続けるんじゃなくて、いろんな形で命をつないでいくんだな。」
「ふふふ…。祝詞君、神は九神だけじゃないよ。 数多の神が様々な形でそこにいるの。 永遠を神として生きる神、九神のように生まれ変わる神、ほんとうに色々よ。」
祝詞は彼女の言葉に頷きながら、「まさに神も多様化だな。」と少し冗談めかして返した。
古美華は笑いながらも真剣な目で祝詞を見つめた。
「そう、神様は私たちが想像するよりもずっと多様で、私たちの知らないところで世界を支えているの。」
祝詞はその言葉を受けて、神々の世界の奥深さを改めて感じた。
古美華は微笑みながら、少しだけ首をすくめた。
「そう、神様は私たちが想像するよりもずっと多様で、私たちの知らないところで世界を支えているの。」
祝詞はその言葉を受けて、神々の世界の奥深さを改めて感じた。 そして、自分の立場を認識し、これからの戦いに向けて気を引き締める必要があることを自覚した。
古美華はふと夜空を見上げ、肌寒くなってきた空気を感じ取った。 「冷えてきたわね。そろそろ眠るわ。 祝詞君も今日はゆっくり休んでね。」
「うん、ありがとう。俺も今日は色々考えて疲れたし、ゆっくり休むよ。」 祝詞は穏やかな笑顔で返事をした。
古美華は立ち上がり、祝詞に優しい笑みを浮かべて、縁側から部屋へと戻っていった。 祝詞は彼女の背中を見送りながら、彼女の言葉の重みと温かさを胸に刻んだ。
祝詞は深く息を吸い込み、冷たい夜風が肌に触れるのを感じながら、再び星空を見上げた。
――古美華…。理人先生の時の神様の魂の生まれ変わりを探してるっていってたけど、そんなの…嘘だ。だって、あれはきっと…神楽のことなんだろ?
祝詞の心には、幾つもの思いが交錯していた。古美華の言い方から、彼は神楽がその生まれ変わりであることに気づいていたのだ。しかし、兄としてその現実をどう受け止めていいか、どうしてあげることもできないことに、祝詞は複雑な感情を抱えていた。
彼は神楽が背負っているものを思うと、胸が痛くなった。妹を守りたい、彼女を幸せにしたいという願いがある一方で、神楽が何か大きな使命を背負っているという事実が、祝詞にとっては重荷でもあった。
――嘘をつくなら、もっとちゃんとついてくれ!!
祝詞は心の中で叫びたくなる衝動を抑えきれずにいた。神楽が何も知らずに生きていけたらどれほど良かっただろうか。彼女に平凡な日常を過ごしてほしいという願いと、今の状況への苛立ちが入り混じる。どうしようもない無力感が、胸に重くのしかかるのを感じていた。
う~~ん。八万文字って辛い。