恐るべしヒロイン
「あ、来たみたいだよ」
そんな殿下の声と同時に周りの女子生徒たちが色めき立つのを感じる。
私は後ろを振り返り、小さく息を呑んだ。
黒に近い紺色の髪は短く切り揃えられており、その氷細工のように美しい顔を惜しげもなくさらす。
薄い唇に少し切長の瞳。目鼻立ちの整った造形は息を呑むほど美しく、男女問わず見惚れてしまう。
服を押し上げる鍛えられた肉体の逞しさと節くれだった手は全ての女性の乙女心を刺激するだろう。
ーーーまさに才色兼備。
あまりにも自分が分不相応な婚約者だと、見るたびに思わずにはいられない。
(怖気づいちゃ、ダメ)
グッと拳を握ると、強い眼差しでユダ様を捉えた。
「……! ルエッタ嬢?」
ユダ様が私に気付き一瞬眉を顰めた後、驚いたように目を見開く。
「ごきげんよう、ユダ様」
「…あ、ああ…」
私のメイクに面食らったかのような反応に内心ガッツポーズ。
よしよし、二ナのメイクの威力は抜群ね。
先ほどは出だしを躓いたがここからが勝負だ。
「……だいぶ印象を変えたんだな」
(よし、食いついた)
「ええ! ユダ様に可愛いと思われたくて私頑張ってみましたの」
「……そうか。…体調は、もういいのか?」
「嬉しい…! 私の心配をしてくださっていたのですか? あなた様の愛しの婚約者はこの通り、すっかり元気になりましたわ」
強調するように言った後、これ見よがしに腕に巻き付いてみせる。
周りはざわつき、ルーベルト殿下は「へぇ」と興味深そうに瞼を細める。
ちらりとユダ様を仰ぎ見れば、その顔はなんとも言えない、困惑と若干の嫌悪の表情で歪んでいた。
(…掴みは完璧だわ)
ちくりと痛んだ心臓は無視。
大事なのは私の感情よりユダ様の未来だ。
「……ルエッタ嬢、離れてくれ」
「ええ〜嫌ですぅ。それに、ルエッタ嬢なんてよそよそしい呼び方じゃなくて、ルッティと愛称で呼んでくださいまし」
「………」
まるで珍獣を見るような目だ。これはなかなかクるものがあるな…。
「あら? もしかして、あなたがルエッタさん?」
「え?」
唐突に、透き通る溌剌とした声が私の名前を呼ぶ。
後ろを向けばそこには学園の花と呼ばれる少女の姿があった。
「………アリシア・ソネット」
「嬉しい! 私の名前を知っているのね!」
その少女が心底嬉しそうに微笑むと、なぜか後ろの背景に可愛らしい花が飛び散る幻覚が見える。
(…恐るべし、これがニナの言っていた”ヒロイン”の威力……!)
私は依然ユダ様の腕に巻きついたまま、アリシアに鋭い眼差しを向けた。
「…何か用?」
「用っていう用はないんだけど、ユダ様からいつもお話を聞いていたからどんな子かなって気になってて!」
「………そう」
ユダ様、ね。
人の婚約者を名前で呼ぶなんて…しかも私の前で。
天然なのか、わざとなのか………
「ルエッタさんって聞いてた話よりもとても可愛い人ね!」
屈託のない笑顔を向けられて一瞬怯む。
これは素でお人好しをいってるタイプか…。
ニナがこういった素がいい人の子の方が厄介と言っていたが、確かにこの子に嫌味を言うのは気が引ける。
(いいえルエッタ心を鬼にするのよ! 負けてなるものですか!!)
「私あなたに名前で呼ぶことを許していないのですが?」
「あっごめんなさい、わざとじゃないの。でも、できれば名前で呼べた方が親しい感じがして嬉しいのだけど…」
「いやよ。私の名前を呼んでいいのは友人とユダ様だけですわ!」
「そう……でもそれはしょうがないわよね! 私たち初めましてだもの! 少しずつ仲良くなれるように努力するわ!」
可愛い上にポジティブとは…隙がないのかこのヒロイン。
私がえらく醜い女に見えてくるからやめて欲しいのだが、これこそが狙いなので何も言えない。
ただただ嫌な奴として徹底することだけが私の任務。
(……でも、少し安心したかも。こんないい子が将来ユダ様を支えてくれるなら、私は潔く身を引けるもの…)
「私のことはぜひアリシアと呼んでちょうだい。同じ学園の三年生同士、仲良くしましょう」
手を差し出されてにこりと微笑まれる。
私はその手を眺めて内心にやりと微笑んだ。
(なんて好都合なの)
パチンッと弾かれた音が響く。
周囲の息を呑む音に、ルーベルト殿下が驚く気配。ユダ様の腕がピクリと動く。
アリシアの手を弾いたことは効果絶大だろう。私はしてやったりとほくそ笑んだ。
「絶対に願い下げですわ。この泥棒女」
「えっ、ど、どろぼう…?」
アリシアはまん丸な瞳をパチクリと瞬かせる。
私はツンっと顎を上げると上から物を言うようにアリシアを謗った。
「なぜこの私があなたと仲良くなんてしなくてはいけないの? 冗談じゃないわ! デタラメな噂を流されているからって調子に乗らないでちょうだい! ユダ様には私がお似合いなのよ! 絶対にユダ様はあなたみたいな女狐には渡さないわ!!!」
「………」
「………」
「………」
(決まった………!!)




