前世の記憶持ちなメイド
そのまま泣き疲れて眠ってしまった私は、朝起きたら驚愕した。
「それでは、学園の方には本日お休みするとお伝えしておきましたので」
「ありがとう…ニナ」
私は学園生活初めてのズル休みをした。
理由は、泣き過ぎによる瞼の肥大化。びっくりするくらい腫れてしまったのだ。
こんな顔で学園に行くなんて絶対に嫌だし、何よりこんな顔をユダ様には見られたくない。
とりあえず今日は涙は我慢しよう。今度から泣くときは瞼が腫れない程度に泣かないといけないことをこの身で学んだ。
「…それで」
俯く私の前が翳り顔を上げると、私の専属メイドのニナが腕を組んで仁王立ちしていた。
「なんで泣いていたのか、話してもらいますよ? 私お嬢様の専属メイドなので」
「え」
にっこりと微笑んでいるのに、逆らえない圧が出ていた。
「…それ、ヒロインだと思います」
「ヒロイン?」
私が泣いていた事の顛末を話すと、ニナは徐にそう呟いた。
「そうです。私が前世の記憶を持っているのは話しましたよね?」
「うん」
私の専属メイドであるニナには前世の記憶と言うものがある。
曰く、地球と呼ばれる星の日本と呼ばれる国に住んでいたそうで。
そこで交通事故に遭い、この世界の住人として転生したとか。
正直突拍子もない話に最初は酷く困惑したが、彼女がこんな嘘を平気でつく人間ではないと知っていたから彼女を信じることにした。
何よりも、彼女はいつも常識とは違う発想をする人で、それも彼女曰く前世の記憶から得ているそうだ。
「その、ヒロインっていうのは、物語とかに登場するあのヒロイン?」
「そうです。私の世界では全く同じ名前のヒロインが登場する乙女ゲームがあるんですけど」
「おとめげーむ…?」
「簡単に言えば小説のようなものです。その乙女ゲームはヒロインの女の子と二人のヒーローを中心に物語が進んでいきます。そしてその主人公の名前がアリシア・ソネット…お嬢様の話の中にいた噂の女子生徒と同じ名前をしているのです」
「……ん? ということは、この世界はニナの世界にあった物語の中の世界ってこと?」
「う〜ん、それは違うと思います。多分パラレルワールド的な、可能性の一つの世界とか、そういう感じ」
「???」
胸を張って言えることではないが、私は勉強が苦手だ。複雑なことはよくわからないけど、多分物語の世界ではなさそうなので一安心。
「とりあえず、私の世界にあった物語は予言書だとでも思っていてください」
「わかった」
「その予言書では、ヒロインのアリシア・ソネットという侯爵令嬢とメインヒーローのルーベルト・オルレシア王太子殿下が基本主役の恋愛物語なのですが。その中で、お嬢様の婚約者のユダ様はアリシアに片思いをするサブヒーローの騎士として登場しています」
ドクンと心臓が脈を打った。
ユダ様がアリシア様に片思いをしている…。
物語の中の話といえど、そんなことはあり得ないと否定できない自分がいる。
「…ちなみに、そこには私も登場しているの?」
「います、よ。モブですけど」
「モブ?」
「脇役ってことです」
「脇役…」
私にぴったりの配役だ。
「たぶんですけど、お嬢様が見たガゼボでの逢瀬は、ユダ様がアリシアに恋をするところでもあるんです。だから、物語の通りに行けばすでに、恋をしている状態に…なります」
「…そっか」
脳裏に浮かぶ2人の姿。今思い出しても、お似合いだ。
「でも、物語の強制とかはないと思います。…私もルートから外れたし」
「ん?」
「いえ、なんでも。ただもし物語の強制力みたいなのがあるのだとしたら、お嬢様がユダ様の婚約者であるはずがないんです」
「え、そうなの?」
「はい。お嬢様はユダ様に恋する1人として描かれているだけですし、物語ではユダ様は婚約者もいない独身でしたから」
私は、物語ではユダ様の婚約者ですらないのか。なら今の状況はあり得ないほど奇跡と呼んでもいいのかもしれない。
(その奇跡だけを思い出にするのもありかもね…)
すでに私とユダ様が結ばれる未来など想像していなかった私は、ふと気になったことを尋ねる。
「物語では、ユダ様はどうなるの?」
「……これ、2つルートがあって…」
ニナが珍しく言葉を濁す。私は、気にしないからと先を促した。
「1つめのルートはアリシアと殿下の主人公同士が結ばれる結末です。このルートでは王太子殿下を慕う令嬢…私の世界では悪役令嬢と呼ぶんですが、その令嬢がアリシアを害そうとして、その脅威から守る形でユダ様は死にます」
「…………え?」
ユダ様が、死ぬ?
「あくまでも物語の話ですからね?」
「う、うん」
私が酷く動揺したことに気付いたのだろう、ニナが強調する様に言う。
「2つめのルートでは、アリシアとユダ様が結ばれる結末になってます。殿下は隣国のお姫様と結婚して、アリシアは医学師として、ユダ様は騎士として、生涯2人で幸せに暮らしながら殿下に仕える…と言う結末です」
「……」
…………うん、決めた。
「私、ユダ様と婚約破棄するわ」




