困惑(※ユダ視点)
ーーー誰だ、これは?
最初に感じたのは困惑だった。
今まで見たこともないほど派手なメイク、俺に媚を売ってくる視線に傲慢そうな態度、同一人物だとは思えないほど荒れた口調。
この間まで素朴な少女だった彼女がまるで幻だったかのような変わりように思わず目が離せなかった。
俺の腕に縋りつきソネットに悪口を言う彼女は間違いなく、俺の婚約者であるルエッタ・ハイリヤその人。
(誰だこれは? 本当にルエッタ嬢なのか…?)
そう疑いたくなるほどに彼女は別人過ぎた。
俺の好きな声音で俺の友人を罵倒するルエッタ嬢。
「デタラメな噂を流されているからって調子に乗らないでちょうだい!」
(やめてくれ…)
「ユダ様には私がお似合いなのよ!」
(もういい、もう聞きたくない…!)
「絶対にユダ様はあなたみたいな女狐には渡さないわ!!!」
「………」
俺たちの目の前でソネットが驚いたように目を見開いたまま固まっている。
幸い困惑しているだけで傷ついている様子はなさそうなので安心したが、だからと言って今のルエッタ嬢の発言は許されるものではない。
「いい加減腕を離してくれ」
俺は強引にルエッタ嬢を腕から引き離した。
そんな俺にルエッタ嬢は唇を尖らせて拗ねたような顔をするが、俺は嫌悪感しか抱けない。
まるで反省の色が見られない表情にイラつきすら覚える。
「君の今の発言が、どれほど失礼なものなのか君はキチンと理解しているのか?」
「私は当然のことを言ったまでです」
「…それは本気か? 彼女は君より爵位が高いし、君の先ほどの発言は無礼の極みだ」
「…ユダ様に手を出すその女がいけないのです。身の程を知らない愚か者はそっちですわ」
「………」
驚くほど話にならない。彼女はこんなに浅はかな人間だったか……?
「…………君には失望したよ」
意図せずほぼ無意識に出た言葉だった。
呟くように言ったのにも関わらず俺の言葉をしっかりと聞いたルエッタ嬢は一瞬瞳を切なげに揺らしたが、すぐさま眉を顰めてみせた。
「私を攻撃するのですか?」
「………君が意味もなくイタズラに友人を傷つけるのなら、私は君を非難するさ」
「ひどい! ユダ様は私よりもあの女をとるのですね」
「………今の君ならそうせざるを得ないだろう」
「…私はただ、ユダ様を愛しているだけですわ。そんな愛しいユダ様の視界に他の女を映したくないだけです」
その言葉にゾッとした。
まるで母のようなセリフだ。
母も父の瞳を独占するためだけに離れを建てたと聞く。
お金がないくせに自分の欲を満たすだけにあらゆるものを捨てて。
自分の子供の未来すら顧みもせず。
そんなろくでもない母から出たような言葉に、目の前にいるルエッタ嬢に軽蔑の眼差しをむけてしまう。
「………君の言う愛は、随分独りよがりなんだな」
「そんなはずないじゃないですか。ユダ様だって私を愛しく思ってくれてるから婚約者にしてくれたのでしょう?」
頭が痛い。
俺とルエッタ嬢が婚約した背景など、彼女はとっくに知って納得してくれたはずだ。
なぜ今になってその事実を自分の都合のいいように改変しているのか。
「ユダ様がその女を取るのなら、私容赦も許しもしませんから」
見たことのない暗い目に、彼女は変わってしまったのかと心底絶望を覚える。
「はい、じゃあそこまでだね」
険悪な空気を醸し出す俺たちの間に陽気に入ってきてくれたのはルーベルト王太子殿下だった。
「これ以上放っておくともっと厄介なことになりそうだったからね」
そう言って俺に笑いかけるがその目はとても冷静だ。
そのおかげで俺も落ち着かなければと気を持ち直すことができた。
改めて周りを見渡すと周囲は不安そうにこちらの様子を伺っていた。
少し離れたところにいるソネットはより不安そうにこちらを伺っていた。
ソネットに申し訳なく思いながら、もう一度ルエッタ嬢に視線をやる。
彼女は俺から視線をずらすことなくこちらをじっと見つめていた。
でもその視線からはねっとりしたような欲は感じられない。
他の女性であれば、その視線には少なからず欲望のようなギラつきが絡みつく。
どれだけ俺の目の前で清楚に振る舞っても目の奥に宿る欲は隠せない。
けれどルエッタ嬢の視線からはそれが全く感じられない。
…やはり先程までの態度が勘違いだったのだろうか…?
(…もしそうだったなら、どれほど嬉しいことか………)
「ル、」
「諸君、そろそろ授業の時間だ。さあみんな本業を果たしに行こうか」
俺の言葉は見事にルーベルト殿下によって遮られた。
その一声に周りの生徒たちは一斉に動き出す。まさに鶴の一声。
殿下だからこそなせることだ。
ルエッタも渋々と行った感じに動き出す。
「愛しのユダ様と離れるのは耐え難い苦行ですが…私はお先に失礼しますわ。…殿下もご機嫌よう。ユダ様、また後ほど会いに参りますわ」
最後に俺と殿下にむけてカーテシーをとり、横を通り過ぎる。
俺はただ黙ってルエッタ嬢の背中を見送った。
今日ほど、人の気持ちを理解したいと思った日はないだろう。




