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夕景未來短編集

ネガイゴト

作者: 夕景未來

《或る男の場合》

 今日は本当に最悪の一日だ。バイトで失敗して先輩に怒られるし、コンビニで弁当を買ったのに割り箸を付けてもらえなかったし、尚且つ予報外れの局地的豪雨に直撃。傘は当然持っておらずずぶ濡れだ。今日の朝の情報番組の占いでかに座は12位だったのを思い出す。あまりその手の占いを信じてこなかった。当たるはずなんてないと甘く見ていた、なのに何故悪い結果の日に限って当たってしまうのだろう。


「最悪だ……」

 俯き呟きながら夕暮れ染まる家路をとぼとぼ歩く。その時だった。か細い声が僕を引き留める。ふと声の方を見るとそこには茣蓙(ゴザ)の上に座った髭面(ひげづら)の老人がいた。昼間にも同じ道を通ってバイト先の焼き肉店に行ったが、その時にはそんな老人なんていなかった。この辺では見ない雰囲気の服を纏っているせいか、僕のいる周辺だけが異質さを漂わせる。彼の前には童話からそのまま飛び出したような不思議アイテムの類から怪しげな雰囲気漂うアクセサリー類が並んでいる。露天商だろうか。そんな宝飾品を買えるほど僕には金銭的余裕がない。そのまま通り過ぎようとしたが、彼は何か言いたいことがある様にじっとこちらを見つめてくる。その眼差しは何かを買うまで此処を動く事を許さないという怪しい圧、或いは魔力めいたものを感じさせた。

(…しょうがないか)

 僕は溜め息交じりで商品を品定めする。正直どれもこれも胡散臭(うさんくさ)いものばかりだが、よく見ると一つ一つ丁寧に作られていることが伺えた。その中でも僕が一番心を惹かれたのが、僕が子供の時に何度も読むほどに好きだった童話に出てきた魔法のランプだった。これは誰しもが憧れるアイテムの上位に入るものだ、現実でお目にかかれるとは思っていなかった。僕がそれに見惚(みと)れていると、露天商の老人は(乱雑に伸び切った白髪のせいか表情は見えないが)心なしか微笑んだ様に僕の手にランプを握らせた。まるでそれを押し付けているかのように。僕は驚きの表情を見せて言った。

「え!?買え、と?」

 すると老人は再び小さく笑みを浮かべてこくりと首を縦に振る。僕は少し迷ったが、結局好奇心に負けてそれを購入した。正確に言えば無料(タダ)で良いという事だったので()()()が正解かもしれないが。


 家に帰り、半ば押し付けられたにも等しい魔法のランプを見る。それは確かに綺麗なものだったが、やはり如何せん安っぽい作りをしている。

(こんなもので願い事が叶うなら、ここまで苦労はしてないっての。でもな……)

 一応試すだけ試そうと僕はランプの側面を優しく撫でる。しかし全く反応はない。

「だろうな…本物な訳ないか。あんなのファンタジーだからなぁ……」

 諦めの声を漏らしたその時、ランプが眩い光を放ち、注ぎ口から勢いよく煙が噴き出した。突然の出来事に驚いてその場から後退(あとずさ)る。そして次の瞬間、目の前に現れた人物を見て更に驚く。そこにいたのはこの世のものとは思えない程美しい女性だったのだ。赤を基調とした異国情緒の溢れる(きら)びやかな露出の高いドレスを纏った彼女は仰々(ぎょうぎょう)しく礼をすると僕に顔を近づけて言った。

『この度は御喚び出しありがとうございます、御主人様。願い事がありましたら何なりと』

 正直目のやり場に困る(とんでもなくセクシー)。僕は赤面しながら女性から目を逸らしつつ状況を整理する。

(今、"願い事があれば何なりと"って言ったな?もしかしてあのランプ、本物だった…ってコト!?)

 だとしたら恐らく何かしらの制約はある筈。読んだ童話にだって、"叶えられる願い事は3つまで"とか"他者の心を操作したり死者を蘇らせる事は出来ない"等々色々あった。そもそも本当に魔法なんてものがこの世に存在するのかすら疑わしいし、もし存在するとしてもそんな都合の良い話があるわけがない。きっと何か裏がある。だとしても急に"願いを言え"と言われても僕には困る。


 僕には、これと言った願いも欲も持ち合わせてはいなかった。


 脳内会議は踊る、されど進まず。これ以上議論しても答えは出ないので強制終了する事として、僕はもう一度女性の方を見る。やはり露出度の高いドレスを纏った彼女を直視するなんて恥ずかしくてできない。

(いやいや、ずっと逃げてるわけにもいかん。僕だって男だぞ!)

 意を決して彼女に話しかける。

「あ、あのっ……!」

 緊張のあまり声が上擦ってしまった。女性は一瞬きょとんとした顔を見せた後で僕を気遣った様子で言う。

『大丈夫ですよ、変に緊張しなくても。それで…1つ目の願い事は決まりましたか?』

「あ、やっぱり数制限ある感じですか…」

 僕は小声で言う。彼女はその通りと言うように小さく頷いた。

(どうしようか……)

 叶えて欲しいこと、欲しい物、したい事、何でもいいから何かないかと頭をフル回転させる。その時、ふとある考えが浮かぶ。しかし変に緊張してか発した言葉は想定とは違うものだった。

「え、えーと……お金が欲しい!、って言われたとしたら最高限度ってどれくらいなんですかね、なーんて……」

(馬鹿か馬鹿か僕は!何だよ今の質問!?素直に"お金が欲しい"って言えば良いだろうが!何故濁した!)

 事実、バイト生活をしている僕は住んでいるアパートの家賃を払うので精一杯なくらい金銭的に切羽詰まっていた。僕の心を知ってか知らずか、彼女は僕の問いに答える。

『そうですね……魔力的な問題ですが、限界500万くらいでしょうか?』

 そう言いながら彼女は両手を大きく打ち鳴らす。そして手を広げると、500万円分の万札束が現れた。僕は餓えた獣の如く瞬時に札束をかっぱらう。金というのはこうも人を狂わせるから危険だ。

『あぁ!何をしているのですか!?それは…』

「ありがとね、魔神さん☆いやー、やっぱりあの買い物は無駄じゃなかったなぁ~」

 万札を眺めながらほくそ笑む僕に、女性は終始呆れ顔だった。


 多額の臨時収入(?)を得たとはいえ、僕には私欲の為に使う勇気はなかった。

 その日の翌日。取り敢えずまずは家賃と光熱費の分を大家に支払い、後は買い替えようと思っていた家電・家具、不足分の食器や食材、そして衣類を買い揃えた。それは私欲云々(うんぬん)よりも優先すべき、僕の健康で文化的な最低限度の生活を得るための必要経費だ。

「これでしばらくは持つかな……」

 安堵の息をつく。まだ余っている札束を見つめる。

(これ、何に使おうか…貯金か?いや……)

 そう悩んでいると、僕の中にふと一つの願望が過った。思い立ったが吉日、今日が休みの日で助かった。僕は魔神の女性の腕を強引に引いて走り出した。

 着いた先は競馬場である。僕は毎週競馬中継は欠かさず見るのだが、金銭的関係もあり実際に馬券を買った事は無かった。

「良い事考えた!魔神ちゃん、結構しょうもない願い事になっちゃうんだけど……1枠消費しても良い?」

 僕は彼女の腕を掴んで言った。すると彼女は少し困ったような表情を浮かべながらも言った。

『仰せのままに、御主人様。で?1()()()の願い事は?』

(ん?今、1つ目って言った?)

 僕は首を傾げる。

(まさか、昨日の臨時収入の一件がノーカウント扱いになっている…ってコト!?)

 そこからとある仮説に行きつく。魔神が"願い事"認定するか否かは頼み方によるのではないか、という仮説だ。()()を意味する文体―――例えば『~したい』、『~してほしい』みたいな文末―――でないと願い事として扱われない、とか。だとしたらテンパった末の濁し質問はある意味ラッキーだった訳だ。

(これは使える!!)

 滲み出る悪い笑みを押さえつつ、僕は女性に言った。

「1つ目の願いだ。次のレース、どの馬が勝つか予想してほしい。単勝でも3連単でもいい」

『分かりました。予想というよりは未来予知にはなってしまいますが……』

 彼女が溜め息交じりに言った予想の通り、僕は馬券を買った。余りの全額をつぎ込む勇気はなく、その内の10万で勝負に出た。結果は当然の如く当たり。嬉しいには嬉しいのだが、結果の分かり切った勝負で勝つのは正直虚しさもある。彼女に感謝と申し訳なさの意を込めた視線を向ける。彼女はちゃっかりと余り金の半分をつぎ込んで大勝ちしていた。

(こいつ……!)

 

 勝利祝いという形で、近場のファミレスで昼食を取ることにした。勿論全額僕の(おご)りだ。

『宣言通りのしょうもない願い事でしたね、御主人様』

「しょうがないでしょ…急に何か願えって言われても思いつかないって。金の件も競馬のアレも、無理矢理考えてやっと捻り出せた結果なんだよ?」

『無理矢理……ですか』

 少し驚いた表情で彼女は言う。

「僕、よく言われるんだ。"無欲だ"って。確かに自分でもそう思うよ。何が欲しいとか、何かしたいとか強く思った事ないし…仮になんかそういう事があったとしたら、誰かの手を借りずに自分の力で手にしたいって気持ちの方が強く出ちゃうんだ。正直、さっきの競馬の時だって何か違うな……って素直に喜べなかった。誰かの願いを叶えてこそ存在意義のある君から見たら、僕なんて駄目なご主人様だよ」

 僕は苦笑いをしながら言う。

「もしかしてだけどさ…すぐに3つ願い事を消費しないといけない事情とか、あったりする?」

『特にそんな事情は無いです。思い付くまでいつまででも待ちます』

 そういう彼女の表情を見て何かを感じた僕は、恐る恐る聞きたい事を口にした。

「魔神ちゃんはさ……逆に、何か願い事ある?」

『私の願い、ですか…?』

 一瞬の間が空く。彼女は小さく微笑むと、こう答えた。

『私はただ、御主人様が幸せになればそれでいいです』

「そうか……」

 女性の答えには何かしら引っかかりを覚えた。僕の幸せ以外にも、彼女には叶えたい願いがある。魔神はランプによって封じられた存在、自分の素性や想いを明かせない制約をかけられている故に言い出せない事が彼女にはあるのかもしれない。彼女は無理をしてる。彼女と出会ってまだ日は浅いけど、僕だけが一方的に幸せになるのに少し罪悪を感じていた。彼女の表情の一つひとつに恋をしていた僕がいた。僕は立ち上がって言った。

「魔神ちゃん、2つ目の願い…今使ってもいい?」

 彼女は驚いた表情を見せ答える。

『構いませんよ』

 僕は(はや)る心を押さえるように一息つくと言った。

「君を幸せにできる男になりたい。君を見ていたら、僕だけが幸せになっちゃうのは何だか気が引けてさ…自分の為に使う願いは思い付かないけど、誰かの為って考えたら色々思い付いたんだ。直接人の気持ちを変える、みたいな願い事は無理でしょ?多分…だから、僕自身が、君の気持ちを変えられるような……君がずっと幸せに生きられるような存在になりたいんだ!君の幸せを優先するご主人様がいたって……いいんじゃないかな?なーんて…」

 ちょっとカッコつけた感じになってしまって正直気恥かしい。僕はちらっと女性の方を見る。


 彼女は、これまでにないくらい笑っていた。


『私の為に……ありがとうございます!』

 その笑顔は、僕の心に焼き付いて離れる事はなかった。


 それからの日々は、とても充実していた。

 余りの金は貯金して、掛け持ちしていたバイトは自分の性に合っていた運送会社一本に絞った。魔神の女性との生活は楽しかったし、最後の一つになった願い事の枠をうっかり消費しないように言葉にはかなり気を遣った。彼女の表情は幸せに満ちていた。これは2つ目の願い事の力なのか僕の一層の努力の賜物(たまもの)かは分からないけど、僕にとってはとても嬉しいものだった。


 彼女の幸せが、僕の最上級の幸せだ。

 

 そんなこんなで早2カ月。不自由なく生活できるようになった頃の事だ。僕の中にはもう、最後の願い事はどうするか決めていた。その願い事は(大袈裟(おおげさ)かもしれないが)僕にとって一世一代の大勝負となる。

「魔神ちゃん……こんな事を言ったら、君とは多分お別れになっちゃうかもしれない」

 彼女の顔をじっと見つめながら僕は言った。彼女は小さく頷いて言った。

『最後の願い事を使うって事ですね……それは覚悟の上です。御主人様との日々は、とても楽しくて、幸せでしたよ』

「そっか…それは良かった」

『では、3つ目の願い事を』

 僕は深呼吸すると、彼女を抱き締め、頬にキスをする。そして意を決して言った。


「きっと君には、僕の幸せ以外にも叶えたい願い事がいっぱいあるかもしれない。だから、僕は……君の願い事を全て、叶えられるような男になってやる!君を一生幸せにできるような男になるって決めた。僕は、君の事が大好きだ!魔神と人間の恋なんて叶う筈なんてないってのは分かってるし、こんなどうしようもない僕だけど……僕と、ずっとずっと、()()()!一緒に居てほしい!!」


 僕の告白を聞いた彼女は暫く黙り込んでいた。沈黙の時間が流れる。

(やっぱり、駄目だったかな……)

 諦めかけたその時、彼女が口を開いた。

『御主人様、貴方のその願い…叶えましょう』


 彼女がそう言ったその時、僕の喜びは一気に絶望へと転落した。


 僕の周囲は全方向真っ暗になった。女性の姿もなく、天井も壁も際限なく広がる真っ暗闇だ。

(ど、どういう事……!?)

 困惑する僕。その時、僕の周囲を煙が包む。逃げようにも執拗(しつよう)に纏わりついてくる。息を吸った途端に煙が僅かに口に入り、意識が混濁(こんだく)する。抗っても無駄だと悟った僕は、そのまま目を閉じ、意識を全て煙の中に委ねた。


《或る女の場合》

 話は数カ月前に遡る。

 私は欲しい物は全て自分の力で手に入れる事を信条としていた。金も、地位も、権力も、手に入れる為なら法に触れない限りは手段を選ばない。例え他人を蹴落としてでも。他人(ひと)がどうなろうが自分が幸せであればそれでいい。


 そんな私の思考回路が悪夢の始まりだとは、あの時の私は予想だにしてなかった。


 とある休日の事。中央公園で行われていたフリーマーケットに足を運んだ私は、その中でもひと際異質な露店を見つけた。屋根もなく茣蓙一枚の上に直に商品が置かれた粗末な店構え。商品には値札は無く、更に店を仕切っているのが不潔な容姿の老人。怪しさ全開と言った感じだ。

(こんな店構えで、誰が立ち寄るのかしら?)

 並んでいる商品は殆どが宝飾品の類だったのだが、明らかに偽物感が否めない粗削りな作り。呆れて物も言えない私はそそくさと立ち去ろうと思った。しかし、何故か心を惹かれてしまう物が一つだけあった。童話からそのまま飛び出してきたかのような煌びやかなランプ。私はそっとそれを手に取った。その時、老人が心なしか微笑んだように見えて、か細い声で何かを言いながら私にそのランプを押し付けるように握らせた。買え、という魔力にも近い圧に押し負け、結局ランプを買ってしまった。


「まぁ、所詮は我楽多(ガラクタ)よね」

 帰宅後、自室で一人呟く。とはいえ買ってしまったものは仕方ない。物は試しとは言うもので、私はランプの側面をそっと擦る。その後の展開は皆も知っての通り、ランプの中から魔神の男が現れた。しかしその風体は童話に出てくるような威厳は全く感じられず、詐欺師面という言葉がお似合いの怪しさ全開な細身の男性だった。

(魔神にしては低級格、って所かしら?まぁ、使えるものは存分に使うまでよ)

 私は己の尽きぬ欲のままに速攻で願い事を3つ消費した。


 しかし、私は目先の欲に気を取られ、このランプに隠された恐ろしさに気付かなかった。


 3つの願いを全て叶え切ったその瞬間、私は詐欺師面の男性と入れ替わる様に魔法のランプの中に囚われの身となった。このランプは3つの願いを全て叶えた願い主を閉じ込めて自由を奪う力があった。そして他の人の願いを叶えるまでは解放されないのである。その事実に気付き絶望したが時既に遅し。

「誰か!誰か私を呼び出しなさい!」

 届く筈のない思いを暗闇の中で叫ぶ。反響する声に虚しさを覚え、私はその場でしゃがみ込んだ。

「どうしてこんな事になったのよ……」

 きっとこれは一種の罰なのだ。他人の幸せを奪ってきた報いなんだ。そう思った。

「助けて…ここから出して!」


 そんな時、私を呼び出したのはあの無欲な男性だった。


 早く3つ願いを言って、私を解き放ってほしい。そんな思いを奥に秘めながら私は彼の願いを待った。しかし彼は願いを言わないどころか、"願い事"扱いされる文体を知ってか知らずかそれを(かわ)す様に物を頼むので、いつの間にか3つの制限を超えて願いを叶える羽目になった。

(何なのよこの男!早く私を解放しなさい!)

 あぁ、まただ。また私は自分本意で物を考える。こんなんじゃ駄目なのに……

 そんな事を考えている内に、彼からこんな事を問われた。

「魔神ちゃんはさ……逆に、何か願い事ある?」

 願いを叶える立場にある私に願い事を聞くなんて、彼は変な男である。真っ先に思い浮かんだのは早く解放されたい、その一択。しかしそんな事を口走れば猶更(なおさら)願い事を叶える事が遠退(とおの)く気がして、咄嗟(とっさ)に誤魔化した。

『私はただ、御主人様が幸せになればそれでいいです』

 それは単なる誤魔化しの建前、だと思っていた。でも何だろう、この気持ちのもやもやは。まるで私が彼に恋でもしているかの様。私は彼に尽くしたいと心のどこかで思っていた。


 私という願いを叶える媒体がありながら、彼は堅実だった。自分の欲しいものは自分で手に入れる信条は私と同じはず。でも男性は誰かを蹴落とすなんて事はせず、自分一人の努力だけで全てを手にしていた。その姿は、私の目にはとても輝いて見えた。

 それから2カ月近く経ったある日の事だ。突然男性は改まった表情でこんな事を言い出した。

「魔神ちゃん……こんな事を言ったら、君とは多分お別れになっちゃうかもしれない」

 私の顔をじっと見つめながら彼は言った。私は小さく頷いて言った。

『最後の願い事を使うって事ですね……それは覚悟の上です。御主人様との日々は、とても楽しくて、幸せでしたよ』

「そっか…それは良かった」

『では、3つ目の願い事を』

(これでこの呪縛も終わるのね)

私は内心安堵しながら彼を見据えた。すると、彼が頬にキスをしてきた。私は思わず赤面してしまった。そんな私の反応を見た彼は満足げに微笑むと言った。


「きっと君には、僕の幸せ以外にも叶えたい願い事がいっぱいあるかもしれない。だから、僕は……君の願い事を全て、叶えられるような男になってやる!君を一生幸せにできるような男になるって決めた。僕は、君の事が大好きだ!魔神と人間の恋なんて叶う筈なんてないってのは分かってるし、こんなどうしようもない僕だけど……僕と、ずっとずっと、()()()!一緒に居てほしい!!」


 それはある種の告白だろうか。でも、私は()()()()()この願いを受け入れないといけない。

『御主人様、貴方のその願い…叶えましょう』

 私がそう言うと共に、私の身体は光に包まれ、魔神然とした赤を基調としたドレス姿から普通の白いワンピース姿に戻る。そして男性の姿は消え、私の足元には輝きを失った例のランプが転がっていた。


「これで……私は自由だわ」

 ランプをそっと拾い上げて呟く。その時、私の背後に気配を感じた。咄嗟に振り返ると、そこにはあの露天商の老人が立っていた。

「どうして此処に!?鍵は閉まっていた筈よ!」

 老人は私にゆっくりと近付くと、僅かに震える右手を差し伸べて言った。

「そのランプを…渡しなさい」

 老人の魔力に近い眼圧は私の精神を揺さぶる狂気。恐怖が全身を駆け巡り私は後退る。

「嫌、嫌ぁ!」

 私はランプを胸に抱き締めた。その時に服でランプが擦れたのだろう。ランプが輝きを取り戻し、煙が勢いよく噴き上がる。そして、煌びやかな異国感漂う格好をしたあの男性が現れた。男性は私と老人の間に立ち言った。

『御主人様の幸せを、壊す奴は許しません』

 私は彼が言っていた事を思い出した。

―――君がずっと幸せに生きられるような存在になりたいんだ!

(私の、為に……)

 男性は老人に向けて魔法を放つ。

「ぐっ!おのれぇ!」

 老人は悔し気な表情を見せ、その場から一瞬にして消えた。男性はそのまま私の方を振り返る。操られたように虚ろな眼をしていたが、優しい表情は変わっていなかった。

『大丈夫ですか?御主人様』

「あ、ありがとう……」

 私は彼の優しさに触れ、胸が熱くなった。私は彼をそっと抱き締める。涙が溢れて止まらない。すると男性は私の頭を優しく撫でて言った。

『僕は"永遠に"、御主人様の傍にいます。貴女の幸せを守る為、貴女の願いを叶える為に』

―――僕は……君の願い事を全て、叶えられるような男になってやる!

―――僕と、ずっとずっと、永遠に!一緒に居てほしい!!

 この時、全てを理解した。彼の告白の真意を、永遠の誓いの意味を。もう願い事の数に制約なんてない。彼は、私の願いを()()()叶える存在になった。己の自由を犠牲に、私と共にいる事を誓ったのだから。

(このランプは永遠に私のものになった、って事よね!)

 私は彼に気付かれない様にそっとほくそ笑むと、彼の眼を見て言った。

「魔神さん、早速だけど最初の願いよ。私を絶対に、()()()裏切らないって誓って頂戴?」

 すると男性は優しく微笑むと、仰々しく礼をして言った。


『承知しました。その願い、叶えましょう』

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