~三十周目から三十四周目~
暗殺者という立場から離れたら変わるかもしれない。それに、アーシャとしての数か月の時間が勿体ないことに気付いたわたしは、強硬手段に出ることにした。
死に戻りから目覚めたわたしは、お父様にグレイドのことを話す。
そして彼を誘拐してもらい、その死を偽装してもらう。
理由は大魔女だのわたしの将来だの、並べ立ててなんとか納得してもらった。
そして、帝都内のとある民家に拘束されたグレイドに会いに行く。
「殺すなら殺してください」
グレイドは落ち着き払っている。早く死ねそうで、ちょうどいいとでも思っているのかもしれない。
「殺しはしません。あなたは死んだことになっています。情報を下さったら、その後は自由とは言いませんが、アシュトランの管理下で違う人生を歩んでいただきます」
「必要ありません」
「そう死に急がないで。まずはわたしの侍従になりなさい」
近くに置いておかないことには、惚れてもらえない。やはりまずは侍従になってもらう。わたしの死に戻りさえ回避できれば、その後は好きに生きればいい。
それから一か月ほどして、情報提供と説得を終え、結局グレイドはわたしの侍従になった。今までは侍従になるまでに半年かかっていたことを考えれば、かなり早くなった。
問題は、グレイドに愛だの家庭だのといったことに対する気持ちがないことだ。家族も知らず、暗殺者としての教育だけの人生だったのだろう。
好みの問題もあるかもしれない。わたしは色々な女性を彼にけしかけてみることにした。
まずは近くの酒場で人気の給仕に金を握らせて口説いてもらう。綺麗系の女性で、かなりの美人さんだ。
先輩侍従に同僚のグレイドや下働きの何人かを酒場に連れて行かせるよう誘導し、グレイドが来るたびに思わせぶりな態度を取らせてみる。
しかし、一緒に来ていた下働きの少年が顔を真っ赤にするほど大胆に色仕掛けをしたのに、彼は無表情で食事をして帰っていった。酒にも強いらしく、飲んでもほとんど変わらない。
何度か繰り返させたが、全く脈なしだった。下働きの少年はそれから毎日通っているらしい。
次にティティを言いくるめて、けしかけてみる。元々彼女はグレイドの顔を褒めていたので、誘導するのは簡単だった。今度は色仕掛け的なものはなく、健全に口説きにいくように仕向ける。元気で可愛い同僚侍女に毎日話しかけられ、外出に誘われる日々。
ティティにほのかな恋心を抱いていた下働きの少年が泣いて、さらに酒場に入り浸るようになったらしいが、グレイドはそんな日々を過ごしても、淡々と自分の仕事をこなしていた。
ティティはすぐに飽きて、他の侍従といい感じになっていた。
こいつ童貞か?と思ったわたしは帝都で一番の娼婦を投入。酒場で酔ったふりをして介抱させ、宿に連れ込んで迫らせた。
やることはやったらしいが、終わったら金だけ置いてさっさと帰ったらしい。誇りをもって仕事をしている娼婦さんは非常に不本意そうだった。申し訳ない。
酔っぱらって自分の寮にまで帰れず、たまたま同じ宿を取った下働きの少年は隣の部屋にいて悶々としていたらしく、後日お店に行って大人になってきたとか。
彼の給料からすると超高級店の料金は手が出るものではないはずだったが、コツコツ貯めていた貯金を全額はたいたらしい。
…確かアシュトラン領の田舎に住む両親に仕送りをしてたな。
なんだか振り回してしまったので、田舎の両親に、と言って多めのお小遣いをあげた。
女を知って一皮剥けた少年は、この周でティティと晴れてお付き合いを開始した。
…今後の周回で…どうしよう…。
そんな風に、他にも何人かの女性と関係を持たせたものの、全く靡く様子はなかった。
無。無である。
なんて寂しい男なのかしら。
四周ほどかけて、色々な方向から攻めてみたが成果はなかった。
女性の好みすら分からない。
暗殺者から離れても、結局最後は死にたいと言ってわたしを殺しに来る。
念のため、幅広い年齢の女性だけでなく、男性も試してみたが、同性愛というわけでもなかったようだ。
ちなみに未成年の少女には極めて紳士的な対応だった。えらい。
まぁ孤児の彼女は既に、毎日客を取って生きているわけだけど。もっともっと領全体を豊かにして、選択肢のない若者がああいう仕事をしなくていいようにしなければ。
報酬をもらって、孤児の少女は娼婦を辞め、学校に通って夢を叶えると泣いていた。
泣いて感謝されたが、次の周でもそうする保証はない。
為政者側であるわたしが、数多くいる同じ境遇の少年少女の中から、彼女だけに施しをするのは偽善だ。全ての貧しい人たちに行きわたらせることなんてできない。必要なのは社会改革であり、政治の領域だ。わたしにできるのは、孤児院などへ慰問に行ったりしてできる限りの寄付をしたり、そのぐらい。
それでも、本来ならたまたま縁ができた特定の相手に施すことはある。わたしの力で全てを豊かにはできないけれど、偽善であろうが欺瞞であろうが、わたしに縁があったそれ自体が、相手の運の良さと考えることもできる。それに、領や国全体のことを考えなければいけない側のわたしとて、それでも目の前で救える誰かがいたら、その人に手を差し伸べて悪いとは思わない。
けれど、死に戻っている今は、選べてしまう。
次の周で、彼女に同じ仕事を頼む理由はない。わざわざ理由を考えて、彼女を助けるのなら、それは同じ境遇の、それこそ同年齢の他の娼婦達などに申し訳が立たない。
そこまでするのは、偽善が過ぎる。だけど、泣いて喜んだ彼女の笑顔が頭から離れない。もう私は彼女と出会ってしまった。例えそれがなかったことになるとしても。
つくづく思う。死に戻りなど最悪の呪いだ。
ヴィータ様。あまねくすべてを見通すあなた様ですら、天上に昇った人はともかく、現生で生きる人の全てを救うことはできません。聖女様にも、大魔女様にもそれはできません。
わたしなどに、なぜこんな試練を?
わたしは一年死に戻ったところで、何度繰り返しても大したことなんてできません。
繰り返す中で出会った、元の周では出会うことのなかった僅かな人々すら、全て幸せにはできません。
三十四周目の終わり、またもわたしの心は折れそうになっていた。
十七歳の三十四回目なので、わたしはもう五十年生きていることになる。
寿命にもよるけれど、平均寿命が六十歳と少しなことを考えれば、普通の人なら人生の終わりに差し掛かったころだ。
「グレイド、わたしを殺す前に少し話をしない?四半刻でいいの」
グレイドは足を止める。その動揺する姿も何回目だろう。何も言わずにさっさと殺された周もあるからね。
「あれだけ綺麗な何人もの女性に好意を示されて、どうして心が動かなかったの?」
「好意…寄せられていましたかね」
「そこから?あんなに分かりやすかったのに」
この周で自分に好意を寄せていた人たちのことだと分かっただろう。
しかしグレイドは、困ったような顔をした。
「私には分かりません。彼女たちは打算で私を選んでいました。よりよい生を送るために。でも、私は私の生を良くしようと思いませんし、誰も必要としていません」
「打算だけではないでしょう。あなたを好ましく思っていたはずよ」
「多少なりともそうだろうとは思いますが、私が駄目なら他の男に行くだけでしょう。それでいいではないですか」
「それじゃ駄目なのよ、それじゃ…」
「…お嬢様、あなたが私に良くしてくれたことは感謝しています。こんな形でしか返せなくて申し訳ありません。…もし生まれ変わったら、他の男にしてあげてください」
「他の男じゃ意味がないのよ…」
そう口にして気付いた。それはなぜ?
…そうだ、それも打算だ。わたしが生きたいから。国のため、領のため、グレイドのため…何を言っても、わたしは全てを打算でしていた。
その証拠に、わたしは彼を悲しい人だと思いつつ、本気で口説こうだなんて思わなかった。
惚れさせようと思っても、惚れていなかった。
愛させようと思っても、愛していなかった。
させよう、させよう…わたしは自分の欲求しか、彼にぶつけていなかったのだ。
彼にけしかけた他の女と同じ…。打算だけで近づかれても、彼の心は溶かせない。
わたしは馬鹿だ。そんな当たり前のことに気付いていなかっただなんて…。
グレイドの顔を見る。
悲しい目。
それは、人生に疲れたから?
良くしてくれたわたしを殺すから?
…愛されなかったからだ。
わたしの頬を涙が伝う。
そうだ、そこらの女を何人けしかけたって意味がない。
わたしは彼に、愛を教えたかったのだ。
どうやって教える?
全力で誰かが愛さなかったら、教えられるわけがない!
殺されるとき、涙を流すのは初めてだった。グレイドはまた、初めて見せる顔で近寄ってくる。
その顔はこれまで見たこともないほど、苦痛に歪んでいた。
いや、きっとわたしが気付かなかっただけで、何度もそんな顔をしていた時があったのだろう。
きっと、ほんの少しでも普通の暮らしをした彼は、本当は彼は…もう、わたしを殺したいなんて思っていない。任務でもないのに彼が止まらないのは、死にたいからでもなく、女神様の意思で動かされているだけなのだろう。
なぜか、わたしにはそう思えた。
「いいのよ、グレイド」
これは、馬鹿なわたしへの罰。
こんなに近くで、こんなに彼を見てきたのに。
彼の優しさと苦しみを見てきたのに。
任務でならともかく、犯罪者しか任務を与えなかったらわたしを殺す?
そんな人じゃないよね。
苦しそうなグレイドに手を伸ばす。
わたしのせいで、彼は長い時間苦しんでいる。
何度も罪もないわたしを殺して、その度に罪に苛まれ、そして自ら死を選ぶのだ。
わたしが彼をちゃんと見ていなかったから。
彼に記憶はなくとも、本当に長い時間。
待っててね、グレイド。次こそはわたしが終わらせる。
わたしが全力で、あなたを愛すわ!