~七週目から二十九周目~
死に戻って起きてからも、わたしの目からは涙が流れ続けた。
グレイド…貴方は何の理由もなく、一人では死ねなかったのね。
死ぬ理由を探していたのね。
ヴィータ教において、自殺は禁じられている。唯一、罪を犯した者が罪を償う場合を除いて。
つまり、これまでの生でわたしが死んだ後も、彼は…。
「大魔女様、大魔女様」
答えを知りたくて声を上げるも、返事はない。
きっと彼女は知っているはずなのに。この声も聞こえているはずなのに。
それはつまり、わたしの思った通りだから?
彼はきっと、どの周でも、わたしを殺せばすぐに自分も死ぬ。
大魔女は、この死に戻りをわたしが死んで終わらせる道もあると言った。その場合、やはりグレイドも死んで、そうして私たちがいない時間が…世界が、進んでいくということなのだろうか。
そんなのは苦しすぎる。悲しすぎる。
「絶対に、ふたりで生きる」
それからわたしは、出会い方を変えてみたり、時期を変えてみたり、色んなことを試してみた。
何度も何度も一年を繰り返して。
死に戻った際、わたしがそれ以前の周と一切同じ行動を取ってみると、グレイドに限らず、どの人物も同じ反応を返す。
それを利用して、どういう行動を取ると世界にどういう影響が出るか、完全に覚えきれはしないけれど、かなり正確に理解していくことができた。
けれど、わたしが死に戻る時点で彼は十八歳。簡単に考えを変えるような年齢でもない。
会う時間を長めにしたり、関係が深まった周は多少感情を見せてくれるけれど、彼が生き方を変えてくれることはなかった。
そうして何度も繰り返して、ふと思いついたことがあった。
その生で、わたしはアーシャとして数か月グレイドと関係を深め、彼が暗殺者であることを指摘し、自分がアシュトランの姫であることを伝えたうえで、こう言った。
「アシュトランで暗殺者になりなさい」
「グランテニアでこのまま仕えるのと、何か違いが?」
「恐らく、こちらの方が仕事を与えるのは早いわ」
グレイドは逡巡した。
彼の心にあるのは、早く『成果』を出して、自分の生を終わらせたいという気持ちなのだろう。
だが、わたしは彼の最初の仕事の時期を知っている。
それより早く任務を申し付ければいい。
果たして、グレイドはそれを承諾した。
彼をわたしに惚れさせない限り、こうしたところでわたしは殺されるだろうし、彼もその後死ぬだろうけれど、自分の部下にすれば、これまでよりも接触する機会を増やせる。なにか手掛かりが見つかるかもしれないわ。
お父様に頼み、グレイドの死を偽装工作してもらった。
といってもグランテニアも、まさかアシュトランがグレイドの本職を知って偽装したとは思わなかったらしく、そんなに深い調査はされなかったそうだけれど。
問題は任務だ。グレイドが自死したとしても、恐らくわたしも巻き戻ると思われるので、なるべく時間を引き延ばさないといけない。
それに、今回の生も死に戻るであろうと思うけれど、それでも人を殺す命令を下すことに、わたしは躊躇してしまった。
しかも万が一、この生がうまくいって例の日を越えたとしたら、目も当てられない。
悩んだ結果、わたしが死に戻る直前に汚職で捕まり死刑になる予定だった、ヴィータ教会の司祭を狙わせることにした。
彼は信者の気持ちの籠った、聖なるお布施を横領したり、教会で保護する孤児の人身売買など悪質な犯行を重ねており、確実に死刑になると言われていた。この国において、聖職者の犯罪に対する罰は重い。
逮捕されるよりも少し早い日にちを決行の予定とし、グレイドには諸々の根回しが終わるまで待つようにと伝え、わたしの家に住まわせる。
お茶に誘っても断られそうな気がしたので、彼を変装させた上で私の侍従とし、近くに置いた。
そうしてみると、実に細やかに気が利く、有能な男だった。
アシュトランの領地で過ごしていた、ある日のことである。
わたしは護衛二人と、侍女もネーリとティティの二人、そしてグレイドを連れて、アシュトラン領内にある小高い丘の上に来ていた。
ここは領都全体を見渡せる、わたしのお気に入りの場所なのだ。
グレイドと話したかったので、ティティと一緒に地面に敷いた布に座らせる。護衛とネーリは固辞したが、給仕はネーリ一人で足りるからと、強引に引き入れた。
その日は、少し寒い日だった。外出時に厚着にさせたネーリが、思った以上に寒いと感じるわたしに気付くよりも早く、そしてわたし自身が寒いと感じるより早く、彼は上着をわたしに掛けた。
さらに座った時点で魔道具が用意されており、ネーリがお茶を用意しようと準備を終えた頃にはお湯が沸く。ネーリも手際の良さに感心していた。
それから、ティティと下らない話をしつつ、グレイドの話を引き出す。
「だから、わたし的には美味しいごはんを食べさせてくれる旦那様がいいんです!」
「あなたが作る側ではないの?グレイドは、料理なんかするのかしら」
「簡単な料理くらいです。手間はかけませんね」
「結婚するなら、どんな女性がいいの?」
「する気がありません」
「えぇ~!?結構格好いいのにもったいないです!」
「もし、何らかの理由で結婚しなければいけないことになったとしたら?」
例えば、暗殺の仕事の偽装工作などの可能性もある。それを察したのだろう。グレイドは考え込んだ。
「そもそも、家庭というものがよく分かりません。家族がいたこともないですし、他人と信頼関係を築くようなこともありませんでした。だから想像できません」
「そんなの可哀そうです!ならわたしがお姉ちゃんになってあげます!」
「妹じゃないの?」
「先輩ですから!」
下らない話に引き込めば、グレイドも普通に笑うこともあった。以前のアーシャの時とは違い、使命を帯びない私的な時間だったからだろう。ちゃんと日常を過ごせば、彼にも感情は生まれるのだ。
わたしはまた悲しくなった。
人として当たり前の感情を殺させ、まるで人形のような人を作り上げるグランテニアに怒りがわく。
この周は、グレイドの好きな食べ物や、暗殺者として教育される前の孤児院時代の生活など、少しグレイドのことを知ることができた。
そうして、予定通り司祭を殺すように指示をする。
アシュトラン邸に忍び込み、単身わたしを暗殺できる男である。簡単に達成して帰ってきた。
しかし、彼は自殺しなかった。
次の標的をとあっさり言われるも、そんな事態を想定していなかったわたしには、すぐに任務を与えられない。
これは、女神様の導き?あの日が来るまで、二人とも死ねないとか?
そうして、考えても分からないまま、次の仕事をさせることもないまま、その日は来た。
「…どうして?」
「…疲れてしまいました。早く終わらせたいのです」
「それは、自分の生を、という意味かしら?そんなの、いつでもよかったじゃない」
「一人では死ねません。でも、犯罪を犯した者を殺しても、それは女神様のご慈悲であり神罰です」
「だから、わたしを殺すの?」
「何の罪もない人をこの手で殺めた時、私は罪を償うため、自らの人生を終えることを許されるんです」
なるほど、思った以上に信心深いのね。
確かにヴィータ様の教えでは、犯罪者を何かの理由で殺しても、それは神が人に代行させた神罰と考えられるので、自殺を許す理由にはならない。
そうして、結局同じように殺されて死に戻った。
この方向性では終わらない。それは分かったけれど、これまでで最も親密になれたし、彼の人となりを知ることができたわ。
これは手掛かりになるかもしれない。そう考えたわたしは、同じ手を何回も繰り返すが、やはりグレイドの考えが変わるようなことはなかった。




