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~六週目~

 会う機会がたくさんあったからだろうか。

 質問にも結構長く答えてくれたし、ほんの少しだけ感情の揺れを見ることができた。


 全く感情のない闇の世界の住人なんて、どうすればいいのかと思っていたけれど、グレイドに感情があるなら、きっと突破口はあるはずだわ。




 今回もお母様とネーリを巻き込み、アーシャとして手紙のやり取りをし、会う回数を重ねて数か月。

 わたしは次の段階に進むべく、突っ込んでみることにした。


「グレイド。アシュトランのご当主様から聞いたわ。あなた…グランテニア子飼いの暗殺者なのですってね」


 グレイドは今まで見た中で最も動揺を顔に出した。


「な、なにを…」


 しかし、アシュトラン当主が口にしたことの意味を考えたのだろう。言い逃れはできないと悟ったようだ。すぐに表情を引き締める。


「…それで、俺をどうするんだ?」

「どうもしないわ。お父様には、手出し無用と伝えてあります」


 これは嘘である、本当はお父様は何も知らないままだ。


「お父様…?」

「騙していてごめんなさい。わたしはミーシェレータ・レーテ・フォン・アシュトラン。侍女ではなくて、現当主の娘です」


 わたしがそう言ってかつらを取ると、グレイドはさらに驚きを顔に浮かべる。普段は無表情か、気取った愛想笑いしか見せないグレイドの百面相は、見ていて楽しい。


「…何が目的ですか?」

「あなたを違う道に進ませたい。アシュトランで面倒を見ますから、グランテニアを捨てて欲しいの」

「…なるほど、情報が目当てですか」

「いいえ、違います。あなたに私を好きになってほしいの」

「…嘘ですね」

「本当よ。あなたさえ良ければ、婚約してほしいと思っています」

「…なぜ、そこまで?」


 聞かれて、わたしは答えに詰まった。家のためだとか、帝国のためだとか言うわけにもいかない。


「…わたし自身のためよ」


 嘘はつきたくなくて、そう言った。そしてそれは、確かに最も重要な理由だった。

 これまでの時間で、わたしもグレイドに情を持っている。彼に嘘はつきたくなかった。


「…ありがたいことですが、お断りします」

「…なんで!グランテニアに忠誠を捧げる理由でも!?」

「そういうわけではありません」

「じゃあ…」

「でも、裏切る理由もありません」


 やはりそこには、ほんの少しの感情しかないように見える。そう、全てを諦めてしまったかのような、達観した顔だ。


「…断ったとして、敵対派閥の暗殺者をアシュトランが放置するとでも?」


 わたしは最終手段を口にした。これでもう、嫌われる。この生では死に戻りは不可避だろう。


「お好きにしてください。どうせ、生きてる意味なんて、大してないんです」


 グレイドはここで、わたしに初めて自然な笑みを見せた。けれどそれは、悲しみと諦めの滲んだ、寂しい微笑みだった。


「…言ってみただけよ。今日のことは忘れるし、お父様にも何もしないように進言しておくわ」

「いいのですか?」

「あなたを死なせたくないもの」


 これも本心だった。グレイドを死なせたくもないし、わたしも死にたくない。

 まぁ、どうせグレイドが死んでも、わたしは死に戻りから抜け出せないのだろうけれど。


「ただ…」


 別れ際に、口にする。きっと聞いてもらえないだろうけれど。


「もしグランテニアがわたしを邪魔に思う時が来たとして…あなたにだけは、殺されたくないわ」




 家に帰り、寝台に飛び込む。ネーリが小言を言うが、無視した。

 なんだか疲れてしまった。この生はもうどうにもならないだろうし、少し休みたい。


 それに、わたしは悲しかった。


 ただ暗殺者になるだけに育てられた人は、ああなってしまうのだろうか。


 もちろん、世界は綺麗ごとだけでは生きていけない。

 生きるために犯罪を犯す人もいれば、犯罪をしたくてする人もいる。


 そしてグレイドは…。

 彼は本来、人殺しを生業にするような人じゃない。

 もし違う孤児院に生まれたら、生きるためにやむを得ず犯罪を犯すことはあったかもしれないけれど、必要以上に人を傷つけたり、ましてや命を奪うようなこと、する人には思えない。


 繰り返したお茶の席を思い出す。

 いつも愛想笑いで、読めない人だけれど、悪い人には思えなかった。二人でいるのは居心地がよくすらある。


 感情の死んだ無表情。あれは暗殺者として育てられた結果、心が死んでしまったからではないの?


 生きてる意味なんてないと言ったときの、あの悲しい笑顔。


 きっと優しい人なのに、どうしてグランテニアを裏切れないの?




 わたしはその生、両親に怒られながら、ネーリに怒られながら、遊んで過ごした。

 ティティが新人として侍女になってからは、二人で町に繰り出し、町娘のように遊んだ。

 侍女として仕えるティティは騒がしく、仕事もあまりできないけれど、町で遊ぶには楽しくて、思ったより気もあった。


 こんなのは初めての経験だ。意外と、他の十剣家の姫や子息もお忍びで町にいるところに出くわした。わたしって姫失格だと思っていたけれど、意外とそれでも真面目だったのね。


 さらに、普段は帝都で大半を過ごすけれど、領地にも長めに帰った。社交時期なので家族は帝都にいる必要があったけれど、ティティとネーリを連れて領地へ帰り、領地でも町遊びをする。


 今までよりも、自分の領地を知ることができた気がするわ。

 市場の人たちにも知り合いができた。彼らはわたしを、自分の領地の姫だなんて思っていないだろうけれど。


 …この人達のためにも、わたしは死ぬわけにはいかない。


 何か月も遊んで、少し気が晴れた。




 そうして、領地にいるまま、終わりの日がやってくる。場所が違っても、いつもと同じ時間にグレイドは現れた。




「わたし、あなたにだけは殺されたくないって、言わなかったかしら」

「申し訳、ありません…」

「ま、断れないのでしょうけれど」


 ふと、思ったことを口にしてみる。どうせ、この生は失敗だ。


「ねえ、生きてる意味なんてないって言ってたわよね。じゃあ今死んでみてよ。そしたら、わたし助かるし」

「それはできません」

「ふぅん、結局わたしより、自分が大事なのね。わたしは生きていたいのに、死んでもいいと思ってるあなたに殺されないといけないなんて」

「…あなたを殺さないわけにはいかない、ということです」

「どうして?」

「これが私の初任務です。達成できなかったら、今までの生の意味もなくなる」

「…あなたの自己満足のために、わたしを巻き込まないでほしいわ」

「申し訳ありません。ですが…」


 グレイドは、いきなり自分の腹に小剣を突き立てた。


「な、なにを!?」

「私も、今日死にます」

「な、なんでよ!」

「それがあなたへの、せめてもの罪滅ぼしです」

「どうして!?どうしてよ…!ふたりとも死ぬのなら、ふたりとも生きたっていいじゃない!だいたい、いつもわたしを殺す時は喉を切って一瞬なのに、なんでそんな苦しそうなやり方…!」


 グレイドは顔を真っ青にし、ひゅうひゅうと息をしている。わたしは殺されるとき、そんな苦しそうな思いをしたことないのに。


「…いつも…?確かに…あなたの、こと…は。喉を切っ…て、苦しま…ずに…一瞬で。死なせて、さしあげます」

「喋らなくていいから!」

「私が…一瞬で死ん、だら…あなたを…殺せ、ない」

「なんだって、そんなにわたしを殺したいのよ」


 グレイドは今にも死にそうな顔だ。わたしは、涙が次から次へと溢れるのを止められない。なんなのだ、この無理心中は。


「ずっと…生きる意味…なかった…でも、誰かを…殺し、たら…罪を、つぐ、なわ…ないと…だから、死ぬ…勇気、が…申し訳、ありま…」


 そして最後の力を振り絞ったのか、瀕死の状態にも関わらず、わたしはいつも通り、鮮やかに、一瞬で、意識を失った。

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