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~五週目~

 雇い主に恩でもあるのか、弱みでも握られているのか。

 帝国内においてアシュトランに対抗できるのはグランテニアのみ。裏を返せばアシュトランだけは、グランテニアを相手にしても守り切れる。それはグレイドにも分かると思うのだけれど…。


 やっぱりまだ親密度が足りないのかな。それにしても無表情なんて!口では死ぬべきではないとか言いながら、多少なりとも知り合いであるわたしを殺すのに無表情って!


 もっと彼のことを知らないといけない。毎回、一年かけて二言三言の言葉を交わすだけじゃ、何回死に戻りするか分からないし、積極的に交流を持たないと。


 でも誘っても来てくれなかったわけだし…。




 死に戻って翌日。ネーリに聞いてみることにした。


「落としたい男性と近付くのって、どうすればいいの?」

「はぇ!?お、お嬢様…?急にどうしたんですか!」

「わたしに惚れさせたい男がいるの」

「…!奥方様に報告してまいります!」

「え!?ちょっ待っ」


 ネーリは目にも止まらぬ速さで部屋を出て行ってしまった。

 そして怒涛の勢いでお母様を連れて戻ってくる。


「ミーシャったら、あなたにもついに春が来たのね!」

「いや、そういうわけじゃ…」

「全くあなたったら、恋愛小説は好きなわりに現実の殿方には見向きもしないんだもの!さぁそれで、どちらの殿方なのかしら!?」

「いや、えっと、別にわたしが好きなわけではなくて。ちょっと事情があって惚れさせたいだけなのだけど…」


 すると二人とも、ガレッドがブリエを食べた時のような顔をした。

 ガレッドはこの大陸で広く使われる騎乗生物で、ずんぐりとして首の長い、大きな鳥の一種なのだが、愛嬌のある顔だちをしている。それが、酸味のある野菜であるブリエを食べると、変な顔をするのだ。


「…なにそれ。事情ってどんな?」

「…それは言えないの。別に、悪いことしようとしてるわけじゃないから心配しないで」

「はぁー…まぁ、何か理由があるならいいわ。で、結局どこの誰なの?」

「グランテニアで働いてる侍従さん」

「…あなた…。悪いことじゃなくても危ないことなんじゃ?」


 それはそうだが、結局何もしなければわたしが死ぬだけだ。


「大丈夫だってば。お茶に誘っても断られてしまうの」

「まずは、手紙でも書いてみたら?」

「アシュトランの姫からの手紙なんて、届くかしら」

「届くだろうけど、検閲されるでしょうね。下手なことを書くと面倒だわ。だから、アシュトランで働く侍女のふりをすればいいのよ」

「それなら返ってくる?」

「仲良くなって、我が家の情報を得ようとするに決まってます。返信は来るわよ」

「そんな打算的なところから仲良くなれる?」

「会う機会は作れると思うわ。お茶にも誘えないよりは前進でしょ」

「では、私は新しい侍女が入った噂を流しておきますね」

「ありがとう、ネーリ。早速、設定を考えていきましょう」


 そうして、面白がったお母様とネーリの主導によって、架空の侍女が生まれたのだった。




『はじめまして。わたし、アシュトラン邸で最近雇われて侍女をしている、アーシャと申します。先日、偶然あなたをお見掛けする機会があって、それからずっと、一度お話してみたいと思っています。先輩侍女にお願いして、そのお友達づてに働いてる家を聞きました。突然のお手紙で、職場まで調べてごめんなさい。知りたい気持ちを抑えられませんでした。もしお許し頂けるなら、よかったらお休みの日にお茶でもいかがでしょうか?それか、まずは文通からはじめてみませんか?』


 書かされて、随分と積極的な女だなと思ったが、一般帝国民の中ではそんなに変なことではないらしい。

 そんな手紙を送って数日、お母様の読み通り、果たして返事は来た。


『アーシャさん、お手紙ありがとう。グランテニア邸に使える侍従のグレイドです。私もぜひお話してみたいです。ただ、少し先の休みまでは予定があるので、それまでは文通をしませんか?』


 あっさり承諾である。やっぱりグランテニアから指示が出ているのでしょうね。

 それから当たり障りのない文通を数回して、翌月に休みを合わせてお茶に行くことになった。


 まずは普通に仲良くなってみましょう。何か月かして信用を得てから色々聞いて見せるわ!


 問題は、暗殺対象になったくらいだし、わたしの絵姿を見ているのではないかということ。普通なら、派閥も違う十剣家の姫など、下働きが顔を知ることは滅多にないけれど、彼の場合はどこかの時点で絵姿を見せられているはずなのだ。


 一応、かつらを被り、化粧を変えて変装はしてみるけれど、もしわたしを知っていたら、恐らく通用しない。まぁ、失敗したら次回に活かすしかない。


 そうして迎えたお茶の日。

 またも楽しむお母様とネーリによって、近しい人でなければ気付かれないんじゃないかという程の、思った以上の変装をしたわたしは、この生で初めて、グレイドと対面したのだった。


 場所はネーリ的に最近一押しの甘味処である。




「あ、グレイドさん!こちらです!」

「ああ、あなたがアーシャさんですか。初めまして、グレイドです」


 そう言ってほほ笑むグレイドは、気障すぎない程度の落ち着いた服装だった。

 とはいえ色は明るめの橙色なのだが、わたし的には明るすぎて似合わない。なにしろ黒尽くめの印象が強すぎる。

 見たところ、わたしの容姿に何か思っているようには見えない。


「先輩に聞いた、おすすめのお店なんです。来てくれて嬉しいです」

「こちらこそ、会えて嬉しいです」


 それから他愛ない会話をしていくが、わたしも前回のお茶会の失敗を踏まえて、話す内容は色々考えてきている。グレイドも任務のためか、しっかり会話を広げてくれて、思いのほか楽しく会話が進む。


 しかし、しばらく話していくうちに気付いた。こいつ…愛想笑いだ。

 愛想の良い好青年を演じているけれど、注意深く観察してみると全て演技に見える。暗殺者である裏の顔を知ってみている、わたしだから気付けたのだと思うけれど。普通に知り合ったら、騙されていたかもしれない。


 それでも、こういう機会を重ねていくしかない。今回の生では、グレイドについて知れる限り情報を集めることに専念するわ。

 それで期限までに死に戻り回避の手が思いつかなかったら、また最後に聞けることを聞く。


 その上で次回、対策を考えるのよ!

 苦しいけれど、わたしの武器は永遠に繰り返す時間だけ。




 そうして、やはり回避の手は思い付かなかった。

 今日はもう死ぬ日である。




「来たのね、グレイド」


 彼はまた、ぴたりと歩みを止める。


「ねえ、対象の姫がわたしだと知って、どう思った?」


 グレイドは、やはり少しの時間で動揺を押し殺す。任務を受けた時点で、わたしの正体は知ったはず。彼はそれでも来た。


 …何も思わないわけ?

 顔を見ると、ほんの少し悲しそうな顔だった。


「…残念だとは思いました」

「でも、殺せるのね」

「任務ですので」

「あなた、アーシャと会う時は愛想良かったけれど、わたし気付いていたのよ。全部演技だったわね。一度も心から笑ったところを見なかったわ」

「暗殺者に笑顔など必要ありません」

「どうして暗殺者をしているの?」

「生まれた時から世話になっていた孤児院が、資質のある者を見つけ出す為の施設だったというだけです。そして俺には、才能があった」

「死ぬ前に教えて欲しいわ。どこで訓練したの?」

「…それは、言えません。何らかの手段で他人に伝える可能性があります」

「もし、そこで育っていなかったら、違う道を生きたかった?」

「…分かりません。最初からこの道しかありませんでした」

「グランテニアに脅されているの?何か弱みを?」

「そうではありません。他の生き方を知らないだけです」

「なんでそんなこと決めつけるのよ!あなたがその気になれば…」


 そこで会話は打ち切られ、喉が切り裂かれた。

 最後に見えたグレイドの顔は、少し苦しそうだった。


「すまない、アーシャ」


 それは間違いなく、彼の悲しみだった。

 そう、あなたにも感情がないわけじゃないのね。





 だったら、わたしが何とかしてあげるわ!

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