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~四週目~

「グレイド…覚えたわよ!」


 死に戻ったわたしは、起きるなり拳を握って叫ぶ。

 ネーリが何事かと部屋に入ってきたので、グランテニアに関係する孤児院にいたことのある、グレイドという名の男を調べるように言い渡す。


 一歩前進よ!


 …でも、一年かけて、名前だけ…か…。


 一体、あと何回繰り返すことになるのだろうか。

 わたし、心だけおばあちゃんになってしまいそうだわ。




 調査の結果、外部者の可能性もあったけれど、グランテニア領の孤児院に以前、グレイドという少年が一人いた。確証はないが、探りを入れることにする。

 年齢はわたしより二つ上で、今は十八歳。孤児院を出てからは、派閥の家で侍従をしている。


 わたしは偶然を装い、雇い主の家が帝都滞在中、帯同していたグレイドが街中に出た時にハンカチを拾わせる。


「ありがとう。これ、お気に入りだったの。お礼に仕事を紹介しますわ」


 派閥が違うといっても、アシュトラン相手に文句を言えるはずもない。給金も上がるのだから、普通ならば本人も、現雇い主も断らないはず。


「ご恩情を賜りましたこと、感謝いたします。しかし旦那様には、拾っていただいた恩もございますので」


 丁重に断られる。雇い主も冷や汗をかきながら断りを入れてきた。ますます怪しいわ。


 それに、声が似ている気がする。


「そう。それなら、名前だけ教えてくれますか?」

「グレイドと申します」


 名前を言わせて確信したわ。この声!こいつで間違いない!


「それならグレイド、今度お茶をご馳走いたします。ぜひ我が家にいらしてくださいな」

「は。光栄でございます」


 これなら断る理由もないし、暗殺者ならアシュトランの敷地に入れる幸運を逃すはずがない。

 案の定、数日後にお茶会への招待をしたところ、了承の返事が来た。


 段取りは完璧!


 あとは落とすだけだわ!




 …落とすって、どうすればいいの?


 当日、グレイドを正面に座らせて、わたしの頭は真っ白だった。男の人なんて興味がなかったから、家族以外の男とまともに話した経験も少ないのだ。ましてや派閥や何かしらの関係もない、全くの見知らぬ他人の男なんて。


 天気の話をし終わってから無言である。…な、何を話せばいいの!?


「…姫様は、あんな些細なことで、いつもこうしているのですか?」


 よかった。グレイドから話を振ってくれた。


「そうねぇ。わたし自身の何がすごいってわけでもないのだけれど。十剣家の姫とお茶をするだけで、皆さんすごく喜んでくれるから。理由を見つけたら、なるべく誘うようにしていますね」


 これは本当である。別にわたしとそこら辺の町娘に本質的な違いがあるとも思えないが、自分たちを支配する十剣家、その麗しき姫君となると、話をするだけでも価値が生まれるものなのだ。

 なので領民の幸福度を上げるため、積極的に場を設けている。

 わたし自身、アステリードの貴族のような、堅苦しくて偉そうな感じの所作は好きではなく、同じ十剣家の姫や他国の貴族ばかり相手にすると疲れてしまうので、ちょうどいい。


「驚きました。失礼ながら、上家(クーヴァ)の方々は、我々庶民のことをいくらでも替えの効く、使い捨ての道具くらいにしか思っていないものかと」


上家(クーヴァ)というのは、十剣家やそれに連なる上流階級の一族を指す言葉である。


「そういう思いあがった方々もいますけれど。わたしが仲のいい侍女や町娘は、皆さん庶民だもの。彼女たちの生活を少しでも豊かにするのが、わたし達の仕事です。未成年のわたしにできることは、こんなことぐらいですけれど…」

「勿体なきお言葉です」


 グレイドはほんの少し口角を上げてそう言った。

 今、笑った!?これは好感度爆上がりなのでは!?


 ふふん、昔っから庶民とばかり仲良くして、十剣家としての資質を疑われていたわたしだけれど、実のところ民衆からの評判はすごくいいのよ!これは貰ったわね!


 内心の高揚を抑え、わたしはさらに仲を深めるべく続ける。


「そんなこと言わないで。よかったら、またお茶に付き合ってほしいわ」


 侍女にはお転婆娘と呆れられるが、これでも帝国最上級の姫!こう言われて断る男はいないわ!あとは回数を重ねて距離を詰めていけばいい!


 わたしは勝利の笑みを浮かべ、わたしにまた会えるという栄誉を与えた。しかし…


「恐れ多いことでございます。その栄光を私だけが享受するなどと。ぜひあまねく帝国民にこそ、そのご慈愛を賜りくださいませ」

「え?…そ、そう。まぁ、そうね。沢山の方を誘いたいですね」


 そして実際、その後グレイドを誘う機会はなかった。解せぬ。


 偶然を装って何度か会ってみたものの、それ以上の進展はなく…




「なんにもできてない…!」


 今日は殺される日である。既に気持ちは次に向けて諦めの境地である。ここから惚れさせるなんて無理!

 遅々とした歩みがもどかしい。これでもう四回目が終わる…。次はどうすればいいのかしら。


 考えていると、時間になったのかグレイドが現れる。


「ねえ、グレイド」


 呼びかけに動きが止まった。それもそうか、暗殺しにきたら素性を見破られているわけだから。


「あなたの任務は知っているし、そのことに何か言うつもりはないわ。ただ教えて欲しいのだけれど…わたしを殺すことについて、あなたはどう感じてる?」


 グレイドは動揺を押し殺し、しばしの時間をおいて答えた。


「あなたは死ぬべきひとではないと、思っています」

「そう。ならそのまま帰ってもらえるのかしら?」

「…申し訳、ありません…。任務は任務です」


 黒尽くめのグレイドはゆっくりと近づいてくる。


「…ねえ、なんで一回しかお茶会に来てくれなかったの?」

「…私などが、あなたに優しくしてもらう理由なんてないからです」

「わたしはそう思わなかったから、誘ったのだけれど」

「…光栄です」

「あなたが殺す相手って、わたしで何人目?」

「…一人目、です」

「初任務なんだ。どうせなら、汚職に手を染めた、脂ぎったお爺さんにすればいいのに」

「選べません」

「どうして?あなたの後ろの何かが怖い?嫌なら逃げればいい。アシュトランなら、そいつらを相手にしても、あなたを守れる」

「…お気持ちだけ、受け取っておきます」

「どうして嫌なの?何か弱みでも…」


 さらに言い募ろうとした瞬間、またいつものように喉を切られていた。


 薄れゆく景色の中。顔を隠す布から見えたグレイドの目には、何の感情も浮かんでいなかった。


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