~三週目~
暗闇の中、むくりと起き上がる。
枕もとの呼び鈴を鳴らすと、ネーリが入ってきた。
どうやらまた、巻き戻ったようだ。
ついさっき殺される直前には本当に怖かったけれど、どうやらヴィータ様はわたしに、まだ機会を与えてくれたようだ。
それと同時に怖くもなる。
単に死ななければ巻き戻らないのか?
それとも他に条件があるのか?
怖いのは、例えば何十年も生きた後に死んで、またこの時に戻ってきてしまうとしたら?
永遠に繰り返されるとしたら、それは魂の牢獄だ。
起きてすぐ、わたしはお父様にお願いをした。
「聖女か魔女に会いたいって言われてもなぁ。今お前をグレーイルに行かせることなんてできないし…。聖女がこっちに来る予定も聞かないし…魔女なんて滅多に人の前に出てこないよ」
「わかってるわよ。でもどうしても会いたいの。何とかできない?」
「お金もかかるし、無理無理」
わたしはふうと息を吐く。
「詳しいことは言えないけれど、お父様。これはわたしの未来、アシュトランの未来、そして帝国の未来にかかわることなの」
わたしの声や表情が本気なのを見て、お父様も真面目な顔になる。
「…言える範囲で話しなさい」
そう言われても、そのまま話して信じてもらえるとも思えない。それに女神様の思惑も分からない。話してはいけないかもしれない。それも含めて力のある魔女に確認しないと。
「何を言っていいのかも分からないの。恐らく、聖女や魔女の中でも力のある人に聞かないと」
「今の聖女はまだ若くて力が弱い。それはつまり、大魔女と話したい、と?」
「そうね。彼女にしか分からないかも」
「それこそ無理だよ、ミーシャ。アルトラヴィクタは会おうとして会えるものじゃない」
それはその通りだ。十剣家に生まれていなければ、わたしも知らなかったはず。
大魔女は存在すら定かではなく、一般庶民は知りもしない。各国の歴史の長い家に伝承が残る程度なのだ。そう思ったとき。
「そうね、あたくしの気が向かないと、誰もあたくしを見つけられない」
いつの間にか、部屋の中にもう一人いた。
扉も窓も開いた様子はなかったのに、気付けば漆黒の衣をまとった女性がいる。
「あらら、驚きすぎじゃないかしら?ミーシャの会いたいシャーラクレイア・ヴェリチアーデ・アルトラヴィクタが来てあげたのに」
「なんと、まさか本物でしょうか」
お父様がいち早く平静さを取り戻して問う。人ならざる大魔女は笑って手を振る。
すると、その手の古い書物が現れた。浮いている。
「そ、それは我が家に伝わる…」
「はい、この中の絵姿見れば分かるよ。まぁそんな必要ないと思うけど。ちなみにあたくしが絵姿を残している家なんて滅多にないのよ。光栄に思いなさい」
「恐れ多いことでございます。…なぜ娘のために?」
「ミーシャの抱える問題は、さっさと解消しないとあたくしも少し面倒なのよ」
「なんと、ミーシャにそんな大きな問題が…」
「ま、でもお父さんには何もできないから、はいはい、出てってちょうだい」
言うが早いが、お父様の姿が掻き消えた。こんなことは魔法ではできない。魔女にしか使えない魔術だろうけれど、それにしても凄まじい。
しかし、こうして会えたのは幸運だ。気合を入れて背筋を伸ばす。
「この死に戻りを終える方法を教えてください!」
「その為に来たのよ。それで、死んで終わるのと死なないで終わるの、どっちがいい?」
「はい?」
愕然とする。両方の可能性があるなんて。
「もちろん、死なないで終わる方です!」
「まぁ知ってたけど。そっちの方がちなみに大変よ~?」
「頑張ります!」
「そう、それならね、あの暗殺者の彼いるでしょ?」
「一年後にわたしを殺す?」
「そう、その彼。彼を落としなさい」
「落とす?それって…」
「彼に愛されれば殺されず、ミーシャは未来をつかめるわ。彼の愛を手に入れないと、政治的要因をどうしようと、どれだけ原因と思える流れを変えようと、必ずあなたは同じ日に殺される」
「そんな…」
どこの誰とも知れない暗殺者を落とすなんて…。
「そんなの無理です!なんだってそんな運命が決まっちゃってるんですか!?」
「なんでかは言えない。けれどこれは女神の意思よ」
「なんてこと…。これが女神様の試練だなんて!」
「試練ってわけでもないんだけど…まぁいいか」
「他は何をどうしても無駄なんですか?」
「そうね。でも殺されずに先に進んだ場合、最後の一年のまま未来へ進むわよ。あんまり変なことはしない方がいいんじゃない?」
つまりわたしは、ヴィエラのことやその他あれこれをいい方向に調整しつつ、あの暗殺者をわたしに恋させないといけないということ?
「ああ、聖女様…!」
「あの子に祈っても仕方ないわよ?」
いったいどうすればいいのか分からないが、それでも手掛かりは見えた。
「あの暗殺者は今どこにいますか?」
「残念、答えられません」
「…今教えられることを、できる限り教えていただきたいです」
「あんまり言えないのよね、女神と交わした不干渉原則に抵触しちゃうから」
「答えを言うのは大丈夫だったのですか?」
「それは大丈夫なのよ。不思議だろうけどね」
「いえ…。ちなみにヴィータ様は、わたしが死んで終わるのと、生きて終わるのだと、どちらを喜んでくださいますか?」
「…ふふふ、大した信仰心ね。正直言っちゃいけないことだけど、教えてあげる」
わたしはごくりと喉を鳴らす。魔女は女神の意思とは言ったが試練とは言っていない。つまり、最後はわたしが死んで終わる道こそが、女神様の求める結末の可能性もあるのだ。
死にたくはないけれど、わたしが死ぬことが女神様の意思ならば、わたしは…。
「女神も、そしてあたくしも、あなたが生きてこの試練を乗り越えることを願っているわ」
ふうーっと息を漏らす。それならいい。それなら、わたしが頑張るだけだ。
「ありがとうございます。必ずや、成し遂げてみせます!」
「何もできないけど、見守ってるわ。頑張りなさい」
そう言った次の瞬間、大魔女は幻のように消えてしまった。
どうやら部屋に入れないよう魔術を掛けていたらしく、次の瞬間、お父様やお母様、そして侍女が入ってきた。
「ごめんなさい、何も言ってはいけないと言われています」
「ああ、ミーシャ…」
お母様がわたしを抱きしめる。
「大丈夫。これは女神様の試練よ」
ヴィータ様の愛し子として、なんとしても成功させないと。
幸い、失敗してもやり直せる。
成功するまで何回でも繰り返すだけだ。
やってやるわ!
まずは、暗殺者の素性を調べなければ、何も始まらない。
一年しか時間はないのだから、早めに出会って関係を築かないといけないわ。
お父様に調べてもらうことも考えたけれど、グランテニアとの抗争の原因になりかねないので、ネーリに頼んで秘密裡に調べてもらうことにする。
一瞬で、痛みを感じる間もなく死んでいるし、わたしの暗殺は非常に重要な任務なはず。グランテニアが信頼する暗殺者か、あの家なら自前で育てている可能性もある。
外部の業者の場合は直前の、依頼が成されたと思われる前後に調べるしかないので、まずはグランテニアと関係のある孤児院をあたってもらい、特殊な訓練などの痕跡がないかを探ってもらう。
同時に前回と同じように、ヴィエラの駆け落ちと婚約者の交代を滞りなく進める。
そうしてネーリに暗躍してもらって一年…
「何にも分からない!」
考えてみればそれはそうだった。
一介の侍女が調べられる程度のことなら、お父様が把握しているはず。
諦めて先日お父様にも聞いてみたけれど、恐らく自前で育てていると思われるが、それ以上のことは掴めていないということだった。
こうなったら、わたしを殺しに来たその時、殺される前に情報を引き出すしかないわ!
幸い、魔女のお陰で日にちにずれがないことが分かっているので、今回は準備万端待ち構えることができる。
そして運命の日がやってきた。
過去二回殺された時と同じ時間、今度は起きたままでいるわたしを見て、すぐに口をふさぎにかかる。
「お名前は!?」
当然そうくるだろうと予想していたため、わたしはずばやく顔を守り、質問を口にした。
暗殺者は一瞬足を止める。
「覚悟はできてます。あなたが来ることは分かっていました。それを防げないということも。死にゆくわたしに、貴方の名前だけでも教えてもらえませんか?」
嘘は言ってない。暗殺者はまた一瞬足を止め…
「グレイド」
そう言って、わたしの喉を音もなく切り裂いた。
喉がかぁっと熱くなり、生ぬるい血が噴き出すと同時、痛みを感じる間もなく、わたしの意識は闇へと消えていった。
やはり、とてつもない技量の暗殺者だわ…。