異世界転生
全くもってつまらない。
「ちょっとあなた、もっと愛想良くできないのかしら」
買い物かごの向こうにいるおばさんが私に向かってクレームを言う。どうも感情が顔に出ていたらしい。
「申し訳ありません」私は謝罪したがそれもまたトゲがあったようだ。結局おばさんはぷりぷりと憤懣やる方ないと言った表情で支払いを済ませて去っていった。
丁度一週間前、私は事故にあった。
スーパーのレジ打ちのバイトの帰りである。街灯もない道でさらに雨も降っていたので視界は最悪だった。そこで私は突然やってきた車に轢かれたのだ。
いや、轢かれそうになったというべきか。
そこからの記憶は曖昧だ。気がつけば私はベッドで横になっていた。車が私に向かって迫ってくる光景はありありと覚えている。もう終わりだと思った。しかし私は助かったようだ。
目覚めた時のことはありありと覚えている。それは丁度充分な眠りから覚めたような、清々しい気持ちだったのだ。車に轢かれたというのに、である。
そして自力で起き上がり、そこでふと不思議に思ったのだ。
何に不思議に思ったのか。全てである。
まずどこも痛くない。身体中を見てみたが怪我はおろか、傷の痕さえない。
そして服装である。これはどこで売っているのか。
地味な茶色である。肌触りは決していいとはいえない。まるで手縫いで拵えたかのような縫い目の荒さで、袖などに装飾なのか、線が引いてある。
こういった服はどこかでみたことがある。
そして私が眠っていた部屋。
一見普通の部屋だ。しかしここは明らかに私の部屋ではない。
何にもないのだ。机と箪笥とベッドだけの簡素な部屋だ。いや、樽と壺がある。なんに使うのか。飾りとしてはなんの彩にもなっていない。
その部屋は他人の部屋とかそんなレベルの違いではなかった。まるで世界が違う。
そこで私は部屋にただ一つある窓を開けた。そこで私は覚醒して一番の驚きを覚えたのだ。
まず私が寝ていた部屋は二階だった。なので景色が遠くまで一望できる。
人がたくさんいる。たくさんいるのだがやはり皆服装が異質だ。私よりもカラフルな服も見受けられるが、共通しているのは茶色系統の地味な服装ということだ。
建物も違う。鉄筋のコンクリートの建物など一つもない。木造の白壁の家や、レンガの家しかない。
いや、ただ一つ違うものがある。
景色の一番向こう。
大きく聳え立つ。
城。
ヨーロッパにあるような城。
そこで私は自分の置かれている状況を理解したのだ。
私は確かにあの時、車に轢かれそうになったのだ。
そしてその時、私はどうやら別の世界に飛ばされたようである。
ここは異世界だ。
いわゆる異世界に転生したということらしい。小説の中での出来事だと思っていたが、まさか自分に降りかかるとは思わなかった。
ということはこの世界にはモンスターなどもいるのだろうか。ドラゴンやゴーレムなどと戦う運命にあるのだろうか。転生した私にどんな運命が待ち構えているのだろう。小説やゲームの中だけの世界が目の前に広がっている。私は無闇に興奮した。
ドアをノックする音が聞こえる。振り向くと同じような服を着た男が扉を開けて立っていた。
「よお、目が覚めたか。びっくりしたぜ、バイト中に倒れるもんだからよ」
バイト?この世界でもバイトという概念があるのか。
「どこも何にもないみたいだな。もう少ししたら戻れよ。店が回らないぜ」
やがて男は部屋を出て、また私一人になった。
そうして一週間経って、
私は転生した前と何にも変わりなく、スーパーでバイトしている。
この世界は外観こそいかにも異世界だが生活様式は私が元いた、つまり現実世界とほどんど変わらない。
一瞬だけでもあこがれた冒険の世界など何もなかったのだ。
一人会計をした後、間も無くまた客がやってきて買い物かごをテーブルに置く。
「あなた愛想が悪いわねぇ」
愛想も悪くなる。何も変わらないのだから。