気持ちの変化
藤崎くんの気持ち
憧れから好きという気持ちになったのは最近だ。
それまでは相手は雲の上の存在で手の届かない人で、それでよかった。
姿を見れば嬉しくて、声が聞けるだけで幸せで。
彼女は別の世界の人だと
触れたり影響を与えるなんてもっての外だと
そう思っていた。
でも、先輩が涙を見せた共通テストの日
彼女の優秀さも、真面目さも本人が努力を積み上げて来た結果だという当たり前のことに気がついてしまった。
只々俺が、憧れや尊敬を向けて見ていただけの間にも、この人は普通の人と同じように不安や葛藤を抱えて頑張り続けて来たんだ。
そう思うと今までのように
別世界の人のように先輩を見ることができなくなってしまった。
そんなタイミングで彼女の学びたいことを知って、自分もこんな風に目的を持って努力できる人間になりたい。
先輩の横にいて恥ずかしくない人間になりたい、側にいたい。
誰にも渡したくないと強く思うようになった。
そんなことを考えながら
昼休み校舎の階段を降りていると、突然後ろから莉乃先輩が落ちて来て華麗に着地し、物凄い速さで廊下を駆け抜けていった。
スカートの下の短パンがチラッと見えた気がするけど考えちゃいけない。
(先輩?)
普段から真面目な先輩が廊下を走るようなことはあまりないイメージだったので疑問に首を捻ると、後方から遠藤の声と足音がバタバタ聞こえてくる。
「せんぱぁーい待ってよぅ」
奴が俺の横に通りかかった瞬間に後ろ襟を掴み上げて動きを止めた。
「グエッ!」
「遠藤…」
あの人にはふざけたことするなって言ったよなぁー?
俺の怒りを察したように遠藤は慌てて目の前で手を振って降参のポーズをする。
「ち、違うんだ!たまたま先輩と目があって、あんまり怯えるからおもしろ…ゴホゴホ誤解を解こうと追いかけたらこんなことに」
(面白がって追いかけ回したんだな)
遠藤にお灸を据えて先輩が駆け抜けていった方向に向かった。
スマホで先輩の連絡先に通話をかけると数回目のコールで繋がったのでホッとする。
「先輩今どこですか?」
『A棟一階の渡り廊下の手すり裏に……』
「ああ」
ちょうど渡り廊下の目の前に差し掛かったところだったので、ひょいと手すりを覗くと先輩がちょこんと座っているのが見えた。
「遠藤はもう来ないので大丈夫ですよ」
直接そう話しかけると先輩は驚いたようにビクッと後ろを振り返った。
驚き方が小動物みたいで可愛い。
「!!ひぎゃ!っびっくりした…そ、そっか」
(可愛い…)
ふぅーっと息を吐いて安心したように胸に手を当てている。
「私追いかけられるのが苦手で、そう言う素振り見せられると全力で逃げちゃうんだよね……」
遠藤君には悪いことしちゃったな、と苦笑している。
「悪ノリしたあいつが悪いんで、気にしなくていいです」
先輩の手をとって立たせてから髪についた葉っぱを取って制服についた埃を払ってあげる。
「ありがと」
恥ずかしそうにお礼を言う先輩に、自分があちこち先輩に触れていたことに気がついて慌てて離れた。
いつも妹にしているように接してしまった。
無意識って怖い。
「駿くん、お昼食べた?」
「……ま、まだ」
(名前…この間も一度呼んでくれたけど、たまたまじゃなかったのか)
顔が熱くなり口元が緩むのを感じて手で口を抑える。
なんだこれ、すごく嬉しい……
「一緒に食べよう」
「はい、あの……名前」
「あっ、唯花ちゃんに名前で呼ぶように促されて、その、嫌だった?」
「いえ、全然」
そう言って顔を上げた駿が耳を真っ赤にして照れたような困った顔がものすごく可愛いくて梨乃は思わず頭を撫でてしまった。
(あ、馴れ馴れしかったかな)
「よかった、私のことも莉乃って呼んでね」
撫でられている駿の方は嬉しすぎて言葉がつまる。
撫でてくれた――……!!
名前呼んでいいって――……!!
しかも、これからご飯一緒に食べれるなんて夢でも見て……
いやいやいやいやいや夢じゃない……
気をしっかり保て……
普通はこれくらいのことでこんなに騒がない……
普通に、普通に……
普通ってなんだよ……
この状態が俺にとって普通じゃないんだよ
あーもう、なんでもいいから落ち着けって……
先輩は俺が先輩の名前も苗字も口にできていないことに気がついているだろうか……
ずっと名前を呼び合ってる妹が羨ましかった
そこまで考えて嬉しさが爆発しそうな気持ちをやっとのことで落ち着かせて返事して先輩と食堂に向かった。
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