森林マラソン競技大会
前話入れ忘れがあったので2度目の投稿になります。
森林マラソン競技大会当日
『妹にスマホを預けておくので会場に着いたら連絡してください』という内容の連絡が来た。
藤崎くんはアップや準備があるため早めに会場入りするらしい。10時スタートで1時間くらいでゴールすると教えてもらったので、私はスタート時刻に合わせて会場に行くことにした。
「誘った自分が言うのもなんですけど、冷えないように暖かくしてきてください。」彼は念を推すようにそう言っていた。
親御さんが来るって言ってたけど一応バスタオルと、防寒用に膝掛けと、カイロは多めに持っていこう。
パーカーに大きめのニットカーデ、スカート、暖かタイツにブーツを履いて、自分の試合で使っていたベンチコートを羽織れば完璧だ。
スタート開始時間前に到着したらもう既に人がたくさんいて選手をスタート地点に案内している声が聞こえる。
主催が立てる白いテントがいくつも並んでいて大会参加者の多さが感じられた。
スタート地点は人が多すぎて近寄れなかったのでその先の少しスペースの空いた場所に入って唯花ちゃんに『着いたよー!人が多いからスタートしてから会おうか』と言う内容の連絡を入れて待機する。
そして、いよいよスタートの時間
スタート地点を眺めて見ても人が多くてどこに藤崎くんがいるかわからない。
カウントダウンが始まってスタートの合図が上がった。
私はスマホを構えて動画を撮りながら続々と走ってくる人たちに視線を向ける。
先頭にいた人々が目の前を走り去って行く。
ふいにたくさんの人の波の中で藤崎くんがすぐ近くに見えて、あっと思った瞬間スマホを構えている手にコツンと彼の手がノックをする様に一瞬だけ軽く触れた。
彼は嬉しそうにふわりと笑って走り去っていく。
私は彼後ろ姿を嬉しいような恥ずかしいような、なんともいえない気持ちになりながら見送った。
「か……」
(かわいい……っ!!笑顔がこんなに可愛い人いる???なにこれ、初めて尊いって気持ちがわかった気がする)
普段感情の機微を感じさせない藤崎くんの笑顔が可愛すぎて触れた手をギュッと握って叫び出しそうな気持ちを抑える。
すると、背後から唯花ちゃんの声が聞こえて、ぴょんぴょんと跳ねる姿がみえる。
あっちもこっちも可愛い。
「りのせんぱい〜」
「唯花ちゃん!よかった会えて、ご両親は?」
「パパとママは北口のほうにいくんだって。唯花はりの先輩がさらわれないようにあそこのシートで一緒にお留守番しててね、だって!」
(拐われないようにするのは唯花ちゃんでは…?)
若干の疑問を飲み込んで場所取りをしてくれていたシートに座ると、ちょうど目の前に大きなモニターが設置されていて、後方の選手が映し出されている。
「さっきお兄ちゃん見つかった?」
「うん、動画も撮ったよ」
「見たいみたい!」
見せると「ほんとだ!おにーちゃん嬉しそう」と楽しそうにキャッキャッと動画を見ている。
「すごいよね、唯花ちゃんも、たくさん人がいるのに、見つけてくれると思わなかった」
「お兄ちゃんも唯花も目がいいんだよーえっへん」
得意げに腰に手を当てる唯花ちゃんが微笑ましくて頬が緩む。
急にブワッと強い風が吹いて辺りの芝生を巻き上げた。
「わ…さむい」
「コート大きいから入って」
唯花ちゃんをコートに入れて膝掛けをかけて
カイロを二つ膝掛けの中に入れて暖を取る。
(風強いな…大丈夫かな)
モニターに視線を移すと先頭集団に藤崎くんの姿らしい影を見つけて指を刺す。
「あれ藤崎くんかな」
「ほんとだぁ、……駿、だよ」
「え?」
「お兄ちゃんの名前」
(名前で呼べってこと、かな?)
「うん…駿くんね」
「かっこいい?」
「か……かっこ、いいね」
ただかっこいいと褒めるだけなのに無性に恥ずかしくなってしまうのは何故だろう。
かわいいのは全力で同意できるのに。
「えへへっ、ヘタレだけど優しいよ」
「大好きなんだね」
「うんっ、りのせんぱいも大好き!今度うちに遊びにきてねっ」
「うん」
「そうだ、サンドイッチ食べる?あったかいお茶もあるよ」
「いいの?ありがとう」
すごく大きいサンドイッチと紙コップに入れたお茶を渡される。
(でかっ)
「ソースこれ」
「うん、ローストビーフ入ってるーおいしい」
ソースをかけてサンドイッチをほうばっていると、高校生くらいの男の子が唯花ちゃんに話しかけてきた。
「あれ、唯花?」
「けーちゃんだ」
「…てことは駿のやつ出場してるのかー」
「なんでいるの?」
「やす(弟)がこの大会出場するから、これからスタート、駿彼女できたの?」
「いえ、同じ部の……」
「お兄ちゃんと唯花のりの先輩だからとっちゃダメだよ」
「ふーん」
「けーちゃんは近所に住んでる双子」
「雑な紹介だな、昔は俺と結婚する!って着いて回って可愛いかったのに、あーあ」
「けーちゃんのバカ!!」
「あはは!じゃーな」
そう言ってけーちゃんは片手を上げて去って行った。
真っ赤になって怒る唯花ちゃんが可愛くてつい揶揄っちゃうんだなぁ…微笑ましい。
「好きなんだね、けーちゃんのこと」
「……う、内緒だよ」
結婚するって言っていた頃から
ずっと好きなんだろうと思うと羨ましくなった。
自分は恋とか愛とかそう言うのはまだぼんやりしていてよくわからない。
「そろそろゴール地点で待機しよっか」
大きめのバスタオルをリュックから取り出して立ち上がると、唯花ちゃんは飲み物が入ったボトルを荷物から取り出して2人でゴール地点に向かった。
選手によってはゴール後すぐに倒れ込んでしまうこともあるので、すぐに対応できるようにゴールライン後の数メートルの地点で待つことにした。
わたしたちの他にもマネージャーと思われる人が数名同じ場所で待機している。
先頭があと500メートルの地点でアナウンスが響く。
先ほどモニターで確認した時に藤崎くんが先頭の塊に加わっているのを見たのでもうすぐ姿が見えるだろう。
先頭の1人が見えると少し距離をあけて2人、その後ろを2、3人が競うように追い上げていた。
追い上げている中に藤崎くんが見える。
「おにーちゃんいた!」
「追い上げてるね!はやい」
周囲から歓声が上がる。
藤崎くんは、あと200メートル地点で3位まで順位を上げてその勢いのまま1位の選手のすぐ後ろまで迫ってゴールした。
「ぜぇぜぇ……くそ、ペース、間違えた」
汗を腕で拭いながら退場して来た藤崎くんの体をタオルで包んで体を支える。
「お疲れ様」
「はぁ、はぁ……ありがとう、ございます」
「お兄ちゃん大丈夫?」
「うん……」
唯花ちゃんの頭を撫でてドリンクを受け取る。
藤崎くんの体が冷えないようにベンチコートを脱いで体にかけた。
「汚れますから…」
「いいのいいの、もっと寄りかかって」
「あ、の、すみません…… 」
照れくさいのか藤崎くんはぎこちなく私の肩に手を置いて遠慮がちに体重をかけた。
シートに連れて行くと相当疲れたのだろうドサリと座ってふぅーと息をついている。
「つかれた…」
「汗すごいね、寒くない?」
リュックからタオルを出して頭を拭いてあげる。大人しく拭かれる姿は大型犬を思わせた。
「寒くはな…いです」
「おにーちゃんいいなぁ」
唯花ちゃんは藤崎くんの立てた膝に頭を寄りかからせて体を揺すっている。
すると、藤崎くんの両親と思われる2人の男女が手を振りながら歩いてきた。
「お疲れ様ぁー」
「パパ!ママ!」
「こんにちはっ」
「あなたがりのちゃんね、はじめましてー」
「今日は来てくれてありがとう」
人の良さそうなお父さんと人懐っこい笑顔を浮かべるお母さんだ。
「あと15分くらいで表彰式あるみたいよ」
「わかった」
藤崎くんは立ち上がって自分の荷物からジャージを取り出すと着替えはじめた。
着替え終えると「先輩、これ洗って返します」とコートとタオルを指して言う。
「いいのに」
ちょうど返事に合わせて表彰式のアナウンスが入ったので、藤崎くんは指定場所に向かっていった。
シートや荷物を片付けて全員で表彰式を見届けると、送ってくれると言うご両親の言葉に甘えて車の駐車場に向かった。
大きめのファミリーカーの中間の座席に藤崎くん、次に私が乗り込んで、私の隣の他より少し小さい座席に唯花ちゃんが座ってシートベルトをつける。
「りのちゃん、せっかく来てくれたからうちに寄って行って」
「えっでも、ふじ…駿くんも疲れていると思うので…」
「おにーちゃんはいいから唯花と遊ぼうよ!」
「…俺は平気」
藤崎くんは窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。
「…それじゃお言葉に甘えて、お邪魔します」
「やった!りみ先輩マリカーやろう」
「いいよー」
藤崎くんのお母さんがナビを操作しながら振り返る。
「帰り送って行くから家の場所教えてくれるー?」
「ありがとうございます。T坂SAの西側で住所は……」
「あー、あの辺り自然公園があっていいところだけど、夜怖そうね」
「街灯が少ないので徒歩だと少し怖いですけど、自転車通学だからあんまり気になりませんよ」
「何かあったら駿のこと使っていいからねぇ、どうせいつもどこかしら走ってるしって…あら」
お母さんはふふっと笑うと、唯花ちゃんがトンと寄りかかってきた。
寝ちゃったのかなと思って寄りかかりやすいように体を寄せてあげると車がカーブで少し傾いて反対側からもトンと重みが加わる。
「え?」
「あらあらあらー」
両サイドから眠った2人が私に寄りかかる状態で寝ている。
これが両手に花か…とよくわからないことをぼんやり思いつつもどうにも気恥ずかしい。
「兄妹揃ってお世話かけてごめんねぇー」
お母さんがおかしそうにクスクス笑ってスマホでカシャカシャ撮り始めるので余計に恥ずかしくなって俯いた。
「あ、あの!2人とも疲れてるみたいなので今日は帰ります……」
✳︎✳︎
帰宅後の夜、藤崎くんからお礼の連絡が入った。
――トーク画面――
藤崎 『今日はありがとうございました
家に帰ってから先輩がいないって唯花が大騒ぎしてました』
莉実 『ごめんね(><)2人とも疲れてると思って帰ることにしちゃった』
藤崎 『俺も先輩がうちに来てくれるって浮かれてたから残念で』
後輩くんの思わぬ言葉にびっくりして思わず笑ってしまう。
「浮かれてたって……」
(どちらかといえば不機嫌そうだったのに)
「デレがわかりづらいよ」
クスクスとひとしきり笑って『今度お邪魔させてもらうね』と返信を送った。
数日後
藤崎くんは律儀にコートとタオルをクリーニングに出して返しに来てくれた。
朝の比較的早い時間帯にもかかわらず、後輩の男の子が訪ねて来たことは瞬く間に広がってクラス中から質問攻めにされることになった。
「なんでみんなそんなに聞きたがるかなぁー」
休み時間にそう愚痴をこぼすと香奈がニヤニヤと楽しそうにこちらを伺ってくる。
「3年間で一度も浮ついた話がなかったんだから盛り上がるのも当然じゃない」
「もー、面白がって…」
「実際いい感じなんじゃないの?」
(懐いてくれているとは、思う…けど)
「どうなんだろ、別に告白されたわけじゃないし」
「え?あのさ、告白されるまでわかんないってどんだけ」
「そんなこと言ったって、応援誘われた以外はあくまでも先輩と後輩の距離感だし、表情も前より柔らかくしてくれるようになったくらいだし判断が…」
(あー……不器用そうだもんね藤崎くん)
最近このネタで後輩くんを揶揄って遊んでいる香奈からすると信じられないが
莉乃を前にした後輩くんはびっくりするくらい言葉が少ない、ていうかナニソレ単語?って感じだった。
距離感もそんな感じで人より距離を空けて接してしまうのかも知れない。
「まぁ、悪い子じゃなさそうだし、もし好きになったら応援するよー」
先が思いやられるなぁと思いながらポンと莉乃の肩に手を置く。
見ていただきありがとうございます♪